予選
イース・ガルダン 東地区
コロセウム
闘技大会・予選
ナイトガイ対ヴァブルブレイカーの試合が始まろうとしていた。
闘技場は円形の砂地。
中央、北東、南東、北西、南西の五箇所に正方形で石造りのステージがある。
縦30、横30メートルほどの大きさで、それぞれのステージでは試合がおこなわれていた。
周囲には緩やかな傾斜のある観客席がある。
ここには平民が娯楽のために観戦しにくるが、予選ともあってか観客はまばらだ。
ナイトガイのメンバーが向かった先は中央ステージだった。
向かい側のステージ下に立つ3人の姿を見たローラは息を呑んだ。
「すっごい……屈強な男がいるんだけど……」
それはチームリーダーらしき男だった。
短髪の黒髪に片目に傷を負っている隻眼の男。
灰色の軽装の鎧を纏い、巨大な斧型の武具を背負う。
その巨大な武具に見合った体格で、見える上腕はブンと張っていた。
他のメンバーは、それにくらべて比較的に体格は小さい。
1人は体が細くて背が高い男性。
軽装のレザーアーマーと緑色のマントを羽織った盗賊風の男だ。
もう1人はローブを身に纏い、大きな杖型の武具を持ったポニーテールの女性だった。
「順番はどうするんだ?俺は先鋒か中堅しかできないから、やっぱり大将はエリザかな。ローラ、俺、エリザってところか。さすがに最初にあのデカいやつは出てこないだろ」
「……そうとも限らないわ。相手チームを見るに大将は"ローブの女"で間違いない。先鋒と中堅は"細いやつ"か"デカいやつ"のどちらかよ」
「なんでわかるんだよ」
「ちょっと考えればわかるでしょ!ルールでは先鋒と中堅は波動を使えない。つまり波動抜きの近距離でのバトルセンスで勝負が決まる。あのローブの女は明らかに遠距離型よ。そんな人間が波動禁止の先鋒と中堅をやるとは思えない」
「確かに……」
「先に二勝した方が勝ちなら、逆読みすると先鋒で、あのデカいやつが出てくることも考えられる。あたしなら先鋒はガイかエリザがいいと思う。今回あたしが大将をやる」
「なんだよそれ。戦いたくないだけじゃないか?」
ガイは呆れ顔だが、逆にローラの表情は真剣だった。
最初は乗る気ではなかったが、今はこの大会を勝ち抜くつもりでいる。
"やるからには必ず勝つ"
それがスペルシオ家の血統に深く刻み込まれた、"バトルスピリット"だった。
「波動を使えない状態で、あたしがあの大男と当たったら負けるわ。それなら、あんたら2人のどちらかが戦った方がいいと思うけど」
「ロ、ロ、ローラさんの言うことは正しいわ。私とリーダーが先鋒か中堅で出た方が、この試合は勝率が高い」
いきなり喋り出したエリザヴェートに驚きつつ、その言葉にガイは納得した。
そして話し合いの結果、先鋒がガイ、中堅がエリザヴェート、大将ローラとなった。
ガイがステージへの石階段を上がる。
相手チームから出てきたのは細身で背の高い男だった。
ステージ中央へ向かう2人は殺気を飛ばし合う。
距離は数百メートル、2人の間に立つのは冒険者風の服装の"審判"だ。
審判からは簡単なルール説明があった。
「相手に致命傷を負わせるか、相手を降参させた方が勝ちだ。致命傷に関してはこちらで判断する。万が一、相手を殺めてしまった場合は即座に試合を中止し、殺めてしまった側のチームは失格とする。言うまでも無いが先鋒なので波動の使用は禁止だ。質問は?」
対戦する2人は首を横に振る。
「では、チーム・ナイトガイの"ガイ"対、チーム・ヴァブルブレイカーの"ベイジル"。試合開始!」
その合図の瞬間、ベイジルはすぐさまダッシュした。
マントを靡かせると、腰に差した短刀を逆手に引き抜く。
ガイはこの一瞬で、自分と同じバトルスタイルだろうと悟った。
高速で横振りされるベイジルの短刀はガイの顔面へと向かう。
狙いは眼球のようだ。
ガイはベイジルの横振りに反応すると、少しだけ身を引き、短刀をかわそうとする……が、すぐに相手の異変に気づく。
ベイジルの腕の関節が外れて、ほんの少しだけ間合いが伸びたのだ。
「く!!」
思考する前にガイの体は間一髪動き、首を捻って短刀を回避するが、通り過ぎた短刀は頬に数センチの傷を負わせる。
ガイは上体を倒しすぎたせいで体勢を崩した。
だが、ガイは逆にその姿勢を利用した。
後方に倒れ込むようにして、左腰に差したダガーを逆手で引き抜くと、そのままベイジルへ向けて投げる。
回転して飛ぶダガー。
一方、ベイジルは短刀横振りモーションの勢いを利用してマントを靡かせてクルッと回る。
ガイのダガーはベイジルのマントに弾かれ飛ばされてしまった。
ガイは後方に倒れ込むと、そこまま後転してベイジルと距離をとった。
ベイジルは表情は驚きと感嘆といったところか。
「凄いな……なんという反応スピードだ……回避行動に攻撃も織り交ぜるなんてな。これが噂に名高いナイトガイのリーダーか」
「噂?」
「今までにないほど最速でCランクまで上がったルーキー。"瞬炎のガイ"……君のパーティは有名だよ」
「……」
この町に来る前にも聞いた話ではあったが、あらためて驚くガイ。
ここまでの実力のある冒険者にも名が知られているとは。
「だが負けてやるつもりはない。ルーキー潰しと思われても関係ない。ただ純粋に……戦うからには勝つ」
「俺だって負けてやるつもりはない。勝たなきゃならない相手がいるからな!!」
ガイはそう言うとすぐさま走り出した。
距離は数メートルしかない。
すぐに到達しうる距離だった。
ガイは右腰のダガーにグリップに手を添える。
引き抜かず、そのままベイジルまで一気にダッシュした。
ベイジルは目を細めてガイの行動を凝視する。
あわよくばカウンターを狙う。
そう思考し、逆手に持った短刀で正面をガードするよに構えていた。
ガイがベイジルの正面へと到達する。
だが、何もしない。
困惑したベイジルはカウンターするつもりが、行動を"防御"から"攻撃"へと即座に変えてしまった。
相手の考えが全く読めなかったからだ。
逆手に持った短刀を順手に持ち替えると、ビュンと高速の突き攻撃を放つ。
これもガイの顔面狙い。
だがガイはベイジルの突き攻撃をギリギリまで引きつけてから体勢を低くして回避。
そのまま左肩でタックルした。
「がはっ!!」
凄まじい衝撃がベイジルに襲いかかる。
吐き気を感じるほどの衝撃だ。
後退するベイジル。
ガイはその場で踏みとどまり、すぐに重心を後ろに下げた足へ、さらに流れるように前足へと移すと身体を少しひねって右拳のボディブローをベイジルの腹に叩き込む。
ドン!と鈍い音がするとベイジルは後退りし、腹を抱えて両膝をついた。
瞬間、審判が叫ぶ。
「そこまで!勝者ガイ!」
この言葉に観客席からは、"まだ終わってないだろ!"と、そんなヤジが飛ぶ。
だが熟練の冒険者なら状況判断で決着は目に見えていた。
"ガイが右拳を引き戻し、右腰のダガーを逆手で引き抜いてベイジルの首筋を斬って終わり"
審判は、詰みの一歩手前であることを理解していたのだ。
ガイは勝利の余韻に浸ることもなくステージを降りる。
勝ったことが半信半疑だった。
「やったわね!さっすがリーダー!」
「お前な、俺のことは信じてないって言ってた気がするけど」
「信じるわよ。優勝できたらね!」
ローラは満面の笑みだが、ガイは大きくため息をつく。
そんなやり取りを無表情で眺めていたエリザヴェートは、そのまま無言のままステージへと上がっていった。
「エリザ!期待してるわ!」
「頑張れよ!」
エリザヴェートは2人の声援に体を震わせる。
今までにない高揚で心が満たされるようだった。
相手チームは案の定、隻眼の男。
ステージに上がると、ゆっくりと中央へと向かう。
数メートル、向かい合う2人の背丈の差は大きいように思えた。
ガイとローラが見守る中、先ほどの試合同様に審判が簡単なルールを2人に説明している。
それが一通り終わると、隻眼の男は背負った斧のグリップを握ろうとする。
ガイはS級冒険者であるエリザヴェートの戦いに興味があった。
カトリーヌも強かったが、エリザヴェートの強さも間違いはないだろう。
一体どんな戦い方をするのか……そう思っていたが、何か様子がおかしい。
「なんだ?」
「……どうしちゃったのかしら?」
審判も隻眼の男もエリザヴェートの方を向いたまま体をブルブルと震わせ、さらには恐怖を感じているような表情をしていた。
一方、エリザヴェートは構えもせず、背負った巨大な布に包まれた武具に手を触れることすらせずに隻眼の男を凝視しているようだ。
ガイとローラにはエリザヴェートの背後しか見えないため、何が起こっているのかわからなかった。
よく見るとエリザヴェートが向いている方向の観客席も口を開けながら固まっていた。
そして、ようやく隻眼の男がたった一言だけ、
「……降参する」
とだけ言って、後退りしながらステージを降りた。
「は?」
「ど、どうなってるんだ?」
困惑するガイとローラの2人だが、そこに無表情のエリザヴェートが戻る。
「あんた、一体何をしたのよ?」
ローラが言った。
エリザヴェートが無表情に答える。
「わ、わ、わ、わからないわ。勝手にあっちが降参したのよ」
ガイとローラが顔を見合わせている。
この時の2人は"勝ったならいいか"と安易に考えているのだった。
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観客席の一番後ろに2人の人物がいた。
赤い髪の黒いコートとサングラスの男。
そして短髪の青髪、ローブを羽織った男だ。
赤髪でサングラスの男、"ゾルア・ガウス"が大きくため息をつく。
「あんなガキみたいな殺気に怖気付くとは……冒険者も質が下がったな」
その言葉に青髪の男、"レイ・リンクラー"がニコニコしながら答えた。
「私には、あの女性は"ただ笑っていた"ようにしか見えませんでしたけど。殺気なんて出してました?」
「この闘技場にいる人間を全員殺しそうなほどの殺気だっが……あれを感じんとは呆れる」
「そうでしたか」
「あの女、あのままやってたら、アレを殺していただろう。このコロセウムでまともに戦えるのは、あの女ぐらいか」
「その前に出た彼なんてどうです?"ガイ君"でしたか」
「ありゃダメだな。あれはすぐ死ぬ」
「私の好感度は高いですけどね。街中でも会ってますし、何か縁を感じますよ」
「どうでもいい。あんな小物には興味はない」
「それは残念」
レイは困ったような顔する。
ゾルアは強者にしか興味はない。
よくわかっていたが、それでもレイは"ガイ"という少年に何かを感じていた。
そして2人は数秒、沈黙すると闘技場内にアナウンスが響いた。
"次の試合、チーム・ガードスレイヤー対チーム・ブラックラビット。中央闘技場へと入場して下さい。
アナウンスを聞いたゾルアとレイは無言のまま移動した。
その後、おこなわれた試合は圧倒的なもので、観客たちは総じて言葉を失った。




