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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
エターナル・マザー編
80/250

学校へ


メイアは久しぶりに夢を見た。


夢の中の自分は黒く焦げたような荒野をたった1人で歩いていた。

焼け野原だった大地に雨が降ったことで火は消され、少しの煙が漂うくらいで他は何も無かった。


いや、厳密に言えば、至る場所に焦げた遺体があたり一帯、無数に倒れている。

雨粒は少量でありながら、遺体が着る鎧に当たり、パチパチと音を立てていた。


立ち止まるメイアは地面にできた大きな水溜りに片膝をついて顔を近づける。


その姿は大人びていた。20代ほどか。

長い赤髪は後ろの高い位置で結んだポニーテール、服装は白銀で上品なローブを着ていた。


左耳には"真紅色のイヤリング"をしている。

細い菱形の作りで、その色合いからして波動石だと思われるが、見慣れぬ物だった。


水面に写し出される自分の表情は困惑していた。

瞬間、背後に気配を感じる。

メイアは立ち上がると同時に振り向くと、そこに広がった光景を見て驚愕した。



____________




見慣れぬベッドで目を覚ましたメイア。

少しして自分がアカデミアの学生寮にいることを思い出す。


ベッドから起き上がると、部屋を見渡した。

そう広くはない、机とベッドが一つづつ置かれただけの殺風景な部屋だ。


ただ、一つだけ机の横にはアカデミアの制服が掛けられてある。

女子の制服は全体がグレーに赤いリボン。

スカートは思いの外短かった。


メイアの緊張感は一気に高まる。

見慣れぬ場所、着慣れない服装、初めての学校。

自分から行きたいと言ったからには、しっかり学んでこなくては……そう思う一方、それでもやはり緊張感のほうが大きかった。


嫌な夢を見た気もする。

しかし、そんなものは忘れるくらいの状況下に今はあったのだ。


メイアは朝の肌寒さに体を震わせながらも、制服に着替える。

最後に首に下げた波動石の色は、もうすでに"真っ赤"だ。

そして、メイアの部屋をノックする音が聞こえたのは、そのすぐ後だった。



部屋をノックしたのは学長のエメラルド・ラジェット。

その顔つきに妙に似合った三角メガネが印象的な50代ほどの女性だった。


先を歩くエメラルドの後ろを緊張の面持ちで歩く制服姿のメイア。

スカートが短いせいか足元が嫌に冷んやりする感覚が気になっていた。


そんなメイアのことはお構いなしにエメラルドは口を開く。


「この学校は自主性を重んじますが、同時に規則も重んじます。このアカデミア敷地内には女子の学生寮しかありません。門限は日が落ちる前までに自室にいること。これだけは必ず守ることです」


「はい」


「そして授業中の私語は厳禁。クラスは男子と女子が半々となりますが、学校内での色恋沙汰も厳禁。これだけは必ず守ることです」


「はい」


「女子がアカデミア敷地内から出ることができるのは週末の一度だけです。それ以外は学校か自室にいることになります。食事は学校の食堂で、何か欲しい物があれば、その物の名前をメモして提出しなさい。それをまとめて"マイヤーズ"に渡します」


「マイヤーズ?」


「"マイヤーズ"は西地区の物流管理をしている男性で、一日に一度だけアカデミアに来ます。メモに書かれた物を用意して、次の日にアカデミアに届きます」


「なるほど。メモを回収して、それに書かれた物資を次の日に持ってくる。そして、その時にメモを回収して次の日に持ってくるのですね」


「その通りです」


「でも凄いですね」


「ん?何がです?」


「ここの生徒の数……全てでないにしても、そのメモを回収して、それを一日で用意して次の日に届けるなんて」


「あの男には、ある程度の位の貴族ではあれば頭も上がらないでしょうね。彼がいるから西地区の物流はとどこおりなくおこなわれていますから」


「ああ……この町全体なんだ……それはもっと凄いです」


「その理解力は素晴らしいです。メイアさん。でもまだ小さいところしか見えてないようですね。今の話を聞いて最初の時点で町全体を想像できたのなら満点でした。そうだ、彼が来たら少しお話ししてみるのもいいかもしれません。もちろん授業中に来てしまったらできませんけど」


メイアはこの瞬間、エメラルドという人物を理解できた気がした。

エメラルドは立場で人を判断したり、差別はしない。

この女性はアカデミアにいる生徒は全て平等と考えているのだろうと推測できた。

それと、なぜかエメラルドからメイアに対して期待感のようなものを感じ取れたが、何をもってなのかは不明だった。


寮から出て数刻は歩いたか。

アカデミアの正面の建物、研究部の真裏にある学部。

建物は大きく東と西、二つに分かれた作りで、エメラルドの話だと東が中等部、西が高等部だそう。

メイアは年齢から判断して中等部だった。


三階建の木造建築の大きな建物の中は"少し古臭い"という言葉が似合うほどだが、"時代を感じさせる"と言い換えれば上品だろう。


エメラルドに連れられてメイアは廊下を歩くが、授業中なのか生徒とはすれ違うことはなかった。

ようやく辿り着いた教室に入ると生徒は行儀良く席に着いていた。

広い教室に縦5席、横4席の机が置かれ、真ん中から半分、男子と女子で分かれている。

教壇から見て左が女子2列、右が男子2列という形だ。


顔を動かさず、横目でメイアを見る生徒たちの視線を感じつつ、教壇の隣に立つメイア。

教壇にはエメラルドが立ち、軽く挨拶した後、いよいよメイアを紹介し始めた。


「今日から数日間だけ体験入学で来られた女子生徒がおります。みなさん仲良くしてあげてください」


とだけ言うと、メイアに自己紹介を促す。


「メイア・ガラードです。よろしくお願いします」


そう言ってメイアは頭を下げた。

瞬間、クスクスと誰かの笑い声が聞こえたような気がしたが、メイアが顔を上げると、それは止んだ。


「では、メイアさんの席は左から2列目の一番後ろの席です。ジューンさんの隣ですね」


「ここです!」


1人の女子生徒が手を挙げた。

メイアはその席へ向かう中も、皆の視線を感じていた。

ガヤガヤと会話が聞こえるが、メイアが席に座るとエメラルドが大きく手を叩く。


「はい!私語はそこまで!これから次の授業に入ります……と言いたいところなのですが、次の授業に来るはずだった特別講師のユーゲル第五団長が急用で来れなくなりました。私は退席し、このまま自習と致しますが、私語は厳禁ですので。これだけは必ず守るように」


エメラルドがそう言うと教室を出て行った。


その瞬間、一斉に教室内で"私語"が始まりメイアは困惑した。


するとすぐに隣の席の"ジューン"と呼ばれた女子に話しかけられた。


「私、ジューン・マルーダ。よろしくね!メイアちゃん!」


絵に描いたような笑顔を向けるジューンの容姿は子供っぽかった。

少ない青髪を両サイドで結った、そばかすが印象的な女の子。


「よろしくお願いします」


「敬語は無しだよ!同年代なんだし!それに私も平民で小さな町の貴族の紹介でここに来たからさ!それよりメイアちゃんは冒険者なの?」


「ええ、あ……そうだよ」


「凄い!いっぱい魔物と戦ったりした?」


「そうです……あ、戦ったわ」


いつも大人の中にいたメイアは敬語が染み付いていた。


「誰の紹介でここに来たの?」


その言葉を発した瞬間、また教室内に笑い声がした。

特に一番最前列の男子の会話は大きく、メイアにハッキリと聞こえた。


「どうせ、地方の下級貴族の紹介だろ」


「"冒険者"なんて薄汚いものを、よくこの学校に入れたよな」


「そうそう。波動数値がちょっと高いからって、貴族がいる学校に平民を入れるなんてな」


メイアはたったこの会話だけで、教室の席順の構成を悟った。

一番最前列は高い貴族が座り、後ろへいくにつれて下がる。

一番後ろは平民に近い位の人間が座るのだろうと。


そして一番最前列の真ん中に座る男子。

金色の短髪に整った顔の男子生徒だった。

恐らくこの少年が、この教室で最も高い位にある、ヒエラルキー構造のトップの人間でメイアを最初に嘲笑した者。


「なるほど」


そうメイアが言うと、まぶたをピクリと動かした金髪の男子生徒は徐に席から立ち上がると、わざとか足音をめいいっぱい立てながらメイアの席の前に立つ。


「調子に乗るなよ。俺は今この学校で最も波動数値が高い。俺の炎の波動は28万だ」


「は、はぁ……」


「魔物なんて大したことない。どうせ小物ばかり倒してここに来たんだろ?いい気になるなよ」


「……」


メイアが困り果てていたが、助ける人間なぞ1人もいない。

これで完全に確信できた。

目の前に立つ少年こそ、この教室を支配する者だと。


「その波動石だって、どうせ貰い物だろ?」


「え?いえ、これは私が冒険者になってから、ずっと身につけていたものです」


「は……?」


金髪の少年の表情が固まる。

同時に教室全体の空気も変わった気がした。

"何か口を滑らしたか?"

そう考えるメイアだったが、この時なぜ教室が静まり返ったのか、その理由はわからなかった。

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