エリザヴェート
ローラはため息混じりに一足遅れて闘技場へと向かっていた。
今さらながら、なぜ自分が闘技大会に出なければならないのか納得できなかった。
街並みは相変わらず冒険者と平民がごった返し、それを掻き分けて進む。
その間、ローラのため息は止むことはなかった。
そして、ようやく開けた道に出た時だった。
道の真ん中に頭を抱えてうずくまった1人の女性がおり、それを取り囲む数人の冒険者。
すぐに"いざこざ"であろうとローラは思った。
「お前はクビだ!!」
「自分のことしか考えてないのね!!」
「二度と俺たちの前に姿をあらわすんじゃねぇ!!」
ローラは眉を顰める。
これはパーティ追放というやつだろうと思った。
町ゆく人々は足を止めずに素通りする。
見て見ぬふりだった。
「お前のせいで仲間は死んだんだ!」
パーティのリーダーと思われる男がそう吐き捨てると、町の入り口の方へと歩き去る。
メンバーの2人もそれに続くようにして去っていった。
「なんなのよ、あれ……」
そう呟くローラの体は勝手に動いていた。
うずくまる女性の元へと1人走り寄り、しゃがみ込んだ。
「あなた大丈夫?」
「う……うぐ……う……」
女性は声にならぬ声を発しつつ、ゆっくりと立ち上がった。
ローラは見上げるようにして、その女性の姿を見て絶句した。
地面につきそうなほどの黒髪から片目だけ覗かせる。
真っ黒なスーツのような格好でロングスカート。
黒いマントのようなものを羽織っており、背中には布に包まれた巨大な何かを背負っていた。
黒髪の間から見える目の下には濃いクマがあり、白目は血管が走るように充血している。
一目見ただけで、身の危険を感じさせるほどの妙な気配を漂わせていた。
そして、首から下げられた波動石の色は全ての色を飲み込むほどの"ブラック"だった。
「あ、あ、あ、ありがとう」
「いえ……じゃあ、あたしはこれで……」
ローラは直感的に、これ以上関わってはならないと思い、その場を後にしようとする。
すると女性は振り向くローラの肩を徐にガッシリと掴み引き止めた。
「ひぃ!!」
「ちょ、ちょっと待って、お礼がしたいわ。……あら、あなた」
「な、なにか?」
「あ、あ、あなた、ワイルド・ナインなのね。珍しい」
不意な出来事に固まるローラ。
だが、すぐに冷静になると首を傾げる。
「なぜ、それを?」
「わ、私の特技みたいなものよ。しかも"二つ"しかないなんて。さらに珍しいわね」
「それって、どういう意味ですか?」
「あ、あ、あなたの体の中には凄まじく強力な波動が二つしかない。これは見つけるのに苦労しそうね」
この女性の言う通りだった。
ローラが波動を発動させられたのは、たった一度だけ。
あとは、どんなに頑張っても使うことができなかった。
それが、この女性の言う、見つけるのに"苦労する"ということなのだろうと感じた。
「ま、まぁ、私はワイルド・ナインじゃないからわからないけどね。でも助言ならできるかも」
「え?」
「た、ただし条件があるわ」
「なによ」
「わ、わ、わ、私をあなたのパーティに入れてちょうだい」
「はぁ?」
突然の申し出に目が点になるローラ。
この女性が一体何を考えているのかわからなかった。
関わってはいけない……そう思いつつも、自分が前に進むためのヒントに繋がるのならと心は揺れ動いていた。
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セントラル・コロセウム
闘技場には多くの冒険者が集まっていた。
大会会場となる闘技場は巨大な円形状の作りで、高い場所に観客席がある。
中に入るとすぐにエントリーカウンターと待合室があり、そこには屈強な男たちが睨み合う光景が随所で見られた。
その中にいる1人の少年。
ガイ・ガラードはキョロキョロと周りを見渡しているが、自分の場違い差に眉を顰める。
「ガキがなんでこんなところにいる?」
「怪我しないうちに帰った方がいいんじゃないか?」
「まぁ、俺たちの踏み台だろ」
そんな声がちらほらと聞こえた。
一番最初の町と同じような状況だったが、今のガイはあの時とは違う。
様々な困難を乗り越えてここにいる。
その自信がガイの自我を強く保たせた。
そんな時、背後に一つ気配があった。
だが、ガイが振り向くとそこには2人いた。
ローラと見知らぬ女性。
「遅くなっちゃったわね」
「まぁ大丈夫だけど。……その人は?」
ローラの後ろに立っているが、その姿はまるで背後霊のようだ。
どんよりとした漆黒のオーラが見えた気がしてガイは目を擦る。
「ああ、この人、町中で……」
「パ、パ、パーティを追放されました」
「追放?なんでだ?」
「わ、わ、わからないです」
髪の隙間から片方だけ見える目が泳いでいる。
この女性は自分で理由を知っているとガイは思った。
「それで、この人、うちのパーティに入りたいってさ」
「え」
「まずは仮加入って感じでどうかしら?」
「まぁ、それならいいけど……あんた名前は?」
ガイが女性に尋ねる。
その質問に女性は無表情に答えた。
「私はエリザヴェート・ダークガゼルガよ。"エリザ"と呼んでくれればいいわ」
その言葉が発せられた瞬間、闘技場内の空気が変わった。
あれだけガヤガヤとうるさかったのが嘘のように静まり返る。
何事かと思い、周りを見るガイとローラ。
先ほどとは違い、冒険者たちがガイを見る目が変わっていた。
「な、なんだ?」
「一体、どうしたってのよ……」
「ああ、私の名前、有名だからだと思うわ」
「どういう意味だ?」
「これでも私、"ナイト"なのよ」
そう、このエリザヴェート・ダークガゼルガはカトリーヌ・デュランディアと並ぶほどの実力を持つナイト。
現在、世界に2人しかいないS級冒険者の1人だったのだ。




