サンシェルマ
メイアとクロードは東地区と西地区の境でローラと別れた。
涙をこらえながら手を振るローラにメイアは申し訳なさを感じていたが、クロードはあっけらかんとした表情で手を振り返していた。
昼頃、目指すは西地区にあるアカデミア。
メイアがずっと憧れていた場所であった。
「そうだ、その前に。ちょっと寄っていこう」
「え?」
ニヤリと笑ったクロードにメイアが眉を顰める。
"また裏がある何かをしようとしている"
ここまでの付き合いで、なんとなくだがメイアはすぐに察した。
2人が向かった先はアカデミア付近から、少しだけ離れた住宅街。
貴族が多く住むという割には、東地区とあまりかわらない家の並び。
家と家の間は少しだけ空いているくらいで、それでも密集していると言ってもいい。
だが、東地区と違い、石造りの道で街並みも綺麗だった。
「貴族が住んでいるんでしょうか?にしては家が小さい気がします。綺麗ですけど」
「恐らくアカデミアの研究員や学生が住んでいる場所なのだろう」
「なるほど」
西地区はアカデミアが中央に位置し、それを中心として四つの区画に分かれていた。
クロードたちがいるのは北東側で、この区画は比較的に平民街に近い作りの家が多かった。
「この辺のはずだが……ん?」
「なにか沢山の人がいますね」
一つの家の前に数十人ほど集まっていた。
列をなすわけでもなく、異様な人だかりだ。
「あそこは一体なんですか?」
メイアがクロードに聞いた。
「ローラが行きたかった、スイーツショップの"サンシェルマ"さ」
「え!」
「何か問題かい?」
「いえ……でも、ローラさんに悪い気がして」
「大丈夫さ。メイアも気になるだろ?お姫様イチオシのスイーツ」
「え、ええ」
メイアは困惑する。
まさか一番食べたかったであろうローラを差し置いて、このスイーツのことを何も知らなかった自分が店を訪れるとは。
「だが、あの人だかりはなんだろうな?」
「なぜか男の人が多い気がしますけど」
「まさか……」
2人はサンシェルマの近くまで行く。
人だかりのせいで店の様子はわからない。
サンシェルマは周りと同じで二階建てであるが、他の家屋より明らかに綺麗だ。
店の前には一台の馬車がおり、その周りに人が集まっているようだった。
「すごい馬車ですね」
「あれは王宮の馬車だな」
「王宮の?」
馬車は大きく真っ白で、その中には金色の花の模様が描かれていた。
花は葉よりも小さく細い。
だがその花は数多く、咲き乱れるように描かれている。
「なんの花だろう?綺麗です」
「あれは"サンスベリア"だよ」
瞬間、馬車の前にいた男性たちは声を上げる。
店の中から誰か出て来たようだ。
人の頭の間からクロードは、その人物を見た。
「やはりザラ姫か」
「え?」
店から出て来たのは、まさしく、この国のお姫様であるザラだった。
桃色の内巻きのワンカールで整えられた髪に白く上品なドレス。
その後ろには金髪でロングの鎧姿の騎士の姿もあった。
「第二騎士団副団長のクラリス・ベルフェルマ……」
「み、見えないです!」
メイアはぴょんぴょんと飛び跳ねるが、前の男たちの背が高すぎて、女性2人を見ることができなかった。
ザラとクラリスは一度振り返る。
店からはもう1人女性が出て来た。
「こ、この度は誠にありがとうございました。またのお越しを心待ちにしております」
そう言って深々と頭を下げたのは、このサンシェルマの店主なのだろう。
ブラウンのショートヘアで綺麗な白い布の服に身を包んでいた。
その表情は引き攣っているようにも見える。
クロードは緊張してのことなのだろうと思った。
逆にザラは満面の笑みを浮かべ、
「これほど素晴らしいスイーツであれば、王都にも店を出したらいいわ。気が向いたら言ってね。ここと同じように計らいますから」
「は、はい……恐縮です」
「ではまた。クラリス、行きましょう」
「……」
クラリスはただ頭だけを少し下げて、馬車のドアを開ける。
ザラの手を取り、乗り込む手助けをすると自分も馬車に入っていった。
馬車の取り囲んでいた男たちは少し下がる。
そして馬車はアカデミアの方へと走り去っていった。
それを名残惜しそうに見つめる男たちは、だんだんと散らばっていった。
「行っちゃたんですか?」
「ああ」
「はぁ……お姫様、見れなかったです」
「大丈夫だ。すぐに見れるさ」
「え?」
「僕らも目的の場所へ行こうか。ここはまた帰りにローラと一緒に来よう。メイアも言うようにローラに悪いからね」
「は、はい」
そう言うとクロードは馬車が走り去った方へと歩き出した。
メイアもそれに続く。
ふとメイアはサンシェルマの隣の家屋の外壁に目がいった。
それはサンシェルマの右側の家屋だった。
「……」
「どうしたんだ、メイア?」
「壁の色がおかしい気がして」
「うーむ。焦げたような見た目だな」
家屋と家屋の間の距離は、だいたい10メートルほど。
正面から見て左側の外壁が焼けたような跡があった。
クロードとメイアが振り向き、サンシェルマの左側に建つ家屋を見る。
すると、その家屋は逆に右側の外壁が焦げたように黒くなっていた。
「サンシェルマで火事でもあったのですかね?そして新しく建て直した……といったところでしょうか?」
「普通に考えれば、そうなるだろうね。まぁ僕らには関係ない話だ。アカデミアへ向かおうか」
「はい」
2人はアカデミアを目指して歩き出した。
到着にはさほど時間はかからず、夕刻前には辿り着くことができた。




