混沌と秩序
北の山脈
漆黒の古城、大きく開かれた両開きの扉の前には4人の男女の姿があった。
そこは彼らにとって旅の終着点とも言える場所だ。
"かつては魔王城とも呼ばれた城"
なぜここに城があるのかはわからない。
しかし、そんなことは彼らにとってはどうだっていいことだ。
重要なのことは、ここに救うべき対象がいるということ。
そして同時に倒さなければならない敵もいるということだった。
4人は緊張の面持ちで顔を見合わせる。
"ガイ・ガラード"
"ミラ・ハートル"
"ローラ・スペルシオ"
"ヴァン・ガラード"
新生ナイト・ガイといってもいい。
「ここにメイアがいるんだな」
言ったのはガイ・ガラードだ。
短い赤髪、ワインレッドのレザージャケット、革の胸当てとジーンズを穿いた少年。
腰に差してあるのはS字型の短剣スターブレイカー。
その持ち手の部分には黒い布が巻かれてある。
「ヤツは『メイアに会いたかったら北の魔城にまで来い』と言っていた。必ず中にいる」
答えたのはヴァン・ガラード。
こちらも短い赤髪、グレーのマント。
胸元には斜めに切り裂かれたような跡があったが傷は深くはない。
黒のレザーパンツを穿き、腰には漆黒の中型杖を差す。
「メイアは連れて帰れるのよね……?」
不安そうに呟いたのはローラ・スペルシオ。
ホットパンツ、寒さ対策で黒いタイツを履く。
カーキ色の厚手のマント、腰には月の剣グロウ・ゼルを差している。
「私が彼女に触れれば大丈夫です」
真剣な表情で言ったのはミラ・ハートルだった。
短い桃色の髪を後ろの高い位置で結い、白いローブに身を包んだ少女だ。
彼女の額には少し傷がある。
ガイは2人にミラのことを話していた。
それはゲイン・ヴォルヴエッジから伝えられていたことだ。
この少女がメイアを助けるための"カギ"であると。
必ずメイアを助けて一緒に帰る。
そして同時に"ヤツ"を倒す。
全員は決意を固めて頷き合うと漆黒の魔城へと歩みを進めた。
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ただ直線に続く廊下、コツコツと響き渡る音。
その音は4人が歩くたびに広い空間に広がる。
城の中も外観と同じく"漆黒"だった。
進むごとに闇が深くなる。
すると次第に妙な違和感を感じはじめた。
それは1人か2人に限定されるものでなく、ナイト・ガイのメンバー全員が感じたことだ。
五感で言えば嗅覚。
なにやら奥に進むにつれて"焦げ臭さ"が増していく。
4人の歩みは自然と速くなった。
魔城の最深部。
言うなれば王との謁見室だろう。
両開きの大きな扉はすでに開け放たれている。
真ん中に赤い絨毯が玉座まで続き敷かれていた。
玉座まで30メートルほどか。
扉の近く、赤い絨毯の上に倒れる人影を見た。
「メイア……?」
ガイはすぐさま倒れるメイアに駆け寄った。
他の3人も同じく謁見室に入る。
鼻をつくような焦げた臭いもそのはずで、壁の至るところが焼けていた。
「息はあるな」
ガイがそう言って安心したのも束の間、玉座の方から男性の声がした。
「ここまで狡猾だとは思わなかったよ。まさか僕まで巻き込んで自分の目的を達成しようとは……」
ナイト・ガイのメンバーは玉座へと視線を送る。
そこにいたのは長い黒髪、白ワイシャツに黒いロングマント、黒のレザーパンツを穿いた青年の姿があった。
青年の顔の左半分が焼け爛れていた。
「クロード……貴様!!」
ガイの叫びが謁見室に響いた。
その鋭い視線を見た"クロード"と呼ばれた青年は少し笑みを浮かべる。
「来るのが早かったじゃないか。ガイ、ヴァン、ローラ、それにミラ姫。ここまで来るには数年ぐらい掛かると予想していたが」
「メイアに何をした!!」
ガイはさらに叫ぶ。
その後ろではヴァン、ローラ、ミラが気を失っているメイアの無事を確かめていた。
「彼女の意思でこうなったわけじゃない。しかし戦うしかなかった。魂はそのままだ。僕はメイアのことが好きだからね。大事に思ってるんだ」
「なんでメイアを殺したんだ!!」
「本当は君だった。君に僕の魂を分け与えるはずだった。しかし運がいいのか悪いのか君はベオウルフ戦で死ななかった。まさか闘気を操って死を免れるとはね」
「クロード……お前は何が目的なんだ?」
クロードは大きく息を吸った。
そして少しだけ止めてから全てを吐き切るように口を開いた。
「前に善のエネルギーと悪のエネルギーの話をしたのを覚えているかい?」
それはコーブライドで起こった事件の後にクロードから聞いたことだ。
"この世界は善のエネルギーよりも悪のエネルギーの方が強い"というもの。
「残念ながら"善"というのは感情的に強くても、"悪"という質量に勝てない。そして"善"は"悪"にもなるが、"悪"は絶対に"善"に戻ることはない」
「……何を言ってるんだ?」
「悪とは言わば"美味い酒"なんだ。この酒に酔った者たちは、その美味さからやめられない。それどころか善、悪、中立、関係なく美酒を振る舞う。そして悪に酔った者どもが増殖して世界を埋め尽くす。この悪の質量の前では善など簡単に蹂躙されるんだ」
「そ、そんなことは……」
「"ない"と言い切れるか?君も旅の中で見てきただろう。悪に染まった者どもは最初から悪だったわけではない。だが悪になった以上、人を殺す魔物となんら変わらない。いや知性を持っている分、魔物よりもタチが悪い存在なんだよ」
ガイは何も言い返せなかった。
確かに戦ってきた相手を考えれば魔物よりも人間の方が厄介だった。
「悪は闇に身を隠している。だからそれを超えるほどの漆黒の闇の中に身を潜ませて"混沌"と"秩序"を操り世界のバランスを保つ者が必要なんだ」
「なんだよそれ……」
「"混沌"とはこの世の最強の悪。つまり魔王だ。魔王という存在の前ではどんな悪人でも恐怖する。世界を破壊することで彼ら持つ"悪"という概念を覆す」
唖然とするガイに構わずクロードは続ける。
「そして"秩序"とはこの世界の最大の善。つまり英雄だ。英雄は世界で最も恐ろしい悪を打ち倒して正義をあらわす。英雄の活躍によって世界には善が自然に広がる。みんな憧れるんだ"正義"というものにね」
「……」
「だが残念ながらそれは永続しない。数百年も経つと人は英雄や魔王の存在を忘れる。いたのかどうかさえ疑うようになるんだ。そうなればまた悪は増殖を始める。人間は忘れっぽいから、自分たち人類が痛い目を見た過去なんてすぐに記憶から消えるんだ」
「ま、まさか……クロード……お前は何度もこんなことをしてるのか……?」
ガイは血の気が引くのを感じた。
最初に会った時、呪いで不死の体になったと言っていた。
この男から闘気が放たれているのは見えない。
生きているのであれば大小あれど必ず闘気を持つが、それが無いとなればすでに"死んでいる"か"魔物"ということになる。
「何千年も続いているよ。色々試したが、これが最も上手くいく方法だった。ただ……今回を除いてね」
「今回って……」
「"クロード・アシュベンテ"が魔王を倒した周期さ」
「魔王は倒されていたのか!?ちょっと待て、クロードってお前のことじゃ……」
「僕は"クロード"じゃない。ただ彼の名を借りて君たちに近づいただけさ」
「なんでそんなことを?」
「"クロード"を憎んでいた英雄たちを誘き出すためというのもあったが、一番は憧れだね」
「憧れ?」
「彼は他の人間とは違った。"クロード"という男は全く悪に染まらず徹底的に悪と戦った。何が起こっても絶望感も悲壮感もない。そんな彼に興味が湧いた。彼のように振る舞えば僕もそうなれるかと思ったが上手くはいかなかったね。長い時を生きていたせいか感情が欠落したようだ。人と関わる時はどう操れるかしか考えられなくなっていた」
「お前は一体、誰なんだ……」
ガイの問いには皆が耳を傾けた。
目の前にいる人物は"クロード・アシュベンテ"ではない。
ついにこの男の名を知る時がきたのだ。
「僕は古の九王のうちの一人。"第九竜血王・死王ジェノサス・カオスオーダー"。混沌によって秩序をもたらす者」
その名を語った瞬間、大地が揺れた。
高揚か?恐怖か?
どちらであったとしても間違いなく"ジェノサス"という名が世界に与える影響を物語るものだった。
だがガイはそれでも一歩前に踏み出す。
「お前が誰であったとしても、こんなことを許すわけにはいかない……俺はメイアやみんなを救う!!」
「悪が徒党を組んで君の正義に牙を向いてもか?仲間に裏切られ、それら全員が悪になって敵になっても君は正義を貫けるか?」
「俺はそれでも戦い続ける」
クロード……もとい"ジェノサス"は笑みを浮かべる。
それは子供の成長を見た親のような目だった。
「男に二言は無いか……ガイ・ガラード、古の英雄の意志を継ぐ者よ。君と出会えて本当によかった。では最後にどちらが正しいか力比べといこうではないか」
「望むところだ!!」
ガイは腰に差した短剣スターブレイカーを引き抜き前に構えた。
背後ではミラがメイアの時間を戻しているようだ。
ヴァンとローラはそれを守るように前に立つ。
ガイ、ヴァン、ローラと並び、玉座にいるジェノサスと向かい合った。
ここに世界の命運を賭けた最終決戦が開幕した。




