北の古城にて
北の古城
漆黒に覆われた城は内部まで全ての光を飲み込むような闇が広がっていた。
かろうじて等間隔に立てられた大きな柱に灯される火の光だけが、その闇の中を小さく照らす。
城門から真っ直ぐ進むと最深部があるというシンプルな作り。
青年と少女の2人は巨大でドス黒い扉の前に立つ。
青年は長い黒髪をずっと結っていたが、前の戦闘で解けていた。
今はストレートヘアにボロボロのローブを着用している。
少女は旅の始めとは違い、"女性"と言い換えてもいいほど大人に成長ていた。
赤く長い髪を後ろの高い位置で結い、純白の司祭ローブのような服を着ている。
大きく長い杖を持ち、左耳には菱形のイヤリングをしているが、その色はすでに深い真紅に染まっていた。
扉を開けたのは青年だった。
重音が廊下に響き渡ると扉が開け放たれる。
中央に敷かれた赤い絨毯の先には玉座があり、そこに座っていたのは白骨した遺体。
金色の鎧を身に纏った人間の遺体だ。
項垂れるようにして座したまま死んだのだろう。
静かに青年は歩みを進めた。
少女はただ青年の背中を見守るだけだ。
「やぁ久しぶり、会いたかったよ。僕の憧れの人、"クロード・アシュベンテ"」
青年は笑みを浮かべて言った。
そのまま玉座に辿り着くと遺体が着用する金色の鎧に触れる。
すると座した遺体を包まむほど闇が広がり、それを"飲み込んだ"。
少女は静かに無感情に言った。
「嬉しそうですね」
「会うのは久しぶりだからね。古の冒険者……僕の恩人でもあり、宿敵でもある。六大英雄の裏切り者」
「彼が裏切り者だった……」
「厳密には違う。グレイグによって仕立て上げられた裏切り者だ。彼はそんな人間ではなかった。彼は決して悪に染まることなく、ずっと正義を貫いて生きていた。とても珍しい人間なんだよ」
青年は昔を懐かしむように言った。
そして深呼吸して、さらに続ける。
「"憧れ"っていうのはある意味、恐ろしいものだね。今ある僕のほとんどは彼の投影なのさ」
「どういう意味でしょうか?」
「彼はね、この数百年の間に誕生した数多の英雄の中で唯一、僕の"正体"に気づいた人間だった」
「死神……」
「皆はそう言うが少し違う。僕は"死"をもって"生"を調整する存在。奪って終わりではないんだ。自分で言うのも恥ずかしいが死の王といったところさ」
「本当の名前は何というのです?」
「名前なんて無い。いや……逆か。いろんな名前を名乗りすぎて本当の名前がなんだったのか」
「……」
「ただ、この"クロード"という名を名乗った時は正直言って震えたよ。なぜだろうとずっと考えているけど結局わからなかったな」
「あなたは六大英雄の中の七人目なのですね」
「そう。六人の英雄の中にいた招かざる七人目。いるはずのない、いてはいけない仲間、そして本当の裏切り者……それが僕なんだよ」
その言葉に少女は静かに頷いた。
ずっと長い間、思考を重ねてきた自分の考えはほぼ間違ってはいなかった。
「最初の出会いで君たちに嘘を言ったことを怒ってるかい?」
「いえ別に。私は特に何も感じてません。逆に感謝しているくらいです」
「そうか……それならよかった」
「ええ。これで私の願いも叶うわ」
この言葉から感じられる妙な違和感。
青年はゆっくりと振り向き、視線を玉座から後方にある巨大な扉の前にいる少女へと移す。
「メイア……君は……」
青年が見たものは"真っ赤な瞳の少女"だった。
その体から放たれている熱は凄まじい殺意を帯びている。
無表情だが青年に向けられる突き刺すような鋭い眼光。
だが、どこか高揚に満ちているようにも感じられて不気味だった。
古の英雄によって計画された死神討伐は思いがけない終幕へと進み始めることになる。




