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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
最終章 死の王 編
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闇喰


エリザヴェートは数メートル先の黒ベルトで全身を巻かれた冒険者を凝視していた。


生々しく骨が折れる音と絶叫と言えるほどの悲鳴に息を呑む。

一緒に飛び引いて倒れ込む、もう1人の冒険者も体を震わせながら同じ光景を見ていた。


黒ベルトの後方にはレイとシグルス、女性の冒険者もいるが、やはり唖然とした様子だ。


レイが言った言葉。


"魔物の本体は黒ベルト"


考えるに、ここまで厄介で凶悪な魔物は出会った事がない。

魔物レベル11(イレヴン)と言ってもいい。


ここからは、この黒ベルトの魔物を"イレヴン"と呼称する。



イレヴンを挟み込むようにしてエリザヴェートとレイ、シグルスがいる形だ。


誰もその場から動けずにいるとイレヴンに動きがあった。


黒ベルトでグルグル巻きにされた状況にあった冒険者の体だったが、それは徐々に変化していく。

剣のように鋭い長い黒髪、見開かれた片目、裂けた口から舌が垂れる。

伸びた両腕に鋭利な爪と……その姿は完全に先ほど戦っていた"黒ベルトの魔物"だった。


一部始終を見ていたレイは表情を引き攣らせて言った。


「寄生した体が倒されれば他の人間に寄生し、自分が殺した者を魔物化させて、さらにそれを喰らう……そんなことを続けられたら誰も生き残らないじゃないか」


先ほどのエリザヴェートとの戦闘を見るかぎり、彼女が倒せない相手ではない。

だが倒したとしても、周りの人間の体に寄生し続けるなら、最後にはエリザヴェートも同じ運命を辿ることになる。


つまり、この場の人間は誰も生き残ることができないとうのは必然だ。

一体、この魔物にどうやって勝てばいいのかレイにはわからなかった。



全員が唖然として動けずにいるとイレヴンはまた地に両腕を押し当てるようにして置いた。

体勢を見るに先ほどのハイスピード攻撃であることは予測できた。


しかし、その想像はすぐに覆えされる。

イレヴンは四足歩行の体勢で黒ベルトを緩ませると、みるみる体が膨張していく。


体の大きさは4、5メートルほどか。

口を尖らせ、腕と足も伸びていく。

その姿はまるで巨大な"黒い狼"のようだった。


黒狼の姿になったイレヴンは暗雲の天を見上げて遠吠えを始める。

すると町全体から黒い霧が上がり、それが全てイレヴンの体に吸収されていく。


「ま、ま、まさか……わ、私と同じなの?」


エリザヴェートが呟いた。

確実とは言えない。

だが、そう考えれば簡単な話だ。

恐らくイレヴンは魔物でありながら、ある波動属性を使用している。


"闇の波動"


光と闇の波動はワイルド・ナインでなかったとしても特殊なスキルを構成できる。

もしこの魔物が元々、人間だったとするなら十分に考えられることだ。


黒ベルトは元々、闇の波動を使う人間であり、その能力は『吸収した魔物を自分の力に変換する』というものなのだろう。

イレヴンの能力を見るに、それはシンプルに自らの身体能力を向上させるというもの。


そう考えれば、さらなる絶望を生み出した。


「な、な、な、なら、私もそうするしかないわね……自分がどうなったとしても」


そう言ってエリザヴェートはため息をつく。

いつかは来ると思っていたことだった。


闇の波動は不吉だ。

闘技大会でゾルア・ガウスが言い放ったことを思い出す。


エリザヴェートの波動は周りを不幸にする。

彼女を快く迎え入れたパーティメンバーはことごとく怪我や死に見舞われて、その度に追放された。


自分はどこの誰なのかわからない。

自分を知ってる人間も見当たらない。

正直、ここまでくればどうなってもいい。


「ぜ、全員!!この場から離れなさい!!」


声を張り上げてエリザヴェートは叫んだ。

隣で腰を抜かした冒険者を見る。

目が合うが、その目はもう絶望に満ちていた。


この冒険者はもう立つことはできない。

そう判断したエリザヴェートは冒険者の襟元を掴むと勢いよく後方へと投げた。

冒険者は悲鳴をあげながら数百メートルもの距離を飛んでいった。


遠吠えを上げるイレヴンの後ろにいるレイと目が合う。


エリザヴェートが無言で軽く頷くと、レイも遅れて頷いて、


「すまない……」


そう言ったが恐らくエリザヴェートには聞こえてはいない。


隣にいたシグルスはしゃがみ込んだ女性の冒険者を抱えるとレイと共に走り出す。


彼らが見えなくなったのを確認してから、エリザヴェートはゆっくりとイレヴンへと向かって歩いた。


「た、た、た、多分だけど、これから使うスキルは私自身にも影響があるわ。わ、私の中に感覚としてだけある……このスキルの危険性は尋常ではない」


今までどんな窮地に立たされたとしても一度も使用したことのない力だった。


イレヴンとの距離は数メートルしかない。

エリザヴェートは鎌を左手に持ち、右手のひらをイレヴンへと向けてかざす。

未だに遠吠えを続ける黒狼の体はどんどん膨張していた。


「ガイ、ローラ……あなた達と一緒に闘技大会に出場できた事が私の一番の思い出よ。優勝はできなかったけど、とっても楽しかったわ」


見開かれて充血した片目には涙が含まれた。

自分が入ったパーティの中でも最も弱いと思われたが、そんなことはなかった。

短い期間だったが間違いなく最高で最強のパーティだ。


さらに記憶を辿ると、"ある男"のことが頭に浮かんできた。

考えれば考えるほど、とても胸が締め付けられる。


「ごめんなさい……あなたとの約束は果たせそうにないわ」


そう言ってエリザヴェートは悲しげな表情をすると名残惜しそうに呟いた。


「"魔神の右手"」



そこからは一瞬の出来事。


エリザヴェートを中心として"漆黒の球体"が発生したと思うと、それはすぐさま収束し、何事もなかったかのように戻る。


"漆黒の球体"が広がった場所には何も残ってはいない。

崩れた家屋、積み上げられた瓦礫、円形状に抉れた地面を含めて何もかもがどこかに消えてしまった。


それはエリザヴェートとイレヴンもだ。


エリザヴェートはイレヴンという凶悪な魔物と共に完全に姿を消した。


________________



イース・ガルダン



目を覚ますと自分が泊まっていた宿だった。

自分が経験したであろう少ない記憶を思い起こす。


「あ、あ、あ、赤髪の男に負けたのね……」


エリザヴェートが呟くと、彼女が寝るベッドの横で声がする。


「おお!起きたね!」


視線を声の主に向けると、そこには黒髪にわずかに銀が混ざった漆黒の鎧に身を包んだ男がいた。

男は笑みを浮かべてこちらを見ている。


「ま、ま、ま、まさか……わ、私を助けたの?」


「助けたと言うほどじゃないさ。ただ彼の目の前に立っただけさ」


"彼"というのは赤髪の男のことだ。


「で、でも、もし闘技大会でなかったら、あなたは死んでたわ……あの赤髪の男は強すぎる」


エリザヴェートが暗い声で言うと男は笑みを崩して少しだけ間を作る。

そして、すぐに彼女の言葉に対して再び笑みを浮かべながら口を開いた。


「それでも私は彼の前に立ったさ。君を守るためにね」


「……」


この男のことがよくわからなかった。

別に知り合いというわけでもない。

なのに、なぜ自らの危険を犯してまで助けようとしたのだろうか?


エリザヴェートが思考していると不意に男が言った。


「"エヴリン・ルザール"という女性に心当たりがあるかい?」


「……無いわ」


「そうか」


男は少しだけ残念そうな表情を浮かべた後、続けて言った。


「その怪我が治ったら、一緒に食事でもどうかな?」


「な、な、な、なぜ、私なの?」


「君が気になるからさ」


エリザヴェートはすぐに男から視線を逸らして天井を見る。

思いもよらぬ返答に彼女の鼓動は高鳴った。


「い、い、い、いいわよ……」


「決まりだね!楽しみにしてるよ!」


男は満面の笑みで言ったが、エリザヴェートはその顔を見ることができなかった。

彼の言った"エヴリン・ルザール"という名は気になったが、それ以上に妙な感情に包まれる。

懐かしい、とても暖かい不思議な感情だ。


町でガイとローラに出会ったことによって自分の運命は、いい方向に変わりつつあるのかもしれない……


この時のエリザヴェートはそう思った。

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