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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
最終章 死の王 編
223/250

絶望の狭間で(3)


王都マリン・ディアール


西地区



空は暗雲で日差しは隠れ、町は瓦礫の山が築かられていた。


レイとシグルス、そして3名の冒険者は背を合わせて警戒心を強める。

冒険者は剣士風の男性2人と魔法使い風の女性1人だ。


ここにいる全員は王都に到達するだけの実力を持った冒険者ではある。

しかし、もう冷静に波動を使う精神状態にはない。


十数人ほどいた冒険者は全員、謎の"黒ベルトの魔物"に首を刎ねられて絶命。

生き残ったのは、たった5人だった。


飛び散った血がレイの青髪や身につけたローブに多く付着する。

シグルスも同様に緑色の長髪、黒い修道服に夥しいまでの血がつく。

他の冒険者も血だらけではあったが、それは自分たちの血ではない。

全て死んでいった冒険者らの血だった。


レイは荒くなっていた呼吸を整え、静かに口を開く。


「シグルス……"ヤツ"を目で追えるか?」


「無理だ。動きが速すぎて全く見えない」


「……私もだ」


恐らく背にした他の冒険者たちも同じだろう。

見たところ、まだあどけなさが残る者たちで、彼らはブルブルと震えながら首を動かす事なく眼球を動かすだけで周囲を確認する。

女性にいたっては恐怖心が頂点に達しており、嗚咽を殺しながらも大粒の涙を流していた。


「私の兄弟、誰が出ても対処できないだろうね」


「アイザックでも無理なのか?」


「"獄炎"に負けてから、出ようとする気配が全くない。多分、呼んだとしても出てこないよ」


「ここまでなのか」


「いや、攻撃が止んでいる今こそ動くべきなのかもしれない」


「ここを離れるか?」


「どうせ打開策が思いつかないんだ。一か八かさ。全員、バラバラの方向へ逃げよう。狙いを分散させる」


レイの言葉を聞いていた後ろの冒険者たちは顔を見合わせた。

まず、この状況では全員は助からない。

それは長年にかけて冒険者として旅をしてきた者たちなら簡単に予測がつく。

先ほどあった"黒ベルトの魔物"の攻撃を思い出すと、その間には若干の猶予があると感じられた。

考えるに黒ベルトの魔物は自分の直線的なスピードを止めるために、どこか建物の壁に着地している。

そして、その壁を踏んで次の攻撃を起こなっているとなれば一箇所に集まった状態なら一網打尽にされる可能性があった。


「助けを待った方がいいんじゃないか?」


「俺もそう思うが……」


冒険者の2人が言った。


「いや、町の現状を見るに王宮騎士団の手は足りていないだろう。"ヤツ"のような規格外の魔物が各所に現れていたらなおさらだ」


「確かに……」


「とにかく、ここを離れて他の冒険者や王宮騎士と合流した方が生存率は上がる」


運がいいのか悪いのかはわからないが、最初にレイたちの前に現れた無数の魔騎士たちは"黒ベルトの魔物"に吸収された。

周りを取り囲む障害が無い以上、全力でこの場を離れることが最善と考えられる。


「全員、そのまま向いている方へと走るんだ。絶対に振り向かないように」


「あ、ああ」


「わかった……」


剣士風の冒険者2人の声はしたが、もう1人、魔法使い風の女性の声がしない。

どうやら過呼吸になり、今にも倒れそうだった。


「シグルス、彼女を背負えるか?」


「大丈夫だ」


「すまない、任せる」


「ああ」


全員が少しだけ上体を前へと倒した。

誰かが走り出した瞬間、自分も……そう思いつつ決意を固める。



だが彼らはすぐに予期せぬ絶望感を味わうことになる。


周囲に倒れていた首の無くなった死体の傷口からドロドロとした黒い液体が流れ出した。

そして、それぞれがしっかりとした意思があるかの如く立ち上がっていく。


「どうなってる……!?」


レイの言葉で冒険者の女性は足の力が抜けて、その場に倒れ込む。

ありえない光景にただ涙を浮かべることしかできなかった。


「最悪だ……まさかヤツは殺した人間を魔物にできるのか?」


彼らを取り囲むようにして立つ、首無しの魔物は奇怪な動きで歩く。


しかし絶望はこれだけではなかった。

魔物になった冒険者の体から"黒い霧"のようなものが上がって、どこかに吸い寄せられていく。

瓦礫の間の一点、そこへ向かって糸のようになって黒い霧は集まっているようだ。


「なんということだ……ヤツは殺した人間を魔物に変えて、その魔物からエネルギーを吸収して戦うのか」


レイが考える"黒ベルトの魔物"の能力だった。

自ら殺した人間を魔物に変えるというだけでも恐ろしい能力ではある。

しかし"黒ベルトの魔物"は自らの身体能力を強化するために、さらに魔物からエネルギーを得るのだろう。


「となれば次の攻撃を耐えきれれば勝機はある……ということか。だが……」


"黒ベルトの魔物"が息を潜めて攻撃してこなかったのはエネルギー切れと考えられる。

そうなればエネルギーを得るために必要な魔物さえ周りにいなければいい。

つまり、ここにいる誰も死ななければ勝てる可能性があるのだ。


しかし問題は次に来る"黒ベルトの魔物"の攻撃を全て耐え切ることができるのかということ。

目に見えないほどの速さで立ち回る魔物など相手にできるはずはなかった。


「もうだめだ……」


「俺たちは死ぬんだな……」


冒険者2人は脱力して項垂れた。

もう戦意喪失といっても過言では無い。


無気力となった彼らを見たことによってなのか、レイの背後、数百メートル先にあった瓦礫の山が崩れると同時に"影"が飛び出した。


"動いた"


そう頭に思い浮かんだのも束の間、甲高い金属音がして、弾かれた"影"が瓦礫の山の方へと高く飛び、体を回転させて着地する。


剣士風の冒険者2人は死を覚悟して強く目を閉じていたが、恐る恐る開いた。

レイも聞き慣れぬ金属音が気になり振り向いて見る。


魔物と自分たちの間には"1人だけ女性"が立っていた。


地面につきそうなほどの長い黒髪、真っ黒なスーツにロングスカート、さらに黒マントを羽織っている。

何よりも手に持った槍のような武器は持ち手と同じ長さはあろうほどの刃が折り込まれた形で異様だ。


「援軍なのか……?」


「でも、たった1人?」


そう呟いた冒険者2人。

すると背を向けた黒髪の女性は少しだけ振り向いた。


「ひぃ!」


その顔を見た冒険者は心臓が止まりそうなほどの衝撃に駆られる。


顔は包帯がぐるぐる巻きにしてあり、かろうじて見えるのが片目だけ。

その目は見開かれ、恐ろしいほど充血し、身の危険を感じさせるほどの気配を漂わせていた。


だがレイはその姿に見覚えがあった。


「君は確か、イース・ガルダンの闘技大会でボスと戦った……」


「さ、さ、さ、下がってなさい。あ、あ、あとは私が戦うわ」


女性は低い声で促すと"黒ベルトの魔物"を見直した。


逆立つ剣のように鋭い黒髪、全身に巻かれた黒いベルト、片目は眼球が飛び出しそうなほど見開かれ、裂けた口から長い舌が出る。


数十メートル先にいた"黒ベルトの魔物"は瓦礫の山の上から一瞬で消える。

普通の人間なら反応などできないほどのスピードだ。


しかし黒髪の女性はしゃがんで体勢を低くし、すぐに立ち上がるようにしてアッパーを放つ。

すると、すぐにズドン!という轟音が町の中に響き渡る。


「ぐギギギ……」


女性の拳は黒ベルトの魔物のあごを綺麗に捉えていた。

衝撃で数百メートル後方へと吹き飛ぶ黒ベルトの魔物はかろうじて着地するが、その足は立っていられないほどふらついている。


この状況を見た女性の後ろの冒険者が口を開く。


「まさか……あれが見えるのか!?」


「援護した方がいいんじゃないか?」


そう会話する剣士風の男2人だったが、目の前の女性は彼らを威嚇するようにして手に持った長い武器を勢いよく横に振った。

女性の持った武器は刃の部分が展開してL字になる。

それは異様なほど大きい"鎌"だった。


「し、し、し、死にたくなければ下がっていなさい。わ、わ、私の近くでは波動は使えないわ」


「え……?」


冒険者たちは困惑しつつ顔を見合わせる。

構わず女性が続けて言った。


「わ、わ、わ、私はS級冒険者、"闇喰やみくい"……エリザヴェート・ダークガゼルガ」


その名を聞いた冒険者たちは絶句した。

"闇喰"という通り名の冒険者と組んだパーティは仲間が次々と死んでいくという噂を聞いたことがあった。


希望の光が見えたと思った瞬間の絶望。


しかし、彼らの心配をよそにエリザヴェートは禍々しいほどの闇のオーラを放ち始める。


うねうねと触手のように伸びる"闇"は、目の前にいる"黒ベルトの魔物"をも喰らい尽くそうとしていた。

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