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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
最終章 死の王 編
222/250

絶望の狭間で(2)


王都マリン・ディアール


東地区



暗雲の下、白いローブに銀色の鎧を着たゲイン・ヴォルヴエッジは蛇のような目つきで周囲を見渡した。

瓦礫の山と崩れる街並みに立つ無数の魔騎士と、生き残った数人の第二騎士団の騎士。


そして数メートル先、正面に立つ異様な存在。


頭から足先に至るまで全身を重厚な赤黒い鎧に身を包んだ騎士が立っていた。

ドス黒い大剣を地面に突き刺し、両手でグリップを握る。

鎧の付け根の部分からは瘴気のような黒い霧が排出されているが、それが何なのかは不明だ。


ゲインのおかれた状況は最悪と言っていい。

先ほどの黒騎士の攻撃によって部隊の大半が死んだだけでなく、さらに死んだ騎士達が魔物へと変わってしまった。


ざっと見渡した限りでは30人いた騎士は7人まで減り、残りの23人は魔騎士となった。


「絶望的だな……我々だけでは打開策が思い当たらん」


ゲインはため息混じりにつぶやいた。

黒騎士の攻撃を間一髪で回避したが、ゲインの着用する銀の鎧の胸元は斬撃を受けたように綺麗に一線、えぐられていた。

腰に差した中型の竜を模った白い杖、武具は無事だったが、戦闘スタイルが遠距離型のゲインとしては黒騎士との間合いが近すぎる。

恐らく波動を発動したと同時に首を落とされるだろうと容易に想像できた。


しかし、なぜか黒騎士は数分経っても動きを見せない。

魔騎士達も同様だ。

こちらの攻撃を待っているのか?

ゲイン含めた7人の騎士たちも息を顰めて、ただ黙っているしかなかった。



そんな時、正面の黒騎士から兜に反響した声が聞こえた。


「お久しぶりですね……兄上」


聞いたことのある女性の声だ。

黒騎士は黒の大剣から手を離し、ゆっくりと兜を触れると、それを取った。


するとさらけ出されたのは美しい銀色の長髪、ところどころが赤く染まった白い肌、赤黒い血管のようなものが目元から頬、首筋に至るまで蜘蛛の巣のように張った若い女性。


「メリル……行方不明になっていたのが、まさか死神側にいたとは」


「"あの方"は死神などではありません。どんな者よりも人間らしい方です」


「なんだと?」


ゲインは眉を顰める。

"あの方"などとへりくだった言い回しをメリルがするというのはあり得ない。

だがメリルは頬を赤らめ、うっとりとした表情でさらに続けた。


「"あの方"は……私はこのままでいい、とても美しいとおっしゃって下さった。"赤"と"白"の組み合わせによって生まれる美は最高であると」


「……」


「"あの方"は私に最高の快楽と優越感を与えて下さいました。だから望んでこの鎧を着させて頂いたのです」


「たったそれだけで丸め込まれたのか?」


「兄上は私の事を何もわかっておりませんね」


「なんだと?」


「生きる上で自分の弱点を否定され続けることの苦しさや辛さは筆舌には尽くし難い。そんな中で、それを受け止めてくれる存在がいるだけで幸せなのです。兄上は常に"完璧"ですので私の気持ちなどわかるわけがない。いや、私だけではないでしょう。苦しむ人間の気持ちは理解などできない」


「自分勝手でワガママなお前が他人を引け合いに出すとは……」


「"あの方"の寵愛ちょうあいによって私は変わりました。これからは弱き者の立場になって、一緒に世界を平和に導きたいと思っております」


「世界平和の第一歩がこれということか?」


そう言ってゲインはわざとらしく周りを見渡した。

町は崩壊し、多くの人間が死に、さらには死んだ人間が魔物と化すという最悪な状況だ。


しかしメリルは表情を一切変える事なく、手に持った真っ黒な兜を再び被った。


「"あの方"の命令ですので。少し時期は早まりましたが、この崩壊から新たな世界が生まれる」


「なら全力で止めるまでだ」


「やれるものならどうぞ。私はもう兄上など怖くはない。このワインレッドの鎧は私をとても興奮させてくれる……恐怖などという、くだらない感情を忘れさせてくれるほどに」


メリルは地面に突き刺さった大剣のグリップを握る。

すると一斉に魔騎士は数少ない部隊の騎士達に襲いかかった。


"無慈悲な虐殺が始まる"


そんな言葉が出るほどの酷い状況。

町の中に騎士達の悲鳴が響き渡る。


魔騎士の攻めはゲインにまで及ぼうとしていた

だが、すぐさまゲインは腰に差した中型の杖に少し触れると"分厚い氷の壁"が円を描くようにしてそびえ立つ。

高さは20メートルほどか。

部隊と自分を分断してメリルと一対一の状況を作り出した。


「ほら、またそうやって切り捨てる。兄上はいつもそう。足手纏いなどいらない。自分が不利になれば部下でも仲間でも、家族ですらも見捨ててしまう」


「……」


「ふふふ。あの気丈な兄上が言い返さないなんて……言葉にできぬほど今の状況がお気に召したようですね」


「メリル、お前は私の事を何もわかっていないようだ」


「何を言っているの?」


「私がいつ"部下を見捨てる"と言った」


ゲインは鋭い眼光をメリルに放つ。

常人であれば動けなくなりそうなほどの殺気に満ちた瞳だ。


「そろそろだな……」


時間差があって、一気に氷の壁が崩れて周りの視界がひらけた。

なぜか無数にいた魔騎士は全て討伐されており、生き残った騎士たち全員が無事のようだった。


この光景には、さすがのメリルも声を上げる。


「どうなっているの?……多勢に無勢、勝ち目は皆無のはず」


瞬間、建物が隣接する間から"何か"が放たれ、縦に放物線を描いてメリルへと向かう。

音もなく飛ぶのは赤く燃え盛る小さな火球のようだ。


火球が凄まじいスピードでメリルに着弾すると、大きく爆発を起こして黒煙を上げる。

さらにゲインの後ろから二つの影が飛び出してメリルの方へと走った。


二つの影は一列に並んだ。


先を走るのはベリーショートに近い黒髪、短い太もも丈の東方の着物を羽織い、黒いブーツを履いた若い女性。

手には短刀が逆手で握られている。


着物の女性は黒煙へと入った。

短刀での連撃によって剣線が光を成す。

同時に凄まじい爆風が起こり、メリルを包んでいた黒煙を吹き飛ばした。


メリルはあまりの衝撃に大剣を離して仰反る。


さらに攻撃は続く。

着物女性は軽く前後に開脚して上体を倒すと、後方にいたもう一つの影に道を作った。


次いで走ってきた、こちらも若い女性。

長い金髪の巻き髪、赤い鎧に下は白のスカート、黒いブーツを履く。

巻き髪の女性が左腰に添えるように持っていたのは、これまた東方の武器である"カタナ"だった。


巻き髪の女性は着物の女性をジャンプで乗り越えて、そのまま空中でメリルへ向けて抜刀。

仰け反ったメリルの兜と鎧の間、ほんの少しだけ見えた"赤白い首筋"を狙った攻撃だった。


針穴に糸を通すような完璧で精密な剣線ではあったが、メリルはすぐに右腕を上げて身につけたガンドレッドで攻撃を防いだ。


「あら、やりますわね」


刀を鞘に戻しながら着地した巻き髪の女性が呟くように言った。


よろけて数メートル下がるメリルは叫ぶように言い放つ。


「何だ貴様らは!!汚らわしい冒険者が……"あの方"から頂いた大事な鎧にキズをつけるとは……!!」


答えたのは巻き髪の女性だ。

彼女は不適な笑みを浮かべて言った。


わたくしはS級パーティ、ライト・フューリーの"斬光"……カトリーヌ・デュランディア。以後お見知り置きを」


「S級冒険者が……なぜ王都に?」


「何週間か前に姫様から勅令を頂きまして。私の"大事な人"の命が懸っているとのことだったので参上した次第ですわ」


「なんのことを言っているからわからないけど、これからの計画にはS級冒険者も邪魔な存在でしょう……ここで倒せば"あの方"もお喜びになるはず」


「あら、()()()()()私達わたくしたちを倒せますかしら?」


「なんだと……貴様、誰にものを言ってるかわかっているの!?」


メリルの声には怒気が含まれている。

カトリーヌの挑発によって、さらに怒りという感情を爆発させた。


「ええ、ただのみにくい騎士の魔物ですわ。その酷く腐ったような臭いの鎧と一緒に、我が刀剣"獅子狩ししがり"のサビにして差し上げましょう」


そう言って笑みを溢しつつ、白い鞘に納められた刀を腰に添えて持ち手をゆっくりと握る。


しかし瞳は全く笑ってはいない。

目の前にいる魔の存在の首を確実にねて殺す……そんな凄まじい殺気を放っていた。

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