蒼色の真実(2)
ローラとヴァンは王城内へと入った。
なぜか案内役が第二騎士団長であるゲイン・ヴォルヴエッジ。
通されたのは一階の角にある応接室だった。
王城とあって室内はとても広い。
床には赤い絨毯、壁は白を基調とし、あらゆる角には金の装飾品が施してある。
壁伝いにソファや家具がいくつも置かれ、人物が描かれた絵画も等間隔に多く掛けられていた。
中央にあるテーブルは片側だけでも十数人は座れるほどの長さで対面すれば倍の人間が着ける。
ローラは長テーブルの真ん中に座るように促され、対面する形でゲインが向かい側に座った。
ヴァンは席には着かず、ローラの後ろに立っているのはゲインを警戒してのことだろう。
この状況に緊張を覚えぬ者などいない。
まさか大貴族の第一の位にいるヴォルヴエッジ家の長兄が目の前に座っているのだから。
自然にローラの体は硬直した。
そんなローラの緊張に構うことなくゲインは口を開く。
「第一騎士団長からは君の質問には全て答えていいと言われた。聞きたいことがあれば何でも話そう」
「なぜ……そんな」
「私はただスペルシオ家の次女は必ずここまで来ると聞いていただけだ。その時には丁重に対応するべしと」
このゲインの対応には違和感しかなかった。
城の門前でもそうだったが、2人がこの場所を訪れることが最初からわかっていたかのようだ。
しかし、それ以上にローラは聞かなければならないことがあった。
"それ"を聞いて自分が傷つくことがあろうとも、真実を受け入れる覚悟を持ってここに来たのだ。
「では単刀直入に聞きます。私の姉……ゼニア・スペルシオはなぜ殺されたのでしょうか?本当にあなたの妹であるメリルの嫉妬や怒りで殺されたのですか?」
「やはりそれか」
「"ある人"が言ってました。私の姉の死は仕組まれたものだと」
「……確かにそうだな」
「まさか!!あなたが!?」
ローラは椅子から立ち上がって机を力強く叩く。
抑えきれぬ感情が爆発してしまった。
相手が自分よりも位の高い貴族ということも忘れて。
「私ではない。第一騎士団長からの指示だった」
「え……なんで第一騎士団長が副団長を?」
「少し話は逸れるが、君はワイルド・ナインだね?」
「なぜそれを?」
「イース・ガルダンの闘技大会の話は聞いた。あれだけ派手にやれば噂なんて一瞬で広まるさ。"龍涙のローラ"とはまた大層な通り名だ」
「それが姉の死と何の関係があるのですか!!」
「第一騎士団長もワイルド・ナインだ」
ローラは言葉を失った。
確かにゼニアにワイルド・ナインの話をしていたのはアデルバートだ。
低波動が最もこの世界で強い存在であるという情報だが、ゼニアはそれをあまり信じてはいない様子だった。
……が、まさか第一騎士団長がワイルド・ナインだとは思わなかった。
つまりアデルバート騎士団長も、何らかの特殊なスキルを持っているということになる。
「第一騎士団長の能力って……」
「触れた人間の記憶を改変する能力だ」
「記憶を改変するって……なんなのよ……それ……」
ゲインは人差し指を一本だけ立てて、さらに続けた。
「たった一度だけ、一人の人間の記憶を変えることができるんだ。記憶を変えられた人間は、変えられる前の記憶を思い出すことはできない。スキルネームは記憶虚偽改変というらしい」
「まさかゼニアお姉様にも?」
「"ディセプション"したようだ」
「なんでそんなことを?」
「彼女は第一騎士団長と対立してたのさ。"ある事柄"でね」
「"ある事柄"って……?」
ローラは眉を顰める。
姉のゼニアは第一騎士団副団長でアデルバートの信頼も厚いと聞いていた。
そんなゼニアがアデルバートと対立しているとは考えられなかった。
気持ちの落ち着いたローラは席に着く。
疑問はあったがゲインはさらに続けた。
「君は"波動連続展開"を知っているか?」
「知ってるも何も、あたしのパーティメンバーが使ってたけど……」
「ほう、それは優秀な人材だな」
「ええ。彼女は天才だと思います。波動をいろんな形に変えて使ってましたから」
「天才……か。危険だな」
「何がです?」
「"波動連続展開"は極めすぎると精神を壊すんだ」
この話にはローラの後ろに立って聞いていたヴァンも眉を顰めた。
「俺も"波動連続展開"は何度も使ってるが、ここの通りピンピンしてるぜ」
「君は?」
「俺は……ローラ嬢の護衛だ」
「護衛ねぇ。まぁいい。それは君が力に対して無頓着だからじゃないかな?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。君は地位や権力、ましてや戦闘において強さを追い求めることに、さほど興味がない。違うか?」
「確かに……俺はただ世界を見たいだけだったが……」
「そんな人間は、まず間違いなく"絶の領域"には到達できないのだよ」
「なんだそれは?聞いたことないぞ」
「それはそうだ。これは私と第一騎士団長しか知らない情報だからね。他に知ってる人間がいても世界に数人しかいないだろう」
「その"絶の領域"ってやつは精神にどんな影響を及ぼすんだよ」
「理性を壊して自分の目的を最優先にしてしまうといったところかな。人は"こうしたい"と思っても、その前に善悪の判断をし、それを行動に反映させるわけだが、それができなくなる」
「なるほど。それがゼニア・スペルシオの死と関係があるのか?」
「ああ。彼女は"波動連続展開"と"絶の領域"を公にすべきと考えていた。それが何を意味するのかもわかっていてね」
この話を聞けば"波動連続展開"と"絶の領域"と呼ばれるものがいかに危険なものであるかはわかる。
しかし、なぜそんなものをゼニアが公にすべきと考えていたのかが謎だ。
「なぜ?って顔をしているね。ゼニア・スペルシオは世界を"真っ平ら"にしたかったようだ」
「"真っ平ら"?」
「そう。この世界は高波動である貴族が利権を持っていると言っても過言ではない。それを無くそうと考えていたようだ。みなが平等である世界を望んでいたんだ。貴族や平民などの階級社会を壊そうとしていた」
「なんで……そんなことを考えていたの?」
「なぜかはわからないが、私の予想では君たち姉妹が関係しているのだろう思っていたよ。妹が"病弱"と"低波動"となればスペルシオ家に向けられる目は変わるからね」
「あたしたち姉妹のせいだと!?」
「そうだと考えるのが一番しっくりくる。"波動連続展開"は波動量を無視するし、"絶の領域"となれば高位の貴族と並ぶ……いやそれ以上の力を持つことになるだろう。貴族と平民の差が無くなれば病弱や低波動なんて誰も気にしなくなるからね」
「でも、それをやめさせたいなら第一騎士団長のワイルド・スキルである"記憶改変"でなんとかなるでしょ!!」
「それが、なんとかならなかったんだよ」
「え……?」
「彼女には一度、"ディセプション"した。だが彼女は貴族内でも内容を伏せている"波動連続展開"という技術に再び辿り着いてしまったんだ。ゼニア・スペルシオの行動はリピートされた」
「だから……殺したの?」
「やむおえずだ」
ローラは放心状態だった。
先ほどのゲインの話によればディセプション・メモリーという能力を1人の人間に使用できる回数は一回のみ。
つまり一度、ディセプションしているゼニアには再度の記憶改変はできない。
「それでも、殺すなんて……」
「それほど"絶の領域"は危険なのさ。君は"パズ"という殺人鬼を知ってるか?」
「パズ?」
「"殺風のパズ"とかいう盗賊だ。子供を何十人も殺した男で、そのやり方が残虐だった。やつは波動数値が30万ほどあると言われていたが、その正体は"波動連続展開"と"絶の領域"でね。あまりの強さに南部の騎士たちは手こずって捕まえられなかった。だから私の騎士団が赴き、捕らえて処刑した。それが波動を極めた者たちが最後に辿り着く場所なんだよ」
ローラは何も言い返せなかった。
もし姉の死がアデルバートとゲインの策略によるものだったとしても、その根本には自分たち姉妹の存在がある。
"病弱や低波動が差別されない世界"
そんな世界を目指したかったゼニアだが、辿り着いたとしても危険なものであった。
「でも、なぜメリルを利用したのです!?あなたの妹でしょう!!」
「君がトドメを刺しているからわかると思うがメリルは正常ではなかった。アレが我らヴォルヴエッジ家を滅ぼしかねないと考えていたくらいだ。さらにゼニアの件を見ているからね、人の本質は"ディセプション"しても変わらないと思った」
「そこまで……」
「だから名も無き画家に恋心を抱かせ、タイミングを見計らって絵画コンクールを開いた。最後の題材を美人画したのも第一騎士団長だ」
「まさかメリルの恋心って記憶を改変したものだったの……?」
「そうだ。少々、私の考えた筋書きとは違ったが、メリルがゼニアを殺すという流れは変わらなかった。その後、メリルはこちらで処刑するつもりだったが行方不明になってしまった」
「ヴォルヴエッジ家から処刑者が出たとなった方が問題だと思いますが……」
ローラは怒気を含んで言った。
この場でゲインを殴り倒してやりたい……そんな感情を必死で抑えている。
「メリルが生きている方が不利益なんだよ。今どこで何をしているかわからないが、もし見つけたら私自ら手を下す」
「それが……お姉様が死んだことの真実だと言うのですね……」
「そうだ」
なぜゼニアではなく"この男"が生きているのだろうと思った。
ゲイン・ヴォルヴエッジは不利益なものを排除するため、またゼニアという目障りな存在を消すために策謀した。
結果的には2つの脅威を無くしたことになる。
逆にゼニアは妹2人を生かすため、必死に動いてきたのにも関わらず死ぬ運命を辿る事になった。
「あたしは……あなたを許しません……」
「憎んでもらって結構。その覚悟はできている」
ローラの髪の色が青く発光する。
さらに青く光る眼光は殺気に満ち溢れてゲインに向けられた。
その時、勢いよく応接室のドアが開けられた。
入ってきたのは鎧に身を包んだ騎士だった。
「ゲイン団長!!」
「何事だ?」
「"あの方"がご到着されました!!」
「"彼ら''も一緒か?」
「はい!!」
「そうか……他の団長と部隊を町の各所に配置しているな?」
「はい!配置完了しております!」
「なら私も出るとしよう。君達は正門から出るといい」
ローラとヴァンは眉を顰めた。
一体、何が来たと言うのだろか?
ヴァンが口を開く。
「"あの方"って誰のことを言っている?」
「我らが主。それと連れてきたのは"死神"だ」
その言葉を聞いたヴァンは目を見開き驚いた。
しかし先に動いたのはローラだった。
全力で応接室を出ると正門へと走って向かう。
彼女にはもうわかっていたのだ。
"死神"という単語が何を意味するのかを。




