血色の収穫祭(2)
クロード・アシュベンテは幅広い山道の真ん中に立って腕を組んでいた。
天候は曇り。
この地方に足を踏み入れてから雨にあたることが多かったが、今日は奇跡的に晴れていた。
しかし、ここに来て問題が起こった。
道に大きな岩が立ち塞がって、これ以上、前に進めなかったのだ。
「これは参ったねぇ」
「確かに。さらに厄介なことにゾルアたちと分断されてしまいましたね」
そう受け応えたのはクロードの背後にいた青年。
短い紫色の髪をオールバックにして丸眼鏡を掛けているローブ姿の男だった。
「ゼクス"先生"に名案はないのかな?」
「波動で破壊してもいいですが、これが土砂崩れによるものとなれば衝撃による二次被害の可能性がある。ここは一旦戻って迂回したほうがいいでしょう」
「うむ。同意見だ」
そう言って振り向く2人は道の端にしゃがみ込んでいた1人の青年と、それを興味津々で見つめる大荷物を背負った黒髪の少年がいた。
青年は長い銀髪を後ろで結った、青い鎧と白マントを羽織る。
さらに背中、両腰と数本のレイピアを身につけていた。
「ミルは何をやってるだ?」
「さぁ?」
クロードとゼクスは首を傾げながら、"ミル"と呼ばれた青年に近寄る。
徐に立ち上がったミルの手には綺麗な白い花が握られていた。
「どうだいこの花!綺麗だと思わないかい?」
ミルの発言に2人はため息をつく。
一方、黒髪の少年は無表情に見つめているだけだ。
「うーむ。初めて見る花だねぇ」
「……花を愛でるのもいいが、もう少し緊張感を持ってもらいたいところだけど」
「緊張感なんて恋愛の駆け引きだけで十分さ」
クロードとゼクスは呆れた表情を浮かべた。
ミル・ナルヴァスロはかなりズレた感覚の持ち主で興味があるのは恋愛と戦闘のみ。
だが戦闘も二の次であり、それは女性にモテるためにあるものだった。
その他にも"興味"と呼べるものは全て女性関係のためにあるようもの。
"花を綺麗だ"と言うのも、なにかしら女性に繋がるからだった。
ミルは満足そうに摘み取った一輪の花を形が崩れないように軽く波動で凍らせてから腰にあるポーチに入れる。
「さて、これからどうしましょうか?」
「曇っていて日は見えないけど、恐らくそろそろ夕刻だ。迂回するにしても夜になると危険だから、山を降りて近くにあった村で一泊するべきだろう」
「ミルもそれでいいですか?」
「異議はないよ」
3人の話し合いは短かった。
先を進むゾルアたちは気になるが、急いだとしても危険なだけである。
ゾルアたちも仲間が遅れていることを察して、同じ事を考えるだろう。
クロードたちは山へ入る前に通り過ぎた小さな村へと引き返すことにした。
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村に到着したのは夕刻頃だった。
すっかり雲は晴れて空が見えていたが全体が暗いオレンジ色になっている。
村は農業が盛んなようで、家屋が建ち並ぶ場所よりも畑のほうが面積が広い。
村と畑と大きな円が二つできるような形で木造の柵が設けられていた。
クロードたちが村に入ると住民たちが忙しなく動いていた。
住民は入ってきた余所者を横目で睨みつけるように見て立ち止まりもしない。
「収穫祭ですかね」
「そのようだな」
クロードとゼクスは周囲を見渡していると、白髪の老人が気づいて近づいてきた。
「旅の人かな?」
「ええ。山を抜けようとしたのですが、土砂崩れなのか大きな岩があって進めなかったんです。よければここに一泊させてもらいたいのですが」
「ああ。ここ最近、雨が続いたからね。いいですよ。泊まっていったらいい」
「ありがとうございます」
「ちょうど今日、収穫祭なんですよ。是非あなた方も参加していってください」
老人が笑顔で語っていると、その背後を通り過ぎようとした茶髪の青年が満面の笑みで口を開いた。
「いやぁ災難でしたね!ゆっくりしていって下さい」
「この子は"マイルズ"です。息子なんです」
「よろしく。格好を見るからに冒険者なのかな?」
「ええ」
「外から来る方なら誰でも歓迎ですよ!」
「助かります」
マイルズは軽く会釈すると作業に戻っていった。
さらに老人は思い出したかのように口を開く。
「ああ、そうだ。娘も紹介しておきますよ。今日の寝床に案内させます」
そう言ってキョロキョロと周りを見渡す。
そして1人の作業中の女性を見つけると声をかけた。
「おい!ダリア!こっちへ来なさい!」
老人が呼んだ女性は20代半ばほどの村娘にしては綺麗な女性だった。
ウェーブのかかった金色の髪を後ろで結った女性だ。
「こちら冒険者さんたちを寝床に案内してあげなさい」
「はい」
暗く無表情に答えるダリアは"こちらへ"と言って村の端にある小屋にクロードたちを案内した。
「小さいですが、本日はこちらで休んで下さい」
「感謝します」
ダリアはクロードの言葉を聞くと会釈してから村の中へと戻っていった。
少し間があった後、口を開いたのはずっと静かだったミルだった。
「幸薄系女子か……魅力的だね。行ってこようかな」
「ミル、お前まさか」
「道を塞がれて不運と感じたが、新たな出会いがあったとなれば幸運だろ」
「せっかく泊めてもらえるんだ。村に迷惑を掛けられない」
「何を言ってる。あんなに美しい女性なのに声を掛けないほうが失礼だろう。こんな辺境の村にいるから大人しいんのだろうけど、愛を知れば変わるさ」
「僕は"色恋沙汰"の話をしているわけではないが」
「とにかく行ってくる。この先の情報も得られるかもしれないしね」
そう言って笑みを浮かべるミルはクロードの忠告を一切聞かずに、その場を後にした。
もちろん向かった先はダリアが去った方向だった。
「まったく……どうせ情報なぞ聞き出すつもりはないだろ」
「仕方ありませんね。少し休んだら私たちは収穫祭を見学しましょうか」
「そうだね」
クロードたちは、しばらく小屋で休憩した後、村の中央へと足を運ぶ。
その頃には日は落ちており、ちょうど収穫祭が始まりそうな時間になっていた。
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数少ない村人たちが取り囲んでいたのは木材を井の字に組み上げたものだ。
そこに1人の村人が近づくと、しゃがんで組み上げられた木材に手を近づける。
すると一気に炎が上がり、瞬く間に木材は燃え盛った。
そして数刻して。
クロードたちがバチバチと音を立てる炎を見ている時だった。
「ぎゃあああああああああ!!」
悲鳴の発せられた場所は、なんと燃え盛る木材の中だった。
黒い影が木材の中で暴れて倒れる。
あまりにも突然の出来事にクロードとゼクスは言葉を失っていた。
ようやく声を上げたのは周囲で見ていた村人たちだった。
「ど、どういことだこれは!!」
「なんということだ……」
「まさか……こんなことが……」
炎に包まれた影は身を捩らせて痛みに耐えているようだったが、すぐに動きが止まる。
誰もその場から動けずにいると、畑がある方向から騒ぎを聞きつけてミルとダリアが走ってきた。
「どうした!?」
状況が飲み込めないミルは地面に倒れる黒焦げの死体を見て眉を顰める。
"なんだこれは"と言い掛けた時、ミルの後ろにいたダリアが声を上げた。
「この人です!!」
「え?」
ダリアが指を差したのはミルだった。
「この人、私に"カイムイソウ"を見せてきたんです!!」
「なんだと!?」
「こいつがやったのか!!」
「捕まえろ!!」
村人たちの鋭い視線と殺気にミルは腰に差した剣のグリップを握る。
それを見たクロードがすぐに声を上げた。
「やめろミル!ここは大人しくするんだ!」
「クソ……」
村人は一斉にミルへ向かうと剣を取り上げて縛り上げた。
クロードとゼクスは、ミルが村奥の牢屋へと連れて行かれるのを見ていることしかできなかった。




