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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
ディセプション・メモリー編
203/250

断片(2)


早朝、クロード・アシュベンテはベッドから上半身を起こすと眠気まなこを擦りながら窓の外を見る。


快晴。


とても気分がいい朝だった。

しかし、どうも騒がしい気がした。

どうやら宿の外で誰かが怒りを露わにしているようだ。


うっすら、その声を聞く。

男女2人の会話だった。

怒鳴り声をあげているのは男性の方だ。


「ふざけんじゃねぇぞ!!毎日毎日!!」


「おぬしがそう怒ったところで、奴の寝坊癖は治らんよ」


「知るか!!今日こそ灰にしてやる!!」


「おぬしこそ毎日毎日、飽きもせずに同じセリフを言えるな。いい加減、慣れろ」


「慣れるわけねぇだろ、クソが!!」


クロードは頭を掻いた。

またやってしまったようだ。

いつも早く起きようと努力はするが、やはり宿のベッドの寝心地は野宿とは違う。

さらに個人部屋とくれば二度寝三度寝をしないほうが、睡眠を手助けしてくれる"ベッド様"に失礼というものだ。


「本当に毎日毎日よく同じセリフを言えるもんだなゾルアよ」


そう呟いてクロードはベッドから降りて準備し始める。

全身を写せる鏡の前に立つと金色の鎧を身に纏い、さらに金色の長髪を後ろで結った。


ゾルアの"子守り"とも言うべき存在のフィオナには悪いことをしているなとは思っているが仕方あるまい。


クロードは最後に自分の背丈ほどある大剣を背負うと宿を出た。


________________



宿を出ると明るい日差しが眩しかった。

村も国の中央より少し南とあってか暖かい。


外で待っていたのはクロードの予想通り"ゾルア"と"フィオナ"だった。

ゾルアはアップバングの赤髪で黒いコートを羽織った目つきの悪い青年。

フィオナは黒いノースリーブのワンピースと大きな三角帽子被り、さらに大きな杖を持つ女性だが、見た目は少女に近い。


腕組みしたゾルアの睨みは殺意すら感じさせた。

一方、フィオナは呆れた様子でクロードを出迎えた。


構わずクロードは満面の笑みで口を開く。


「いやぁー、ごめんごめん。ここの宿のベッドの寝心地がよくてね。ついつい寝過ごしちゃったよ」


「殺すぞ、てめぇ」


「酷いねぇ。逆になんでそんなにすんなり起きれるのか秘訣を聞きたいね」


ゾルア・ガウスは寝坊したことがない。

月が出ると眠り、日が昇ると同時にまぶたを開けるのだ。

仲間では最も規則正しい寝起きをする男で、悪く言えば獣のような男だった。


「そんなもんあるわけねぇだろ。"朝が来たら起きる"。ただそれだけだ」


「うーむ……わからんね」


「殺すぞ、てめぇ」


「そこまでにしておけ」


フィオナが2人のやり取りを止めた。

やはり、その表情は呆れていた。

それもそのはずで、この会話はほぼ毎日と言っていいほど繰り返している。

聞いている方が頭がおかしくなるというものだ。


「村の外に3人を待たせてる。さっさと向かわんと、またミルあたりから反発をうけるぞ」


「それは困る。ミルの話はゾルアと違ってネチっこくて長いからね」


それを聞いたゾルアは再びクロードに鋭い眼光を向ける。

しかしフィオナはすぐさま察して持っていた杖でゾルアを止めた。


「だから、やめろと言っておるだろ。これ以上続けるならワシが相手になるぞ」


「ほう。面白い」


睨み合うゾルアとフィオナ。

この2人の実力は現在、ほぼ同等と言っていい。

ゾルアはまだ一つしか波動の能力を持っておらず、その分、攻守のバランスが取れている波動を使うフィオナのほうが有利だった。


「まぁまぁ、喧嘩はそこまでにしよう」


クロードが微笑みながらそう言うと、すぐさま2人は言った。


「てめぇのせいだろ!!」


「お主のせいじゃろ!!」


ここまでが早朝の一連のやり取り。

仲がいいと言えば聞こえはいいが、一歩間違えば大惨事になること間違いなしである。


なにせ仲間の全員がワイルド・ナイトという特殊なパーティであり、全員が災害級の力を持っている波動の使い手たちだったからだ。


_________________



鼻歌混じりのクロードを先頭に村を歩く。

魔物の存在によって貧困の格差が広がる中、この村は珍しく比較的に平和であった。


クロードたちがこの村を訪れたのは、近くに見たこともないような魔物が出たという噂を聞いたからだったが、いまだに見かけない。


村は両サイドに木造の民家が立ち並んでいる。

3人は行き交う村人たちを横目に真っ直ぐと村の出口へ向かって歩いていた。


すると出口付近、冒険者の風貌をした大男が倒れた黒髪の少年の前に立っていた。

大男は見下ろすように少年に鋭い眼光を向けていた。


「なんだろうね、あれは」


「この村のいざこざだろう。ほっとけ」


ゾルアはため息混じりに言うが、クロードは違った。

すぐにスタスタと小走りで少年に近づいて膝をつく。


「大丈夫かい?」


「は、はい」


それを見た大男が眉を顰めて口を開いた。


「なんだ貴様は。部外者は首を突っ込むな」 


「この少年は何をした?」


「俺のところで働いていたんだが、突然、逃げ出してね。ちゃんとしつけねぇとな。それとも貴様を先に躾けたほうがいいか」


クロードは立ち上がると大男に向かい合った。

背後にいるゾルアとフィオナは呆れた様子で見ている。

それは"またか"というような顔だった。


「なるほど。それよりも自分自身を躾たらどうだ?"冒険者のウォスターくん"」


「な、なんだと……なぜ俺の名を……」


「それにしても随分と悪さをしているな。盗み、殺人、奴隷売買か。儲かった金は全て酒と女遊びに使ってさぞ満足だろう。だが王都の警備団が知ったら大事おおごとになるね」


淡々と語るクロードだが、その発言を聞いた大男の額からは汗が滴る。

これらは誰も知るはずのない情報だ。

なにより大男は目の前の金髪の男とは初めて会った。

なぜ会ったこともない人間の過去がわかるのか?


「お、お前!!デタラメ言って俺をおとしいれようとしているな!!」


「いやいや、事実だろ。ああ、君の今日の夜のお相手の"レイナさん"はなかなか綺麗な女性のようだね。でも彼女はお酒が飲めないから無理に勧めないほうがいい。それで仲がこじれる可能性があるから気を遣ってあげないと」


「な、なんなんだお前、気味が悪い……」


「たまにそう言われるが、こう見えて僕は繊細でね。なかなかに傷つくんだ。もう少し言葉を選んでくれると助かるね」


大男は無言で青ざめた表情を浮かべながら、その場を去っていった。


クロードは再び倒れた黒髪の少年に向き直してしゃがみ込んで口を開いた。


「災難だったな。少年くん」


「いえ、大丈夫です。お兄さんは冒険者ですか?」


「そうだよ」


「魔王を倒しに行くの?」


「ああ。そのつもりさ」


「いいなぁ。オイラも冒険者になりたい」


「ほう。それはなぜだい?」


「故郷が南の方だからさ。奴隷としてここまで連れてこられたから帰りたいんだ」


「なるほど」


それを聞いたクロードは腰につけた小袋の中をゴソゴソとあさると小さな白い石を取り出した。


「これは南で採掘されるものだ。見たことあるだろ?君が故郷に帰れることを願ってプレゼントするよ」


「わぁ、懐かしい!ありがとう!」


少年はクロードから白い石を受け取ると立ち上がり笑顔を浮かべながら、その場から走り去った。

その光景をずっとクロードは見ていた。


後方からゾルアとフィオナが近づくとため息混じりに口を開く。


「お前、また災難に巻き込まれるところだったじゃねぇかよ」


「頼むから無意味なことに首を突っ込むな。ワシらの目的は強力な高位魔物を倒すことで、村の掃除ではない」


2人は苦言するが、クロードは無言で少年が立ち去った方向を見つめるだけだ。


「どうしたんだよ。今さら傷ついてるのか?」


「彼を連れて行く」


「はぁ?」


あまりにも突然な言葉にゾルアとフィオナは呆れた様子で顔を見合わせる。


「ほんとに頭がどうにかしちまったのか?まだ子供なんだぞ」


「……あれは子供じゃない」


「なに?」


クロードはいつにも増して真剣な表情で言った。


「ゾルア、子供はね、"懐かしい"なんて言わないんだよ。そう思えるほど心が成熟しないからね」


「どういうことだ?」


「詳しいことはまだ僕にもわからない。しかし、これだけなら"子供の背伸び"で済まされるが、それ以上に気になることがあるんだ」


「なんだよ」


「彼の過去と未来が見えない」


ゾルアとフィオナは再び顔を見合わせた。

しかし今度は真剣な表情だ。

以前にもクロードがそう言った存在が他にもいたことを思い出してのこと。


過去と未来が見えない存在……それは、この世界の悪の根源というべきもの。


つまり"魔物"だった。

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