新調
メイアは形式的に騎士団に捕縛された。
容疑は殺人だった。
もしデュランが無実だとするなら大事になる。
さらにクロードが捕縛した偽のサンドラ・ガンドッドもコーブライドの騎士団本部の地下牢に入れられた。
片腕を切断されたメイドのパメラもしかり。
その日の夕方、ガイとクロードは騎士のジェニスと共に彼女の部屋までやってきた。
相変わらずソファには脱ぎ捨てられた服、その前にある長テーブルの上には酒の瓶が大量にあった。
部屋の奥にある書斎机も同様に処理されていない書類が山積みにされている。
それらを全く気にする気配を見せないジェニスは部屋に入ってすぐに書斎机まで向かって椅子に座った。
その前に立つガイとクロード。
2人に向き合ったジェニスは口を開く。
「どうぞ、遠慮なく座ってくれ」
「いや結構だ。それよりメイアはいつ解放される?」
受け答えたのはクロードだった。
珍しく感情のこもった声質に聞こえる。
明らかに怒気を含んでいた。
「もう出してもいい。メイドのパメラが全部話したからね。時計塔から落とした時に死亡した人間の遺体を地下の魔物に食わせていたと。魔物は衣服まで食わずに吐き出していたようで橋下に大量に引き上げられていた。恐らく"時計塔の老人"の仕業だろう」
「橋下の件はもうわかってる。パメラが自白したなら、さっさとやってくれ。僕たちは町を出る」
「その前に聞きたいんだが、どういう計画だったんだ?冒険者のデュラン・リンバーグは死亡。偽サンドラは意識さえあるものの会話にならないほどの精神崩壊状態。メイドのパメラは片腕を落として重症だ」
そういうジェニスも負けてはいなかった。
鋭い眼光でクロードを睨むようして見る。
「僕がガンドッド家に行って偽のサンドラと話をする。メイアはデュランと。彼らが犯人だとすれば必ず戦闘になると思った」
「なぜ私に犯人の名を言わなかった?」
「確証を掴んでからでなければなるまい。でないと貴族様の手を煩わせることになる」
"どの口が"とジェニスは思ったが、口には出さなかった。
どちらにせよ、現在この町の警護を任されている騎士団の長たるジェニスが始末書を書く羽目になるわけだ。
「それで、なんで二人はあんな状態に?」
「僕と偽サンドラは戦闘にならなかった。少し脅したらああなったんだ。恐らくかなり前から精神を病んでいたのだろう」
「デュランは?隣の少年から言われて捕縛に向かったが、まさか殺してしまうとは」
「本当はガイと君が駆けつけるまでメイアに時間稼ぎをしてもらう予定だった。状況を見るにデュランは強く抵抗したのとパメラが出てきたことによって致し方なくといったところだろう。正当防衛さ」
クロードが言っていることは整合性が取れる。
メイアがデュランを言葉で追い詰めたことによって戦闘に発展してしまう。
それを証拠として騎士を出動させて捕縛するという計画だったことはジェニスでもわかることだ。
ジェニスは深くため息を吐き、少し間をおいてから口を開いた。
「彼女を出そう。さっさとこの町から出て行ってもらえると嬉しいね」
「言われずともそうする」
2人はジェニスの部屋を出た。
廊下を歩くガイとクロードとすれ違う騎士たちは冷ややかな視線を向けていく。
ガイはわざとそっぽを向くが、耐えられず、周りに聞こえるように言った。
「なんだよ、手伝ってやったのに」
「そう言うな。僕らは彼女たちの仕事の手間を増やしてしまったからね。……もしかしたら、この事件は調べない方がよかったのかもしれない」
「どうしてだ?」
「今回の一件で秩序造物主という存在は消えたわけだ。となれば、この町が向かう運命は決してよくはないだろう」
元々、この町は犯罪が横行していた。
しかし現在は秩序造物主のおかげで一切起こらなくなっていた。
自分たちの重犯罪を隠すためとはいえ、偽サンドラとデュラン、パメラの働きはコーブライドという町に平和をもたらしていたことは間違いない。
ガイはため息混じりに言った。
「悪さをする人間って、なんでいなくならないんだろうな。しかも悪さをする人間を止めるのも悪党だなんて変だろ」
「それはね、この世界は"善のエネルギー"よりも"悪のエネルギー"のほうが強いからだよ」
「なんだよそれ、どういう意味だ?」
「ガイにもいつかわかるさ」
2人の会話はこれで終わった。
騎士団本部の入り口前まで来た2人は後から出てきたメイアと合流した。
地下水路で見たメイアとは雰囲気が違い、申し訳なさそうにペコペコとクロードに頭を下げる様はいつもの妹の姿でガイは安心した。
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ナイト・ガイのメンバーが向かった先は時計塔広場の武具屋だった。
クロードは秩序造物主の捜索自体が全く金銭に結びつかないことを見越して武具屋の依頼を受けていたのだ。
武具屋に入るとニコニコと笑みを浮かべたガタイのいい店主が出てきた。
約束では深夜に武具屋に出るという幽霊をなんとかすることで、ガイとメイアの装備を無料で新調させてもらえる。
ガイの装備は安めの布の服に革の胸当て、これまた安いジーンズと安いブーツというもの。
メイアの装備は安い白ローブと大きめの杖。
ローブは下から着るタイプで上半身と下半身の分かれ目は無いものだ。
これらは最初の町で買ったもので、一番高い物がメイアの木の杖で200ゼクだった。
ガイとメイアはずっとこの安い装備のまま北部まで辿り着いていたのだ。
2人は遠慮がちに店内を見て回る。
元々、裕福な家庭で育ったわけではないので、店に並ぶ装備の値札を確認するたびに首を振ったり、ため息をついたりといった反応をしていた。
クロードは構わず、店のカウンターにいる店主に近づいて口を開いた。
「もう明日から幽霊は出ることはないだろう」
「本当か!?いやぁ助かったぜ!!」
「約束では、"ここにあるものは何でも持っていっていい"と言ってたが……」
「ああ!男に二言はない!」
その言葉を聞いたクロードはニヤリと笑った。
そして店内を回るガイとメイアに対して、
「だそうだ」
と伝えると2人は息を呑む。
つまりそれは値段が関係ないということ。
ここにある装備品は北部の高レベルの魔物に対応できるようにと数千から数万もするものが多くあった。
そして数時間後、2人の装備は整えられた。
ガイは黒のシャツにワインレッドの革のジャケット。
ブラウンの革の胸当てとジーンズは変わらないが新しいものにした。
軽装備なのは速さを重視したバトルスタイルのガイに合わせてのもの。
メイアは腰元をくっきりさせた白のガウンにダークブルーのマントを羽織る。
杖は変わらず、というのは思入れがあるから。
それだけでなく重さや形状に慣れたということもあるそうだ。
さらにメイアが最も変わったのは"髪型"だった。
長い赤髪を後ろの高い位置で結ってポニーテールにした。
これで左耳に着けた菱形を模ったイヤリング型の波動石が見えるようになった。
年齢的にはまだ少女と言っていいが、見た目はとても大人びて見える。
それを見たクロードは満足そうに頷いていたが、隣に立つ武具屋の店主は何故か泣いていた。
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外に出たナイト・ガイのメンバー。
その頃には日は沈んでいた。
出発するにしても次の日になるだろうと皆が思っていた時、クロードが思い出したかのように口を開いた。
「そういえばガイ、もしかして猫探しの依頼は誰かの協力があったんじゃないのか?」
「あ……忘れてた。仲間になりたいって女の子と会ったんだった」
「女の子?」
メイアは呆れた表情でガイを見ていた。
なぜかガイは女性にモテる。
知的なメイアからしても、これだけは理解不能なことだった。
「どこにいるんだ?」
「ギルド……かな。逸れちゃって、それっきりだったからさ」
「ちょうどいい。カトレアの依頼を知ってる受付がいないか確認しに行きたいところだった」
「確か、護衛任務だったけ?」
「ああ。受ればBランクになり、さらに王都に護衛対象を連れて行くだけでAランクに上がれるならやって損はない。ランクを上げたらすぐにでもロスト・ヴェローを目指せる。"ゴール"は目前だ」
この言葉にはガイもメイアも笑みをこぼさずとも口元が緩んだ。
カトレアがいなくなった状態で、この依頼を受けることができるかどうかはわからなかった。
しかし、それ以上の期待感を胸にガイとメイア、そしてクロードは夜のギルドへと向かった。




