殺されるべき者
地下水路の温度上昇は異常だった。
崩れた石床から下から水蒸気が上がりはじめる。
そこに立つ真紅の瞳の少女は冷ややかな眼差しでデュランを見つめていた。
お互いの距離は数メートルとさほど遠くはない。
デュランは首を動かすことなく、視線だけで横の壁を見る。
少女メイアが放った炎の輪を回避できずに片腕を失ったパメラはサイドにある壁に叩きつけられて気を失ったようだ。
自身も間一髪のところで横に身を動かして回避したが、胸元に少しだけ当たった。
上半身に着た黒鎧は旅の途中、特別な鉱石を手に入れて武具屋に持ち込んで作らせたものだが、炎の輪によって簡単に切断面ができていた。
これを見たデュランは水路の澱んだ空気など構うことなく大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
デュランの思考は止まらない……
"この歳にしては波動の練度が桁違いだ"
"殺される"
"波動数値はいくつなんだ?"
"殺される"
"なぜ瞳の色が変わるのか?"
"殺される"
"勝てるのだろうか?"
"私はここで殺される"
頭の回転が速いことが災いしていた。
冒険者として旅をしていて窮地に立たされることは多々あったが、今回に比べれば全て小さな出来事だ。
「あら、来ないのかしら?」
少女から放たれる不意な言葉。
先ほどとは違い、妙に大人びた口調に思える。
「クソ!!」
デュランは崩れた石床に突き刺していた細剣のグリップを握った。
地面が振動すると同時にメイアが立つ場所の両サイドの石壁が高速で押し迫る。
前後3メートルはあるか……どう動こうとも回避することが困難なものだ。
案の定、メイアを押しつぶすようにして閉じるが、すぐに石壁の色が赤く変わり始めて爆発を起こす。
爆炎の中から見える真紅の瞳。
デュランは恐怖からか顔が引き攣る。
「これで終わり?」
煙を熱波で吹き飛ばす少女。
その不気味な笑みを見たデュランは突き刺した細剣を握る手に力を入れる。
すると今度は無数の"細い土の棒"のようなものが上下左右からメイア目掛けて突き出して攻撃を仕掛けた。
だがメイアは長い赤髪を靡かせ、ダンスを踊るようにそれらを後ろに下りながら全て回避していく。
「やっぱり、髪の毛が邪魔だわ」
「ありえん……」
石棒は止まらぬ攻撃だった。
一方、メイアのステップに合わせて体の周りに炎が発生し始める。
体に纏うように展開する炎によって周囲が高熱になり焼かれていく。
それは石棒の攻撃を完全に無視して徐々にデュランが立つ場所にまで迫っていた。
「マズイ!!」
そう叫ぶとデュランは剣を引き抜き、後方へと下がろうとした。
その瞬間、周囲に放たれていた炎がメイアの目の前、一点に収束して極小の球体を作る。
そして即座にメイアは体を回転させ、球体を弾くようして杖を横に振った。
撃ち出された球体は細く赤い糸のようにデュラン目掛けて猛スピードで飛ぶ。
この攻撃にデュランは反応できていた。
バックステップの途中、自分自身が持つ波動数値を何重も連続展開して作る石壁。
崩れた石床から突き出した石壁がデュランの目の前に現れる。
だがメイアが放った"炎の糸"は簡単に石壁を貫いて、奥いるデュランに直撃した。
「が……あ……」
「"堅固なる炎……死炎弦"」
メイアが呟くと同時に石壁の向こう側でドサッとデュランが倒れる音が聞こえた。
「"再点火"……一度、攻撃のために発生させた炎を停滞させて再度、一点に集めて波動連続展開に使用する。これずっと考えたの。上手くできたかしら?」
それは聞くにも及ばぬほど完璧な攻撃。
しかし、このメイアの言葉にデュランは全く反応を示さなかった。
メイアはローブについた埃を落とす仕草をしてると、背後から鉄が擦れるような音が無数に聞こえてきた。
「メイア!無事か!」
振り向くと、走ってきたガイの姿が視界に入る。
さらに後ろには騎士のジェニスと騎士団員数人の姿があった。
「……」
「なんだ、もう終わったのかよ」
メイアは無言でガイを見つめていた。
ジェニスが他の騎士団員に指示して石壁の方へと向かわせる。
自身もメイアの無事を確認すると、デュランが倒れている場所へと歩いた。
「こ、これは……」
妙な反応をしたジェニスに首を傾げるガイ。
気になって彼女がいる石壁の方へと走った。
「どうしたんだ?」
「……死んでる」
「な、なに……?」
ガイは倒れたデュランの死体を見た。
目を見開いて絶命しているデュランの額には、針を刺したような小さく焼けこげた跡がある。
……が、デュランからは一切の出血が無い。
「何かが貫通したんだ……」
ジェニスの言葉にハッとして、ガイはメイアがいるところまで戻ると彼女の両肩を強く掴んだ。
「なんで殺したんだよ!!"捕縛"する予定だったろうが!!」
「……」
「なんか言えよ!!」
「この人はカトレアさんを殺した。報いは受けるべき、死んで当然なのよ」
無表情のメイアは静かに言った。
その言葉にガイは絶句する。
もうすでにメイアの瞳の色はいつもの"黒"に戻っていた。




