荒々しき炎
早朝、時計塔の広場。
メイアは崩れた石床とともに川のように流れる水の上へと落ちる。
石床が足場となって濡れることはなかった。
膝をつくようにして着地したメイアは正面を見ると、数メートル先にデュラン・ランバーグが立っている。
前後は暗闇が続き、両サイドが壁という状況だ。
丸く開いた穴の中に日の光が差し込み、地下水路を照らす。
デュランは鋭い眼光をメイアに向けていた。
だがメイアは一切引く事なく、立ち上がって杖を前に構える。
「こんな大きな穴が開いたら騎士団が駆けつけると思いますよ」
「心配ないさ」
そう言って笑みを浮かべたデュランは左腰の剣をゆっくりと引き抜くと逆手に持ち替え、一気に崩れた石床に突き刺す。
するとドン!と振動が起こった瞬間、水路の天井の穴が"土の波動"によって徐々に閉じていく。
完全に天井が埋まると地下水路は暗闇に包まれた。
「私の波動は色や感触まで再現する。"ヤツ"ほどではないが、それなりに波動の練度は高い」
「なるほど。ですが私の波動で破壊すれば済む話です」
「やってもいいが、崩れた時の音を聞いた住民が恐らく上に集まってる。その住民を落としたいならどうぞやってくれ」
小馬鹿にしたような発言をするデュランだったが、メイアは全く動じず。
むしろ周りの音と光が遮られたことで感覚が研ぎ澄まされて冷静だった。
瞬間、メイアの背後に気配があり、それをサイドステップで回避。
通り過ぎる気配に視線をやった。
見ると"黒ずくめ"が細剣の突き攻撃でメイアの背中を串刺しにしようとしていたようだ。
黒ずくめは高速でデュランのいる場所まで一気に距離縮めて着地する。
デュランの前に立った黒ずくめは振り向いて剣を前に構え直した。
黒ずくめの明らかに物理法則を無視した動きに波動の力を利用したものだろうとすぐさまメイアは思考する。
一方、デュランが驚いた表情で口を開く。
「これは驚いた……今の攻撃を回避するとは……やはり"ナイト・ガイ"は侮れんな」
「どういう意味ですか?」
「君は当事者であるから知らないとは思うが、"ナイト・ガイ"というパーティは冒険者の間では有名だからね。恐らく私が知る限り、ここまで早く北部まで辿り着いた冒険者パーティは二つ目だ。みんなCランクからBランクに上がるのに苦労するんだ」
「私たちはまだCランクですが」
「知ってるさ。だが、この町に入れるということは何か外で特別な関係を作ったからだろ?普通はそんなことは不可能なんだよ。さらに君のパーティリーダーは"黒兎"を倒したと聞いた。正直、信じられないが恐らく本当なのだろう」
"黒兎"とはブラック・ラビットのボスであるゾルア・ガウスのことだろう。
あの男の存在を知っているのであれば、確かに"倒した"と聞けば驚くべきことだ。
メイア自身もゾルアの姿を見たが、高波動の貴族や高レベルの魔物を優に超越するほどの"化け物"と形容してもいい。
デュランは石床に突き刺してある剣のグリップを強く握った。
「ここに住んでいた魔物も倒したとなれば、あまり長引かせるのは得策じゃない。本気でいかせてもらう」
そうデュランが言った瞬間、ドン!という振動が地下水路を揺らす。
するとメイアが立っている崩れた石床が、ゆっくりと浮き上がっていく。
そして一瞬にしてメイアを包み込むようにして丸い球体を作った。
あまりの波動展開スピードにメイアは反応しきれず土の球体に閉じ込められてしまった。
「若い芽を摘むのは心が痛むが仕方あるまい。このまま押しつぶす」
デュランは左手のひらを開いて掲げ、それを一気に握ろうとした……が、周囲に起こる変化を察してハッとする。
周りを見ると"小さく丸い炎の波動の粒子"が無数に空中に停滞しているのが見えた。
波動の粒子は薄暗い地下水路を不気味に赤く照らし出す。
「なんだ……これは……」
息を呑み動けずにいるデュランだが、前に立つ黒ずくめは違った。
体全体に爆風を纏うと、土の球体目掛けて一気に踏み込む。
「待てパメラ!!何かヤバい!!」
デュランの叫びが水路に響き渡ると同時に、土の球体の内部で何かを呟く声が聞こえた。
「"絶炎"……」
瞬間、空中に停滞していた細かい炎の粒子が土の球体へと吸い込まれるようにして集まる。
そして熱波と同時に内側から"炎の輪"が縦一線に展開した。
「"荒々しき炎……死炎輪"」
炎の輪はノコギリのように高速回転して球体を切り裂きながら前後に広がる。
黒ずくめ……もとい、パメラは数メートルの手前の距離で反応してサイドステップを踏むが、回避が間に合わず、剣を持った右腕が切り落とされた。
その華奢な体は衝撃で吹き飛び、横の壁に叩きつけられる。
止まることなく凄まじいスピードで回転した炎の輪は水路の深い闇の先に消えていった。
破壊された土の球体の中から出てきたメイアの瞳は赤く染まり、暗闇を照らすようだ。
ゆっくりと崩れた石床に着地する少女。
炎のように美しく赤い瞳を見たデュランは言葉を失っていた。
その冷たく鋭い眼差しからは感情など一切読み取れない。
「化け物……いや、これは魔物か……」
それが、ようやく絞り出した言葉だった。
冒険者としての長年の経験から、目の前の少女はおおよそ人の域を超えた存在に思えた。




