秩序造物主(1)
ナイト・ガイのメンバーは時計塔の地下から出た。
時刻は午後9時を回っており、日中とは違って冷たい風が肌を刺す。
時計塔広場の噴水前に3人は集まった。
ガイとメイアは今回の戦闘についてとコンサートホールの音についてクロードに説明。
さらに所々、天井に設置してある"黒い扉"についても話をした。
情報を聞いたクロードは笑みを溢す。
そして自分が見つけたものを話し始める。
「奥で見つけたものだ。他にも恐らく"盗品"だと思われるものが沢山あったよ」
そう言って見せたのは四角い額縁に入った絵だった。
人の胴体ほどの大きなフレームで、中にある絵には"赤いドレスを着た可愛らしい少女"が描かれている。
年齢はメイアよりも下のように見えた。
メイアは首を傾げながら言った。
「誰ですか?」
無言でクロードは絵の下あたりを指でさす。
そこに書かれていた"少女の名前"を見たメイアは驚いた。
「こ、これって、まさか……」
「最後の大詰めだ。一つだけ確かめてから、明日の朝にでも"秩序造物主"に会いに行こうか」
そう言ってクロードはニヤリと笑う。
夜も深まる頃合いに3人が向かった場所は、この町の"騎士団本部"だった。
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早朝
"ガンドッド家の屋敷"。
車椅子に座るサンドラ・ガンドッドは作業場となった大広間にいた。
広間の真ん中に陣取った小さな丸テーブルにはテーカップが置かれ、それを背にするように立てられたイーゼルを真剣な眼差しで見る。
イーゼルには完成間近の絵があるが、正面のステージ上には、いつもいるはずの被写体の姿は無かった。
数メートルほど後方、背後にある半開きのドアが少し軋む音がした。
するとサンドラは振り向くことなく口を開く。
「昨日も来て、今日も朝早くからご苦労なことだね。そんなに動いていたら疲れないかい?」
「いえ、全く。これでも僕は楽しんでやってますから」
「その口ぶりだと、まだ調べているようだね」
サンドラは車椅子の車輪に手を伸ばして器用に回転してみせた。
テーブルに向き合うような形になると、入ってきた青年を無表情で見る。
そこにいたのは冒険者のクロードだ。
手には四角い額縁のようなものを持っていた。
「気なることがあると眠れないもので。でも今日からはぐっすり寝れそうだ」
「ほう。それはどういう意味かな?」
「その前に、これを」
クロードはサンドラがいるテーブルの前まで歩いた。
そして持っていた額縁をゆっくりとテーブルの上へ置く。
「この絵を見てもらいたくて」
「これは?」
「この"少女"が誰か……わからないですか?」
サンドラが眉を顰め、絵に顔を近づけて凝視した。
視線が下へ動いた時、ハッとしたように口を開く。
「ああ!アンジェリカ!私の妹だね!」
赤いドレスの少女の絵の下に書かれていたのは"アンジェリカ・ガンドッド"の名前だった。
「なぜ昨日は知らないと言ったんです?」
「ずいぶん前のことだから瞬間的に名前を思い出せなくてね。昨日、君たちが帰った後に思い出したんだよ。小さい時だったから妹の顔も覚えてないんだ。今も名前と顔が一致しなかったよ」
そう言って不自然に笑って見せるサンドラ。
その言葉を聞いたクロードはニヤリと笑った。
「やはり。僕の予想通り、あなたはサンドラ・ガンドッドではないようだ」
「……どう言う意味だ?」
「この絵に描かれているのが"妹"と言ったな」
「それがどうした」
「自分より年下の少女を見ての先入観といったところか。ここに描かれているアンジェリカという少女はサンドラ・ガンドッドの"妹"ではなく"姉"だ。死んだ親族の顔や名前を忘れようと、それが妹だったか姉だったかを間違える人間はいない」
サンドラの表情はみるみる青ざめていった。
視線を泳がせ、手を震わせてティーカップに手を伸ばす。
「"サンドラ・ガンドッド"のことは昨晩、騎士団のジェニスから聞いた。病弱で足が不自由で最近まで屋敷から出たことはない。姉のアンジェリカも同様。だから最近まで誰も容姿を知らなかった。前領主も二人の病状を気にしてガンドッド家には誰も出入りさせなかったそうだからね」
「……それがどうした?妹と姉を言い間違えただけで私を別人だと言うのか?」
「ああ。そうだ」
「だから、どうだと言うんだ?まさか、また私をカトレアを殺した犯人、秩序造物主とでも言いたいのか?」
「そう思っていた。だが少し違った。昨日の質問を訂正するよ。あなたが秩序造物主……ではなく、"あなた達"が秩序造物主なのかい?」
サンドラは手に持ったティーカップをゆっくりと口元へ運んだ。
その姿をクロードは獲物を追い込むハンターのような目つきで、じっと見ていた。
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時計塔にある時刻は午前7時半をさしていた。
噴水の前で時計塔を見上げた1人の冒険者に少女が声を掛ける。
「おはようございます。デュランさん」
声の主を冒険者のデュラン・リンバーグは振り向いて見た。
そこにいたのはストレートの長い赤髪で薄汚れた白いローブを着た綺麗な顔立ちの少女。
「ああ、君はナイト・ガイの……確か名前はメイアと言ったか」
「はい。お一人でいるのは珍しいですね」
「朝はみんな遅いのさ。何か用かな?」
「落とし物を届けようと思いまして」
「落とし物?」
「さっき拾いました」
メイアはローブの中をゴソゴソと探った。
そして"小さい鍵"を取り出すとデュランに見せた。
持ち手の部分がスペードのマークになった珍しい形の鍵だ。
「この鍵、落としましたよね?」
デュランは驚いた表情して、すぐに右手で腰のあたりを触れた。
そこにあった感触を確かめたデュランはホッと胸を撫で下ろすが、すぐにメイアの鋭い眼光を見て息を呑む。
「やっぱり。クロードさんの言う通り、"鍵は二本"あるんですね。確かに、そうでないと出口は開いていたとしても、入り口を開けられず、この場所まで辿り着けないですから」
「何を言ってる?」
「出口はいつも老人が開けているので出れますが、入り口は他の人が開けなければ地下を行き来できない」
「……」
「あなたが武具屋の依頼を受けない理由、それはあなたが武具屋に出る幽霊、本人だからですよね?そして一昨日の夜にカトレアさんを時計塔から突き落とした犯人、あなたが秩序造物主です」
デュランはゆっくりと深呼吸してメイアを見つめた。
おおよそ少女とは思えぬほどの目つきで自分を睨んでいる。
恐らく、この少女は"あの女"同様に町の秘密と自分達、秩序造物主の正体に気づいてしまったのだろう。
そう思考するとデュランは左腰に差した剣の鞘に軽く左手を添えた。




