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秩序の牢獄


メイアとクロードはこの町の騎士団本部へと向かうため時計塔を出た。

再び騎士団のジェニスに会ってカトレアの情報を聞き出すためだ。


なぜカトレアが秩序造物主オーダー・クリエイターを探していたのかは不明とのことだったが、彼女の身辺を調べれば何かわかるかもしれない。


クロードは恐らくジェニスはカトレアと親しい仲にあったと推理していた。

最初に会った時、"ギルドマスター"という肩書きを使用せず、名前を言っていた。


つまりジェニスは知り合い程度には付き合いがある。

そうなればカトレアの身の回りを知っていても不思議では無いと思ったのだ。


「これで何もわからなければデュランに話を聞くしか無いが、果たして彼が情報を言ってくれるかどうかだね」


「ええ。かなり警戒心が強そうでした。何か知ってるからでしょうか?」


「"知っている"以上かもね。彼が秩序造物主オーダー・クリエイターという可能性だってあるさ」


「確かに……カトレアさんも冒険者の中にいると思ってたようですからね」


「いや、僕が最初に"君は秩序造物主オーダー・クリエイターは冒険者の中にいると思っている"と言ったら肯定も否定もしなかった。つまり彼女はまだ犯人を知らない……が、それに近づいていた」


「だから殺された……ということですね」


「僕が考えるにカトレアは秩序造物主オーダー・クリエイターと思われる人物を何人かに絞り込んでいたと考えるよ。そのうちの一人が恐らく冒険者の"デュラン"だろう」


この町でデュランの立場は"平民の冒険者"ではあるが、それでも冒険者の中では人望は厚いようだ。

彼が他の冒険者を動かして町を綺麗に掃除しているという仮説は立つ。

なぜデュランが町を綺麗にする必要があるのかは不明ではあるが。


「それと僕は"ジェニス"も怪しいと思ってるんだ」


「え?」


「彼女は団長、副団長でもないのにも関わらず、現在の騎士団を指揮している。この町でも有力な貴族の家系であることは間違いない。それなら莫大な金も持っているだろうし、町を綺麗にすることで仕事も楽になる」


「でも、ジェニスさんは音楽祭に出席してましたが」


「そうだね。間違いなく"音楽祭"はこの事件のキモになるよ。領主のサンドラも出席してたわけだからね」


クロードが怪しいと感じているのは、


"冒険者のデュラン"

"騎士のジェニス"

"領主のサンドラ"

"メイドのパメラ"


この4人だった。

他にも考えられないことはないが秩序造物主オーダー・クリエイターの犯人像に合う人間なぞ、そう多くはない。


「この事件の犯人は確実に"力の保持者"だ。隠れてコソコソしている人間では決してないし、力に憧れているような者でもない。僕が思うに犯人は人気者でナルシスト。平民やそこいらの貴族なんて比にならないくらいね」


「では、なぜ自分が秩序造物主オーダー・クリエイターであると名乗り出ないのですか?」


「"町を汚した人間は行方不明になる"。それを実行している犯人なんていたら平和なんて作り出せないだろ。なんたって人をさらって時計塔の上から突き落としてるんだからね。英雄というよりも独裁者に近い。そんな恐怖で支配するよりも謎のまま隠してしまったほうがいいんだ。秩序造物主オーダー・クリエイターはこの町の状況を見て満足して陰で笑ってるようなやつさ」


「確かにそうですね。私ならそんな人がいる町にはいたくないです」


「それだけじゃない。この犯人はある一定以上の理性があるゆえか敏感だ。町を出ようとした者は自分のことに気づいたんじゃないかと思って消しているのだろう」


「秩序を保つために、そこまでやるなんて……」


「理にかなってるとは思うよ。目に見えぬ何か得体の知れないもので縛る。人は無意識に恐怖心を抱き、自ずと町を綺麗にし始める。ここはある意味、監獄と一緒なんだ。いわば"秩序の牢獄"と言ったところか」


クロードの言った"秩序の牢獄"という言葉にメイア自身も恐怖心が突き上げた。

外見は平和な町であるが、この町を汚くしたと判断されれば行方不明になる。

住民が笑顔で街中を歩いて、愛想を振り撒くのも無理はなかった。

一体、何が町を汚くしている行為に当たるのか見当もつかないからだ。

ここの住民はあたかも厳しい看守の目を常に気にしている囚人のようだった。



そんな会話をしながら2人は時計塔の広場を歩く。

噴水を過ぎて広場から出るために階段を登ろうとした時だった。


"コツン、コツン"


音が反響して周囲に広がる。

2人は振り返り、音の正体を探った。

見ると時計塔の前にボロボロの布の服を着た白髪の人間が立っている。


「あれは確か……」


それは初めて時計塔を見に来た時にいた老人のようだった。

老人は時計塔の石壁に頭を何度も打ちつけていた。


クロードは引き返して再び時計塔へと向かい、メイアも後に続く。

その間にも音は鳴り響くが、道ゆく他の住民たちは慣れているのか気にもとめていない。


「ワシの……ワシの仕事はなんだ?……大事な仕事だ……忘れてはダメなんだ」


老人は呟きながら時計塔の石壁に頭を打ち続ける。

そこにクロードとメイアは近づいた。


「お困りですか?」


クロードが言った。

すると白髪の老人は振り向く。

ボサボサの髪で無精髭を生やした男だった。

年齢は70代ほどか。

唖然とした表情でクロードを見ていたが、すぐにメイアへと視線を移すと笑顔になった。


「これはこれは、お嬢様!お見苦しいところを……」


「え?」


老人は姿勢を正して綺麗にお辞儀した。


そして続けて、


「お食事の用意は済んでおりますので、こちらへどうぞ」


相変わらずの笑顔で老人が言うと時計塔の裏の方へと歩き出す。

訳がわからずメイアとクロードは顔を見合わせる。


「彼について行こうか」


「だ、大丈夫でしょうか?」


「敵意は全く感じない。それどころか君をあるじだと思ってるようだ」


「誰かと間違えてます……」


「そうかもしれないが、あの老人が事件に関わっていたのなら何か情報を持ってるかもしれない。この気を逃すのは勿体無いよ」


そう言ってクロードはニヤリと笑うと老人の後を追う。

眉を顰めるメイアだったが、老人が何か知っていたとなれば事件解決が早まるのは確かだ。


2人は老人の後ろについて行く。

時計の針は午後二時半を指していた。

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