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ミラ・ハートル


ガイは1人、ギルドに向かって歩いていた。


空腹によって"ぐうぐう"と常にお腹が鳴る。

なにせ、ここまでまともな食事はしておらず、口に入れたもののほとんどは非常食だったからだ。


「干し肉じゃなくて、肉厚あるステーキが食いたいな……」


ボソリと呟き、さらに想像を膨らませる。

見たことはあるが、食べたことはない料理を妄想していく。

今回、個人的な依頼を達成できたなら、すべて食事に使おうとガイは決めていた。


様々な料理が頭をよぎる中、ようやくガイはギルドに到着する。


「簡単で報酬が高い仕事があればいいけど」


淡い期待だった。

そんな都合のいい仕事があったら苦労はしない。

しかし、この町のギルドに張り出されている仕事は比較的に簡単なものが多いため"無い"とも言い切れない。


ガイは絶対に"猫探し"だけは受けまいと心してギルドに入った。


____________



ギルドの中にはすでに数人の冒険者がいた。

この町に来た時には見なかった冒険者だ。


なにやら誰かを取り囲んでいるようだったが、殺伐とした空気は感じない。

むしろ冒険者たちからは陽気な印象が伝わった。


ガイは無視してカウンターにいる受付の元へ歩く。

すると冒険者たちの話し声が聞こえてきたため少しだけ視線を横にやった。


「なぁ、俺たちとパーティ組もうぜ。どうせ前いたパーティから離れたんだろ?」


「そうそう。1人だけだと依頼をこなすのに時間掛かるしな」


「女の子が1人じゃ大変だぜ」


冒険者がニヤニヤしながら中央に立つ白いローブを着た少女を見ていた。


少女はキョトンとした表情で口を開く。


「いえ、結構です。もう少しで私の仲間になる人が来ますので」


「そんなこと言わずにさぁ」


「俺たちこれでも、もうそろそろAランクに上がれそうなんだよ」


「そうそう。失望はさせないって」


ガイは呆れ顔で冒険者たちのやりとりを通り過ぎようとした。

その瞬間、少女は"あっ!"と声をあげて、スタスタと小走りでガイへと駆け寄ると無理やり腕に手を回す。


「ようやく来ました!この人です!」


「はぁ!?」


「いやいや、冗談キツイぜ。まだガキじゃねぇか」


「私もまだガキですけど」


少女の切り返しに冒険者たちは黙り込むが、すぐに反論する。


「いやいや、君は将来有望というか……」


「そうそう!とても成熟して見えるよ!」


「すげぇ、大人っぽい!」


冒険者が言うのも無理はなかった。

ガイが少女に目をやると、その美しさに言葉を失うほどだったからだ。

短い桃色の髪を後ろで束ね、綺麗に手入れされた白いローブを羽織る。

容姿は絶世と言っても差し支えない。

平民とは思えない独特なオーラを感じる容姿をしていた。


「褒めてもダメです。私はこの人と一緒に行きますので」


「なんで、そんな弱そうなやつと……」


1人の冒険者が言いかけると、少女の表情は変わった。


「弱そう?……今、この人に勝てる人間は世界に"三人"しかいないですけど」


「は?はは、冗談キツイな」


「冗談じゃないです。現につい最近、"北の黒い兎"を倒しましたから」


少女の発言に冒険者たちは絶句した。

北にいる人間なら誰もが知ってることだ。


"黒い兎"とはこの地方に長く存在する盗賊団の名で、特に最近は活動が活発化してきたせいか、冒険者の中にも噂は広まっていた。


この組織のボスと会ったら生きては帰れない。

興味本位でちょっかいを出した冒険者は全て行方不明になった。

現場を目撃した者の話だと跡形もなく灰にされたそうだ。

その強さは王宮騎士団の総団長であるアデルバート・アドルヴに匹敵するのではないかと言われている。


それを倒したとなれば大事おおごとだった。


冒険者の1人は一転して真剣な表情に変わり言った。


「嬢ちゃん、その冗談はこの北ではマズイぜ。ブラック・ラビットのボスは化け物だって聞いた。もし変な噂を流したと知られれば消されちまう」


「大丈夫です。そうですよね?」


少女は明るい笑顔をガイに向ける。

呆気に取られて黙っていたが、ようやくガイは口を開いた。


「あ、ああ。いやでも腕を切り落として、一発ぶん殴っただけだからな……生きてたら仕返しに来るかも」


「ね?」


少女は再び冒険者の方を見た。

曇りのない満面の笑みだ。


「う、嘘をつくな……ガキが調子に乗るなよ」


「いい加減にしねぇと、俺らが相手になるぜ」


冒険者たちの鋭い視線は一気にガイに注がれる。

しかしガイは全く動じていない。

なにせ、ここにいる冒険者全員の闘気は領主サンドラのメイド、"パメラ"以下だったからだ。


「嘘じゃないですよ。彼の腰に差してあるものが証拠です」


「なんだと?」


それは長さでいえば短剣のように見えた。

グリップには"黒い布"が無造作に巻き付けられており、それが安っぽさを感じさせる。

しかし、その"黒い布"には何人かの冒険者が反応した。


「まさかそれブラック・ラビットの皮か!?」


「しかも、その量……ありえねぇだろ……」


「手のひらくらいのサイズのものでも"1000万ゼク"はするって聞いたことあるが……」


それを聞いて最初に驚いたのはガイだった。

ブラック・ラビットという動物は絶滅していて皮はもう手に入らないと聞いていたが、それほど高価なものとは思わなかった。


ガイの武具であるスターブレイカーは"グリップ"が無い。

刃も持ち手も同じ形状をしているため、使うとなれば手のひらを切ってしまう。

そのため、ゾルア・ガウスの腕を切り落とした際に一緒に落ちた黒衣をグリップがわりに巻いたのだ。

これは一緒に戦ったアッシュのアイディアだった。


「これでわかっていただけたと思いますので、お引き取りを」


少女がそう言うと冒険者たちは唖然とした表情でその場を後にする。

冒険者たちは名残惜しそうに何度か振り向きつつもギルドから出ていった。


「あ、あの、君は一体誰なんだ?俺のこと知ってるのか?」


「ああ、申し遅れましたね。私は"ミラ"。ミラ……えーと、"ミラ・ハートル"と言います!あなたのお名前を聞かせてもらえますか?」


「え……ガイ・ガラードだけど……」


「ガイ。いい名前ですね」


満面の笑みの少女ミラだが、ガイは首を傾げていた。

自分のことを知っていたから声を掛けたのではないのか?


「早速ですが、お仕事をお受けになるんですよね!私もお手伝いします!」


「あ、ああ」


ミラはパタパタと走って依頼が貼り付けられた掲示板の方へ向かう。

追いかけるようにガイが頭を掻きつつ、それに続いた。


「これにしましょう!」


「え……」


ミラが指を差した依頼書を見たガイの顔は引き攣った。

なぜよりにもよって"この依頼"なのだろうか?


「いや、でも、もっといい依頼が……」


「いえいえ、これ以上の依頼はありません!私が保証します!この依頼を解決したら絶対に"いい事"があります!」


そう言ってミラは顔を近づける。

完全に目と目が合ったガイは頬を赤らめた。

あまりにも眩しい笑顔だったからだ。


「あ、ああ……そこまで言うなら……」


ガイは押し切られるようにミラが薦めた依頼を受けた。

その依頼内容はガイが最も避けたかった仕事である"猫探し"だった。

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