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武具屋の幽霊


クロード、ガイ、メイアと順に武具屋に入った。


武具屋は最近では出入りしなくなった店であったため、その独特の匂いに懐かしさを覚えるガイとメイア。

それは金属が擦れ合って出るような匂いで、2人の鼻口を刺激した。


店内は真ん中に大きく二つ背中合わせで棚が置かれ、さらに壁伝いにぐるっと展示用のフックが取り付けてある。

棚やフックには無数の武具が設置してあった。

さらにブーツなどを試着できるようにか店の入り口付近には木造の椅子も備え付けられていた。


店長らしき男性は新しい客の来店に気づくと笑顔を向けて対応する。

この店に相応しい屈強な体つきで濃い青色の短髪の男だ。


「いらっしゃい!ゆっくり見ていってくれ!」


3人は構わず武具を見て回るフリをした。

だがガイとメイアの眼差しは徐々に真剣になり始め、最後には目的を忘れていった。


「な、なんでこんなに安いんだ?」


「ほんとに……こんなに品揃えがいいのにカレアの町と変わらないくらいだわ」


それを聞いていた店主の微笑みは増した。

ようやく売れる客が来たと言わんばかりだ。


「ガイ、メイア、悪いがどんなに安くても買えないよ」


『え?』


ガイ、メイア、それならず店主も同時に声を上げる。

そして次第に店主の顔から笑みが消えていった。


「なんだ、この町まで来れたのに金無しかよ。冷やかしなら他の店でやってくれ」


「僕らは少し聞きたいことがあって立ち寄っただけだ」


「なんだよ」


「昨日、この周辺で大きな音は鳴ったか?物がドンと落ちるような音だ」


クロードの質問に店主は眉を顰めて首を傾げた。

一体、何の話をしているのかわからなかったからだった。


「その様子からすると、何の音も鳴ってないんだね?」


「ああ。別に何もなかったな」


「そうか」


「わかったら、さっさと出ていってくれ」


「もう一つ」


「なんだよ、まだあるのかよ」


「さっきデュラン・リンバーグがこの店にいたが、彼らに頼みたかった仕事とはどんなものかと思ってね」


この発言を聞いた店主はしばらく停止したようになると、ハッと我にかえり興奮気味にクロードに駆け寄った。


「まさか!依頼受けてくれるのか!」


「まずは内容を聞かせて欲しい。話はそれからだ」


先ほど店主はデュランから"変な依頼"と言われてしまったことが頭に残っているのか、なかなか言い出せずにいた。

だが、しばらく待つと意を決したように口を開く。


「出るんだ……この店」


「出る?何が出るんだ?」


「"幽霊"だよ!!」


聞いていたガイとメイアは唖然としていた。

"幽霊"なんてものは空想の産物であり、今どき子供でも信じない。


しかし、なぜかクロードの表情は真剣だった。


「見た目は?」


「人間みたいな形だが、暗くてよく見えないんだ」


「"暗くて"ということは出るのは夜だけかい?」


「ああ、そうだ。よくそこの椅子に座ってるんだよ」


そう言って店主が指を差したのは店の入り口に置いてある椅子だった。


「あの椅子を無くしたらいいんじゃないか?」


「とっくにやったさ!!でも朝になったらまたあるんだよ!!」


「ほう。面白い」


「面白くねぇよ!!こっちは困ってんだよ!!」


「なんで困ってるんだ?何か店の物でも盗まれるのか?」


「いや、盗まれたりはしない……ただ座ってるだけだ」


「じゃあ別にいいじゃないか。店じまいした後に幽霊が椅子に座ってようと不利益は無いんだから」


「気味が悪いだろ!!」


「もしかして、この店に全く客が来ないのは幽霊とやらのせいなのか?」


「な、なんで客が来ないってわかるんだよ」


「極端な値下げや客引きする露天商のような接客ですぐにわかる」


店主の表情が歪んだ。

図星ということなのだろう。


「俺が……この辺の店に相談しに行ったら噂が広まって……」


「それって自業自得じゃねぇか……」


ガイがボソリと呟くと店主の顔はさらに暗くなった。

構わずクロードは質問を続けた。


「この周囲の店で幽霊が出るのは、この店だけなのか?」


「そうみたいだ……他の店からは一切そんな話を聞かない」


「そうか。わかった」


「なんとかしてくれるのか!?」


「君の言う、"なんとか"というのは幽霊が出なくなればいいのかい?」


「ああ!!それでいい!!」


「よし。もし解決できれば報酬をもらう。その他に、ここにある武具で彼ら二人の装備を新調させてほしい。これが僕からの条件だが、どうかな?」


「いいだろう。ここにある物なら、なんでも持っていっていいぞ!」


店主の言葉を聞いたクロードはニヤリと笑う。

それを見たガイとメイアは苦笑いを浮かべていた。


「ああ、そういえば、あともう一つ」


「なんだ?」


「幽霊が出るのは"深夜の鐘が鳴る前"か、"鐘が鳴ってる最中"か、"鐘が鳴った後"か知りたい」


「まちまちだな……だけど"鐘が鳴ってる最中"に出たことはない」


「ちなみに昨日も出たかい?」


「ああ、"鐘が鳴る前"にな。行儀良く座ってたよ」


「わかった。ありがとう」


会話はこれで終わり、3人は店を出る。

噴水の前まで移動すると、最初に口を開いたのはガイだった。


「幽霊なんて馬鹿馬鹿しい」


「そうよね……そんなのいるわけないわ」


メイアが続いて言うと、クロードが静かに言った。


「"幽霊がいない"という根拠は?」


「え?……それは、ありません」


「つまり幽霊がいないということを証明することはできないというわけだ。解明されていない事柄を"無い"と決めつけてはいけない」


「だって目に見えないんだぜ」


「体の中を流れる波動の粒子だって目に見えない」


「ま、まぁ、そうだけど」


「いずれ近い将来に幽霊だって"いる"と証明されるかもしれない。短絡的たんらくてきに考えては判断を見誤るよ」


「じゃあ、今回のは幽霊だって言うのか?」


「いや、とても残念だが幽霊じゃないね。恐らくカトレアを突き落とした犯人……それか、その関係者と見る」


「やっぱり人間なのかよ。でも、なんでそうなるんだ?」


ガイの視線もそうだったが、メイアもクロードを見つめていた。

これに関してはメイアであってもわからないようだった。


「カトレアが死んだのは昨日の晩、死因は転落死。だが30メートルもの高い場所から落とされれば町全体でなくても、この周囲には音は鳴り響くが、それは無かった。つまり地面に衝突した音が聞こえない時に落とした」


「聞こえない時って?」


「時計塔の深夜の鐘が鳴っている数分の間にだ」


「そうか。鐘の音は大きいけどみんな慣れてしまっているから……」


「人間が地面に衝突した時の音を掻き消すほどの大きい鐘の音は鳴っていたが、それには住民が慣れてしまって気にもとめない。夜の時間帯から朝がたにかけて他に何も音が鳴っていないとなれば鐘の音か鳴っている時に地面に衝突したんだろう」


「それで幽霊ってのはなんなんだよ」


「"鐘の音が鳴る前"か"鐘が鳴った後"に現れ、"鳴っている最中"には現れない……先ほどの話と合わせれば犯人かその関係者というのがもっともしっくりくる。なぜ武具屋の椅子に腰掛けているのかは謎だけどね」


「単に"武具屋が好き"とかかな?」


ガイが馬鹿にしたような口調で言った。

だがクロードは満更まんざらでもないといった表情で頷く。


さらにクロードはカトレアの遺体があった場所まで移動した。

そして、その場所でしゃがみ込むと石床の地面を手でなぞる。

すると指先に少しだけ薄く血が付着した。


「そして、やはりこの事件を起こしたのは秩序造物主オーダー・クリエイターということもわかった」


「なんでわかるんだよ」


「この石床の異常なまでのヘコみだ」


それは最初にこの時計塔を訪れた時に、クロードが足でなぞった部分だった。


「それは昨日できたんじゃないのか?」


「いや、このヘコみはカトレアが落ちる前からあったものだ。少しだけ残った血の滲みを見るに彼女は寸分のズレなくこの場所に落ちてる。ということは、これは長い間、ここに何か重い物が落とされ続けてできたものと推測できる」


「ま、まさか……それって」


「そのまさかだよ」


ガイとメイアはゾッとした。

この場所に落とされたのはカトレアだけではない。

恐らくコーブライドで行方不明になった全ての住民なのだ。


もし時計塔から突き落とすという行為が繰り返されていたとするなら、その者とカトレアを殺した犯人も同一人物である。

これは特殊な殺害方法であり、そもそも行方不明になって死体すら残っていないわけだから突発的な犯行や模倣犯なぞありえない。


つまり"町の汚れ"を綺麗にするために時計塔から人間を落としているのは秩序造物主オーダー・クリエイター

それか、その意を受けて動く別の何者かであるだろうとクロードは推理した。

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