ノット ミッシング(2)
町に日が差し込み始めた早朝。
肌寒さを感じつつ、ナイト・ガイのメンバーは事件現場であろう時計塔を目指して走った。
時計塔の周囲には百人程度の人だかりができていた。
ガイとメイア、クロードは階段を駆け下り、沈んだ表情を浮かべる住民たちをかきわけて進む。
中央の噴水を過ぎると数人の騎士たちが等間隔に立ち、住民たちを止めていた。
ちょうど時計塔の真下、地面に広がった真っ赤な液体は石床の接続部分に吸収されつつある。
間違いなく時計塔からの飛び降り。
しかも30メートルもの高さからとなると生きてはいないだろう。
死体があると思われる場所には白い布が被さり、誰が飛び降りたのかはわからない。
だが先ほどの住民の話ぶりからすれば、飛び降りた人物が誰であるか想像は容易であった。
「まさか……なぜ……こんな」
数メートル先、1人の女騎士がボソリと呟くのが微かに聞こえた。
白い布を悲しげな顔で見つめている。
長いブロンドの髪を後ろで束ねたポニーテールで銀の鎧を見に纏い、太もものあたりまである丈の黒いスカートを穿いた女騎士だった。
綺麗な顔立ちではあるが、眠れていないのか目の下の黒く浮き出るクマが気になる。
彼女を見たガイが目を細めて言った。
「あの騎士が団長かな?」
「僕の記憶が正しければ、この町の周辺の管轄は第四騎士団だ。第四の団長は少し前に戦死している。団長は不在と認識していたが、ここ数年で入れ替わった可能性はあるね」
「それにしても、騎士の数が異様に少ない気がしますが……」
メイアは周りを見渡しているが、確かに騎士団は数えれるほどの人数しかおらず、さらに状況に慣れていないのか軽くパニックになっているようにも見える。
「騎士の数も気になるが、何よりあの布の下が気になるところだ……予想通りであるなら僕たちはもう巻き込まれているということになる」
「どういうことですか?」
「あの布の下の人物がギルドマスターのカトレアであれば確実に"自殺"ではないということだ」
このクロードの言葉を聞いていたのはガイとメイアだけではなかった。
周りの住民の視線が動き、さらに数メートル先に立つ女騎士もクロードを見る。
少し間があってから女騎士はゆっくりと3人のいる場所へと歩いてきた。
住民たちは息を呑みつつ道を開ける。
「今、言ったのはあなた?」
「ああ。そうだ」
「そう。ここでは目立ってしまうから、こっちへ」
そう促されて3人は女騎士と共に白い布のある場所まで行く。
「あまり住民を不安にさせたくない。小声で頼むわ」
「構わない」
「なぜ、彼女が自殺でないと?」
「やはりカトレアなんだな」
「ええ」
女騎士はため息混じりに答えた。
その表情はやはり暗い。
「僕たちは昨日、彼女から依頼を受けた」
「どんな依頼を?」
「それは言えない。だが、かなり重要な案件だったのは確かだ。今日その詳しい内容を聞く予定だったのさ」
「それが彼女が自殺でない理由なの?」
「もし彼女が自殺する予定だったなら、わざわざ前の日に僕たちを部屋に招いて仕事の依頼なんてしない。自殺するとしても完全に依頼してからでなければ筋が通らないのさ。自殺と断定するには彼女の行動はあまりにも不可解だ」
「なるほどね……」
女騎士は眉を顰めて呟く。
察するに何か思い当たる節があるようだった。
「何かあるようだね。もしかして秩序造物主かい?」
「な、なぜ、それを……」
「彼女の何かしらの行動が"町を汚している"と判断されたとするなら、この状況は辻褄が合う」
「……」
女騎士は口を閉じて視線を逸らす。
しかし一度だけ深呼吸すると意を決したように話し始めた。
「彼女は……カトレアは秩序造物主を探しているようだった。なぜかはわからないけどね。それしかこうなる原因は考えづらいわ……でも……」
「君の言いたいことはわかるよ」
「え?」
「"いつもは無くなるはずのものが、ここにある"……だろ?」
「あなたは一体、何者なの?」
「僕はクロード。この冒険者パーティ、ナイト・ガイの軍師といったところさ」
女騎士はクロードからパーティ名を聞いた瞬間にハッとした。
数々の町で起こった事件を解決している駆け出しの冒険者パーティがいる。
それは騎士団の間でも噂になっているパーティで第二騎士団長のゲイン・ヴォルヴエッジや第九騎士団のリリアン・ラズゥも関わりを持っているという。
この男であれば解決できるかもしれない。
"町を汚している者が行方不明ならなかった事件"を。




