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ノット ミッシング(1)


その夜はギルドマスターのカトレアが用意した宿に泊まった。

久しぶりのベッドということもあり、旅の疲れも一気に癒えるものだろうと思っていたが……


「なんなんだよ、あの音!真夜中にさ!」


早朝、宿のロビーでガイは苛立ちをあらわにする。

クロードがため息混じりに答えた。


「まぁ、ほぼ確実に時計塔の鐘の音だろうね」


「"ほぼ"じゃないだろ!どう聞いたって鐘の音だったよ!なんだよ寝てる時に鐘が鳴るって!」


おかしい話だった。

何時かはわからないが、夜も深まる真夜中に"ゴーン"という音が響き渡ったのだ。

それも数分ほどの長いもの。

これにはガイもメイアも起こされた。


メイアは珍しく眠気まなこを擦っている。

鐘の音で起こされたまま、あまり眠れずに朝を迎えたからだ。


「なんで、あんな時間に鳴るんでしょうか?」


その問いに答えたのはロビーのカウンターにいた宿の主人だった。


「ああ、外から来た方はみんなそう言うよ。あれは防犯のためさ」


「防犯ですか?」


「ああ。あの鐘の鳴る時間帯は犯罪が多かったから領主様が調整させたんだよ。最初は住民も嫌がったけどね。でも今となっては慣れたのか、みんな起こされることはないな」


この話に対してはガイが呆れ顔で言った。


「"慣れる"って、それ意味ないんじゃないか……」


「そうでもないさ。コーブライドで事件を起こす奴らの大半は外の人間だったからね。この町の住民でない者が犯罪を犯す間際にあんな音を聞いたら心臓が飛び出るだろ」


宿の主人は笑いながら言った。

確かに真夜中に今から隠れて犯罪を犯そうとする人間が、あれほど大きな音を聞いたら住民が起きてきてしまうと思うだろう。


しかしクロードは疑問に思ったことがあった。

すかさず宿の主人に問いかける。


「しかし同じ時間に鐘が鳴るなら犯罪者だって慣れる可能性があると思うが。それに犯罪者も"住民はもう慣れて起きてこない"とわかってるんじゃないか?」


「私もそう思うんだけどね。それでもあの鐘が鳴るようになってから犯罪はめっきり減って、今では平和なもんだよ。ここ最近は町で人が死んだらまず"老死"か"病死"さ」


クロードはあまり納得がいかず眉を顰めていた。

メイアも首を傾げる。

"光"、"音"、"綺麗な景観"は犯罪を抑制する効果があると思われる……というのを本で読んだ記憶があるが、全く無くなるということがあり得るのだろうか?


「まぁ、でも俺たちは今日この町を出るんだからどうでもいいだろ」


「確かにガイの言う通りだ。町の現状は僕たちには関係ない」


「そうですね。ギルドマスターのところに行きましょうか」


ナイト・ガイのメンバーは宿の外に出た。

少し寒さを感じるが雲一つない空と綺麗な空気で気分はいい。

町はまだ朝方とあってか人通りは少なかった。


3人はギルドの方向へ向かって歩き出す。

通り過ぎる人たちは相変わらずの笑顔で会釈していく。


「やっぱり平和が一番ですね。この町にいたら外に魔物がいることも忘れちゃいそうです」


「全ては秩序造物主オーダー・クリエイターの力か……まさか、ここまで町が変わるなんてね」


「俺はなんか胡散臭く感じるけどな。そもそも犯罪を犯した人間が行方不明になるなんて時点でおかしいだろ」


ガイの言うことはもっともな話だった。

目に見えている平和の裏には行方不明になった人間が多くいる。

それは犯罪者だけでなく"町を汚くしている者"という漠然的な理由にあたる者もだ。


「だが、みなは目をつぶってるのさ。都合のいいことだけを見てれば身の回りは平和でいれるからね」


「町の人たちは"町に不利益をもたらす人間が消えている"というのは認識しているのでしょうか?」


「認識はしてるだろうね。でも消えてるなら、ただ町から引越しただけかもしれない。都合よくそう思ってさえいればいいんだ」


ガイは眉を顰めた。

クロードの話はどうも納得がいかないからだった。


「じゃあ、もし死んでたらどうするんだよ」


「死体が無いんだ。そうなれば"犯人"という概念も存在しない。無理に調べる必要は無いんだよ」


確かに行方不明になっているだけで誰かが死んだというわけでもない。

クロードにとっては特に問題ではない話だったのだ。


そんな会話をしていると、前から猛スピードで馬が走ってくる。

乗っているのは銀色の鎧を纏った女性の騎士のようだった。

背後には数人の騎士がやはり馬に跨って女騎士を追いかけるように走る。

騎士たちはナイト・ガイのメンバーとすれ違うと真っ直ぐに時計塔の方へと向かっていった。


3人は立ち止まって振り向く。

騎士たちはもう見えなくなっていた。


「何かあったのかしら?」


「さぁ、でも僕らには関係ないだろう」


「早くこの町を出た方がよさそうだな。面倒には巻き込まれてたくないし」


そう言ってギルドへと向かおうとする3人の足を止めたのは、町の住民の会話する声だった。


初老の男性と老婆の会話だ。


「まさか飛び降りなんてな……」


「悲しいわね……あの子のことは赤ん坊の頃から見てきたのに」


「小さな町ではあるが、こんな町のギルドでもおさなんて重圧でしかなかったんだろう。父親のこともあるしな」


「せっかく平和になったと思ったのに……またこんなことが起こるなんて」


男性と老婆の沈んだ表情を見た3人はすぐに顔を見合わせた。

この会話で一体、誰の身に何が起こったのか悟ってしまったからだった。


ナイト・ガイのメンバーは騎士団が向かったであろう時計塔へと走った。

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