不意な依頼
コーブライド
冒険者ギルド
クロードとメイア、ガイが誰もいなくなったギルド内を歩く。
向かう先はギルドの受付だった。
受付の女性は気づいて笑顔を向ける。
3人がカウンターに到達する前に口を開いた。
「こんにちわ。どのようなご用件でしょうか?」
清潔感のある白ワイシャツに紺色のベストとパンツを履いた綺麗な女性だ。
対応したのは先頭にいたクロード。
ボロボロのローブの中を探り、一枚の手紙を取り出すと受付に渡した。
「ギルドマスターに会いたい。紹介状もある」
受付の女性は手紙の宛名を確認する。
すると先ほどまでの笑顔が消え、気まずい表情を浮かべた。
「申し訳ありませんが、宛名にある"クライド"は現在のギルドマスターではありません」
「やはりか」
この情報はここに来る時に会った御者の話でわかってはいた。
現在のギルドマスターはアッシュとの貸し借りがある人物とは違う。
「なら裏を見てくれ」
「はい?」
受付の女性は手紙の裏を見た。
差出人の名は無く、ただ封蝋をしているだけだ。
「これが何か?」
「その封蝋の家紋をギルドマスターに見せて、もしも無反応であれば僕たちは帰るよ」
「はぁ……」
受付の女性は首を傾げてから、"少々お待ちください"と言って席を外した。
カウンターから出て、掲示板の真裏にある階段から二階へ登っていった。
「大丈夫なのかよ」
「さぁ、どうだろうね。現在のギルドマスターがアッシュ団長と貸し借りがあるわけではない。これは言わば賭けのようなものさ」
クロードが言いかけると先ほどとは打って変わり、大きな音を立てて階段を駆け降りる女性。
かなり慌てている様子が見てとれる。
「も、申し訳ありませんでした!ギルドマスターがお会いしたいとのことです!」
「それはよかった」
受付の女性の対応に笑顔を向けるクロード。
女性の案内は"こちらへどうぞ"とかしこまった素ぶりを見せる。
ガイとメイアは安堵しつつ、クロードの後に続いて2階へと上がった。
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2階には向かい合わせで二つ部屋があった。
その片方の一室に3人は案内される。
部屋に入ってすぐの中央にはテーブルを挟んで2人掛けのソファが対面に置かれ、奥には大きめの机がある。
壁には武具が多く飾られているが、どれもホコリが目立っており、手入れされていないことは一目でわかった。
さらに隣にも部屋があるようで横に扉がある。
中央のソファに座る1人の女性はガイたちが部屋に入ると鋭い視線を向けた。
オレンジ色のベリーショートヘア。
白いワイシャツ、ブラウンのパンツと軽装だ。
顔つきから判断するに20代半ばといったところか。
受付の女性は軽く会釈すると部屋を出て行った。
それを見送るとソファに座った女性が立ち上がり様に口を開いた。
「君たちがナイト・ガイか。私がコーブライドのギルドマスターであるカトレアよ」
そう言ってカトレアは3人に向き合う。
「ずいぶんと若いギルドマスターだね。あの手紙を読んで僕らを通すということは前ギルドマスターと関係者と見るが、どうかな?」
「さすが"噂に名高いナイト・ガイ"ね。優秀な軍師がいると聞いたけど、あなたがそうなのかしら?」
「"軍師"とは大仰だ。僕はただの後方担当さ。それよりも質問に答えてもらってないが」
「すまない。あなたの言う通り私は前ギルドマスターの娘よ」
「なるほど。それで……僕らを通した訳を知りたい。君はアンスアイゼン家には関係ないだろ」
この話の内容からすればアッシュから借りがあるのはカトレアの父親ということになる。
カトレア自身には手紙は無関係のはずだ。
「借りの話なら、あなた達がこの街に入ったことで返したわ。この手紙には君たちはまだCランクとある。この町に入ることは許されない」
「暴論だな。町の出入りを管理しているのは王宮騎士だろ」
「今はそうじゃない」
「どういう意味だ?」
「この街を支配しているのは王宮騎士でもギルドでもなければ領主ですらない」
意味のわからない発言だった。
町を広く管理しているのは領主。
警護を担当するのが王宮騎士。
王宮騎士が及ばぬような汚れ仕事を引き受けるのがギルド……というのは一般的な構図なのだ。
「なら、一体誰が支配しているんだ?」
「秩序造物主よ」
「聞いたことがないな。それは誰なんだ?」
「誰も知らない。謎なのよ」
「誰も知らないのに、なぜ支配しているとわかる?」
カトレアの表情は曇った。
そしてため息混じりに口を開く。
「話すと長くなるけど、数ヶ月前にギルドに妙な依頼が来たのよ。依頼主は秩序造物主という偽名を使って出していた」
「妙な依頼とは?」
「内容は"町のゴミ掃除"だった」
「ゴミ掃除とは……単なるゴミ拾いのことか?」
「そうよ。誰もやらなそうだと思ったでしょ?けど、この依頼の報酬額が"十万ゼク"だったのよ」
ありえない報酬額だった。
ガイたちが最初に受けた討伐依頼、ベオウルフ討伐の報酬額が三万ゼク。
それでも大金ではあるが、それを軽く超えている。
「なんだ、その額は……」
「ここにいた冒険者はみんなそう思った。何か裏があるんじゃないかともね。でも試しに受けた者がいて一週間ほどかけて街のゴミ拾いをした。するとギルドに十万ゼクが届いた」
「……」
「その次にきた依頼は古い家屋の補修だった。これも報酬額が高額だったから冒険者が殺到したのよ。冒険者の中にはそういうのが得意な人間は多いからね」
「ちょっと待ってくれ、この街の古い家屋を全て補修したのか?」
「ええ。かなり時間はかかったけど。何組かの冒険者パーティが手分けしてやって、報酬も山分けしてたわね」
「なるほど。だからこんなに街が綺麗なのか」
「でも、それは最初だけだった」
「どういうことだ?」
「この街は治安は想像以上に悪かった。各所で窃盗や強盗、殺人なんて当たり前で日が沈む頃にはもう外を出歩く住民なんていないほど。その影響もあってかすぐにまた同じように汚くなり始めた。それで私の父と駐在していた騎士団との衝突が多くなり始めた時に、異常な依頼が来たのよ」
「どんな内容なんだ?」
「"街を汚くしている人間を見かけたら捕縛しろ"というものよ」
「シンプルだな。異常……とは思えんが」
「異常なのはこの依頼の報酬額。"町を汚くしている者を見つけて捕縛したら一人につき一千万ゼク"」
ガイとメイアは空いた口が塞がらなかった。
クロードですらも眉を顰めて思考する。
「これで劇的に町は変わった」
「だろうな。一千万ゼクなんて大金を貰えるなら皆がこぞってやるだろう」
「ええ。冒険者も町の住民も騎士団ですら協力したわ。でも問題もあった。なぜか捕縛された人間が行方不明になるのよ」
「行方不明……ということは、まさか」
「ええ。察しがいいわね。その"まさか"よ。私の父も騎士団の責任者も捕縛された。くだらない言い争いで街を汚くしていると見られたみたい。でも皮肉なことに、それが決定的となって町は平和になった」
カトレアが苦笑いを浮かべる。
決して笑い事ではないが、ずっと悩んでいた町の治安がただの高額依頼によって解決されたことが滑稽に見えたのだ。
「君の口ぶりと表情を見ると、現状に満足いっていないように見えるのは気のせいかな?」
「ご明察。確かに町は平和になった。でもなぜか今でも人が消えるのよ」
「捕縛の依頼とは関係無しにか?」
「ええ」
「消えてる人間の特徴は?」
「どうやら、何らかの理由でこの街から離れようとする住民が行方不明になるみたい。商人や旅人、冒険者とかは関係無いようね」
「なるほどな。なら僕たちは関係ないな。ギルドの掲示板を見たが、稼げそうな町ではないようだからこれで失礼するよ」
それにはガイとメイアも納得した。
元々、この町に来た理由はギルドでの依頼をこなして稼ぐことだったからだ。
「それなら私から依頼しても?」
「まさかギルドマスター直々の依頼とはね。僕らを通したのもそれが理由かい?」
「ええ。ナイト・ガイというパーティは"知もあり武もある"と噂に名高い。そんなパーティなら安心して頼める」
「僕らはCランクだが」
「今この場でBに上げる。さらに今回の依頼を完遂できればAランクに上げて、報償金も私の全財産を渡すわ。一千万とはいかないけど、近いくらいの金額は持ってる」
「裏がありそうだな」
「裏があっても、とても魅力的な依頼だと思うけど」
クロードは後方に立つガイに視線を送った。
それに気づいたガイは静かに頷く。
あまりにも唐突な出来事に警戒心を強めてはいるがカトレアの真剣な表情を見て、話を聞くことにしたのだ。
「依頼内容を聞いて判断する」
「構わないわ。私からの依頼は、"ある女性の護衛"よ。この女性を王都まで連れて行ってほしい」
「その女性とは誰なんだ?」
「言えない。また明日来てくれたら紹介するわ」
「なぜ他の冒険者に頼まない?」
「信用できないから。外から来た冒険者で、さらにアンスアイゼン家の紹介とあれば誰よりも信用に値する」
「推測するに、君はその女性とやらもこの町の住人と判断されて消える可能性を考えているのか。そして、ここに滞在している冒険者の中に秩序造物主がいるんじゃないかと疑っている。報酬金額から判断するに護衛対象の女性の地位は相当なものと考えられるな」
「本当に頭がキレるわね。でも、これ以上に彼女の素性を探ることを禁ずるわ。この依頼を受ける最大条件よ」
「まぁ、最後に決めるのはリーダーだ」
クロードは再びガイに視線を送った。
決断しなければならないが、どうも裏が気になった。
「なら……明日、その女の人に会ってから決めよう。変な奴だったら断る」
「リーダーがそう言うなら。メイアもそれでいいかい?」
「私も異論は無いです」
3人の意見は一致した。
カトレアは笑みを浮かべながら、部屋を出ていくナイト・ガイのメンバーたちを見送った。
部屋に残ったカトレアは深呼吸すると武具が並べられた壁の間にある扉の方へ向かって口を開いた。
「彼らの中にいましたか?」
その言葉に反応するように扉が開く。
中から出てきたのは純白のローブを身を包みフードを深く被った者だった。
「ようやく来ましたね」
笑みを含むように言った。
まるで少女のように幼い声に聞こえる。
「やはり、そうですか……」
「ええ、間違いない。"炎の男"だわ」
そう言って深く被っていたフードを脱いだ。
やはり姿は少女だった。
薄い桃色の短い髪を集めて後ろに結っている。
とても美しい容姿で"絶世"と形容しても差し支えない。
その瞳は希望に満ち溢れ、どこか遠く未来を見ているかのようだった。




