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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
フレイム・ビースト編
172/250

黒い兎は死んだ


ヨルデアン 最北の森林地帯



暗闇の中をゆっくりと歩く者がいた。

一歩一歩、ギシギシと音を立てて積もった雪を踏み締める。

斬られた腕からは血が滴って雪を真っ赤に染め上げていた。


数時間は歩いたか。

森林地帯に入ったあたりで、体の限界を迎えて前に倒れ込むようにして両膝を膝をつく。

最後の力を振り絞って体を大木へ寄せ、全てを委ねた。


真っ赤な瞳で空を見る。

満天の星空がヨルデアン全体を照らしていた。

この地方であまりない雲一つ無い空だった。


「まさか……俺があんなガキに負けるとは……」


そう言って笑みをこぼす。

絶望感や悲壮感など全くない。

不思議にも清々しい気持ちに驚かされた。


他の非戦闘メンバーは子供たちと一緒に南へとバラバラに逃した。

考えることはもう何もない。


「何一つ心残りは無い……いや、たった一つだけあるか」


その言葉を口にすると、どこからともなくギシギシと雪を踏み締める音が聞こえてくる。


"追手が来たのか?"


そう思った矢先に声がした。

若さを感じる青年の声だった。


「ずいぶんと久しぶりだね。ゾルア・ガウス」


「……やはり貴様が裏で動いていたか」


「裏で動いているのは君の方だろ。グレイグもそうだ。イザークとケイレブの件、気づいていたかい?」


「なんのことだ?」


「彼らは"逆スパイ"だ。グレイグ側の人間なんだよ」


「やはりな」


「気づいていて二人をこのヨルデアンのアジトに出入りさせていたのか。ずいぶんとリスキーな真似をするね」


「不利を背負わなければ成し遂げられないこともある。グレイグだってそれは百も承知さ」


「君の目的はなんだ?」


確信に迫る質問だった。

ゾルアはニヤリと笑って答える。


「世界に秩序をもたらすことだ。言わば"平和"ってやつだな」


「争いが好きな君から出る言葉とは思えないな」


「長く生きていれば考え方だって変わる。確かに戦いは好きだ。それに仲間を信頼することなんてないのは昔とは変わらん。ただ無意味に死んでいく弱い存在を見るのはどうも耐えられないようだ」


「"弱い存在"とは子供のことか?」


「まぁ、そうなるな」


「グレイグも同じ考えなのか?」


「さぁな。やつのことは知らん」


青年はため息をついた。

寒さゆえに白い煙が宙を舞い、すぐに消える。


「果たして平和なんて必要なのかな?」


「なんだと?」


「僕はね、秩序をもたらすためには"混沌"が必要だと思ってるんだ」


ゾルアは意味がわからず眉を顰める。

この男が一体何を考えているのか全く理解できない。


「もし魔王も魔物もいない、争いもない世界であったら人間ってのは"つまらなくなる"と思うんだ」


「意味がわからん」


「魔物がいなくなったら冒険者は何で稼ぐんだ?犯罪が無くなったら騎士団はどう生きる?人間というのはね、人生の中で無くなることのない永続的な目的があって初めて幸せになるのさ」


「それが混沌だと?」


「そう。人は戦い続け、思考し続けて成長していく。すべてが争いから生まれ、争いに帰るんだ。それが混沌であり、僕が最も愛するものなのさ」


「……」


「だから、君に一つ提案がある」


「提案?」


「ああ。彼を葬った場所……"あの城"のあるじにならないか?」


ゾルアがその発言を聞いた瞬間、全てが繋がった気がした。

自分が今まで疑問に思っていたことだ。


「そうか、そういうことだったのか!!お前はそうやって今まで何度も何度も……!!」


真っ赤な瞳で青年を睨んだ。

波動を発動させたいが、それができなかった。

思い出したかのようにポケットに手を入れて、ある物を取り出した。


「こんなもので負けるとはな!!」


ゾルアは"それ"を青年に向かって投げつける。

だが思った以上に力が入らず、"それ"は空を切って雪の上に落ちた。


「答えを聞こうかゾルア・ガウス。君ならやってのけることができると僕は思う」


「やらなければどうなると言うんだ?」


「ここで君の命は終わる」


なんの感情もない言葉を聞いたゾルアは俯く。

そして、すぐに笑みを溢した。


「ふふふ……はははははははは!!」


「……」


「くたばれ」


ゾルアの体から体温が徐々に失われていった。

真紅の髪も真っ白になっていく。

そしてみるみるうちに白骨化した。


「残念だね。カリムスにこの提案をした時は泣きわめきながら頭を下げてきたが……やはり武人とは厄介な生き物だ」


そう言って青年は足元にあるゾルアが投げた物を拾った。


「そういえば記憶のことを聞きそびれたな。まぁいい、グレイグに会ったら聞けばいいことだ」


青年はその場を後にした。

満天の星が見えていたはずの空は瞬く間に厚い雲で覆われた。


すぐに猛吹雪となり強い風が吹く。

重さを失ったゾルアの体は簡単に崩れた。

ブラック・ラビットの皮で作られた漆黒のコートは暴風に靡いてどこかに消えた。

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