赤い閃光
北部ヨルデアン
洞窟を出たガイとローゼルは広がる雪原地帯にある2つの影を見た。
数百メートル先に立つ男女だった。
1人は先ほどまで捕虜であった大男ホロ。
そしてもう1人は妖艶な笑みを浮かべる女性。
「お、お前は……」
「あら少年君、久しぶりね」
長い黒髪に紫色のスリットの入ったドレスに黒い防寒着を羽織る女性。
格好は違えど、その姿には見覚えがあった。
「セリーナ……」
「覚えてくれてて嬉しいわ。それよりもその後ろの女は新しい彼女?にしては少し老けすぎてる気がするけど」
「失礼ですね、まだ私は二十代です。あなたこそ相当に老けて見えますが」
「言ってくれるじゃないの」
セリーナから笑みは消え、ローゼルを鋭い眼光で睨む。
2人のやり取りに構うことなくガイはセリーナに向かって叫んだ。
「ローラはどうした!!」
「さぁ?もしかしたらもう死んでるかも」
その言葉を聞いた瞬間、ガイは雪が積もった地面を勢いよく蹴ってダッシュした。
瞳が真っ赤に染まり、真紅の歪な線を作って疾走する。
セリーナは驚愕した表情を浮かべ、すぐに口を開く。
「あれはマズイ!ホロ!」
「了解」
セリーナが下がってホロが前に出た。
そしてガイへ向けて突き出される右掌。
「狂風爪・隠」
ホロは開かれた手を力強く握る動作をすると、正面で爆風が巻き起こり"何か"がガイへ向かって飛んだ。
その正体は肉眼で捉えることができず、何なのかわからない。
しかし見開かれた真っ赤な眼光のガイには全てが見えていた。
走っている最中、左右にサイドステップしてホロの攻撃を簡単に回避する。
再度、右手を広げたホロ。
それを見たガイは左腰のダガーのグリップを逆手で握ると横に斬撃するようにして引き抜く。
その動作はダガーの遠投だった。
ダガーは高速回転してホロへと向かう。
ホロはガイの動きに動揺しつつも思考した。
波動を使うべきか、物理的に防御するべきか?
ホロが使う波動は人間の目に見えない攻撃だ。
その分、波動操作が複雑で展開に時間が掛かる。
もう一度、使ったとしてもガイが目の前に来た後の対応に難が出るだろう。
全てを考慮したホロはダガーをクロスガードで防いだ。
ホロの腕に当たって弾かれたダガーが宙を舞う。
ガイがホロに到達した。
雪の大地に踏み締められた左足、そして右腰のダガーのグリップを逆手で持つと、すぐさま引き抜いて横方向へと斬撃を放つ。
ここまで数秒足らずの出来事だった。
「そうはいかないわよ」
ホロの後方に立つセリーナが言った。
ガイの腕に違和感があった。
横切りしたダガーが途中で止まって動かない。
右腕を見ると長い髪の毛が巻きついていて後ろへと引っ張りガイの攻撃をかろうじて止めていた。
「なぜ波動を使わないのかはわからないけど、ワイルド・ナインであろうと波動が使えないんじゃ、普通の人間と同じだわ」
勝ち目はあると踏んだセリーナは一気に波動を髪の毛に流し込むと徐々に雷撃が走り始める。
しかし、その瞬間にガイが遠投して弾かれたダガーが空中で軌道を変えて高速回転しながら巻きついていた髪を切断した。
ガイの後方に立つローゼルの風の波動だった。
怒りによってセリーナのこめかみに血管か浮き出る。
「邪魔な女ね」
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししますよ」
ローゼルとセリーナの視線がぶつかる中、ガイの斬撃は振り抜かれた。
ホロはクロスガードを崩しておらず、ガイのダガーは二の腕付近へと直撃する。
「ぐぅ!!」
奥歯を噛み締めるホロ。
セリーナのアシストによってスピードが落ちたはずの攻撃だったが、この痛みを思うに恐らく腕の骨が砕けている。
ホロの武具は鉄甲であるが、それを貫通するほどの衝撃がガイの攻撃から放たれていたのだ。
時間差で鉄と鉄がぶつかった高音が鳴り響くと、ガイのダガーが一方的に砕けて腕を振り抜かせた。
その勢いで瞬時に体を回転させて回し蹴り。
ダガーでの攻撃によるダメージがあったせいか、ホロのクロスガードは簡単に崩れて仰反る。
するとガイの後方から弓矢が猛スピードで飛び、それがホロの胸に突き刺さった。
「がぁ……」
前に倒れ込むホロをかわして、さらに前に出る。
赤い閃光は直線を描いてセリーナへと向かった。
「なんという強さ……やはり、その"赤眼"は……」
セリーナは地面に手のひらを当てる。
彼女の動きは"闘気"によって手に取るようにわかった。
"このまま波動を発動させて目眩しで逃げる"
セリーナの思考は早く、波動の発動もスムーズにおこなわれるかに見えたが、その前に肩に突き刺さるダガー。
ガイがセリーナの動きを読んで遠投していたものだった。
「ぐぅ!!」
悲痛の表情を浮かべるセリーナはバックステップするが、ガイのさらなる追撃。
渾身の左拳でのボディブロー。
通り過ぎ様に放たれた一撃はセリーナの胸付近に直撃し、一瞬にして意識を飛ばした。
スピードによるものなのか後からズドン!という轟音が衝撃波と共に雪原に広がる。
そのまま振り抜かれた拳によってセリーナの体は雪の上を転がった。
ガイの瞳の色はみるみる黒色へと戻る。
しかし雪の上にうつ伏せに倒れたセリーナに向けられる眼光は未だに鋭かった。




