獄炎(2)
時刻は夕刻に近い曇り空。
少し雪の降る森林の中、開けた場所での戦闘だった。
"獄炎"と名乗った男を取り囲むようにしている数十を超える土の人形。
アイヴィーの合図と共に、それらは鋭利な爪を尖らせて一斉に男に襲いかかった。
読み通りであれば成す術なく終わる。
だが男の不適な笑みを見るに何か策があるように思えた。
男は首を左右に動かして土の人形を確認する。
「数は四十六か。まぁ、いけるだろう」
そう言うと、すぐさま左手に持った漆黒の杖を正面へとかざす。
「"獄炎剣・絶"」
一瞬にして炎を纏った漆黒の杖。
男はそのまま杖を腰に構えると勢いよく地面へ向けてナックルガードを打ちつける。
ドン!という轟音が鳴り響くと同時に熱波が広がった。
衝撃によって四方八方と地面に亀裂が入り、そこから炎の剣が突き上がる。
それら全ては的確に土の人形の心臓部分を貫き、瞬く間に燃え上がらせて灰にした。
一部始終を見ていたアイヴィーは唖然とする。
「ありえないわ……」
あの一瞬で土人形の数を完璧に把握して、"それと同じ数の炎の剣"で攻撃。
しかも、それは全ての土人形に直撃した。
バラバラの位置で動いている無数の土人形に対して、全ての攻撃を一発で命中させる精度。
この攻撃には敵であるアイヴィーでさえ"美しい"と思った。
「波動使い自身の力もある。それと同時に貴方が持ってる"武具"が確実にその力に影響を及ぼしている」
「いい洞察力だな」
「洞察力も何もない。貴方の武具は目立ちすぎる。そんな"邪悪"を感じさせる武具は見たことがないわ」
「俺もこんなもの持ちたくはないんだ。不本意ではあるが……まぁ、それが"危険条件"に繋がってるんだろうね。君もそうだろ?」
「まさか波動をそこまで熟知しているなんて……」
倒れるローラは意味がわからず眉を顰めた。
リスキーコンディションなんて言葉は聞いたことがない。
「わざわざ本のページを捲ってから波動を発動するなんて意味のない行動だろう」
「この行動は私は強くさせるのよ」
「俺だって同じさ。この杖は元々、俺のじゃない。"憎むべき裏切り者"の武具だ」
「裏切り者?」
「そうさ。"ヤツ"は俺に全てを与え、そして最後にそれを全て奪った。そんな"ヤツ"の武具なんて使いたくはないが、なぜか俺の波動によく馴染むんだ」
「……」
「頭のいい君ならもうわかったと思うが、君では俺には勝てないよ」
「それでも私は引くわけにはいかない」
「これだけ俺の炎を見ても戦意喪失していないとは……気に入った。なら次は俺から行くか」
そう言って男は体勢を低くすると力強く地面を蹴る。
凄まじいスピードでアイヴィーとの距離を縮めた。
「遠距離型じゃないの!?」
「誰がそう言った?こう見えても俺は"オールラウンダー"なんだ」
「"55ページ・土の大盾"!!」
アイヴィーはバックステップと同時に巨大な土の壁を正面に作る。
男はお構いなしに踏み込み、その際に地面に杖先を突き立てると勢いよく擦りつける。
漆黒の杖は火花を散らし、振り上げる頃には炎を纏っていた。
「"獄炎剣・翔"」
男が立ち止まった瞬間に振り上げられた杖から放たれるのは炎の斬撃。
炎は土壁を一瞬で燃え上がらせた。
だが、土壁は炎に包まれただけで原型はまだ留めている。
「波動数値を重ねたようだな。なかなかの硬さだ。なら、もう一ついくぜ」
男はもう一歩前へ踏み込み、杖を腰に構えスーと息を吐いて筋肉を最大まで引き締めた。
「"獄炎波"」
突き出された左拳。
漆黒の杖のナックルガードは土壁を直撃した。
土壁を中心として熱波が広がると炎もそれに続いて展開する。
さらに熱の波が数回にわたって発生し、その衝撃によって土壁は崩れ去った。
土煙の中から姿を見せたアイヴィー。
その周りには4本の土の槍。
視界を遮り、相手の攻撃の隙を狙った不意打ちだった。
「"槍射"……!!」
土の槍は高速で発射された。
男との距離はたった数メートルしかない。
恐らく数秒もせずに直撃する。
男の体勢は左拳を振り抜いた状態だ。
これならガードも回避も難しいだろう。
「発想は悪くない。だが、それだけじゃあ足りないな」
そう言ってニヤリと笑い。
振り抜いた左拳と交差するように素早く右手を前へ出すと親指に乗せた石を空中へ向けて弾いた。
石は先ほど同様、波動石だ。
そして裏拳を石に当てて飛ばす。
勢いよく飛ぶ波動石は燃え上がり、土槍の一つに当たると大爆発を起こした。
爆炎は意思を持ったかのように4本の土槍を燃やし尽くした。
爆発の衝撃でアイヴィーは後方へと吹き飛んで地面にを転がる。
少し間があって煙が強風で消える頃、アイヴィーは片膝をついて立ちあがろうとしていた。
「これでわかったろ?」
「ええ……貴方が私を殺す気がないということはわかったわ」
「なぜだ?」
「殺す気なら最初にやってるもの。これだってそう。あなたは一番最初に波動石をローブから取り出した時、"二つ"握っていた。一つ目が外れても二つ目を連続して放てば私は死んでる」
「この技はどうしても大振りにのるんでね。攻撃と防御の二段構えさ。でも君のことを燃やしたくないのは事実だ。さっきも言ったが故郷の妹も同じぐらいと歳なんでね。正直、このまま引いてくれれば俺としては気持ちは楽だ」
「そうもいかな……」
アイヴィーが言いかけてやめた。
驚いた表情で見ているのは男の方ではなく、その後方だった。
男もすぐに振り向き、アイヴィーが視線を送る方を見た。
そこにいたのは"生首"の髪を無造作に掴んでいる若い"白髪の男"だった。
倒れて動けずにいたローラもようやく立ち上がると、その白髪の男を見た。
「レイ……じゃない」
「まさか……"アイザック"なの?」
「なんでこうなった?わからん……わからない。こいつが悪いんだよ。俺を……俺を裏切り者だと言うんだ……気に食わねぇよ」
アイザックと呼ばれた男は自分の頭を自らの拳で強く殴ている。
しばらくするとそれを止め、怒りに満ちた顔が無表情に変わると持っていた生首を地面に放る。
そして鋭い眼光でアイヴィーを凝視した。
「お前も……俺が裏切り者だと言うのか?」
「わ、私は……」
アイヴィーにはアイザックが持っていた生首の正体はわかっていた。
それは間違いなくカッツェだ。
アイザックという男はカッツェよりも強い。
いや、それだけではなくボスが言うにはワイルド・ナインに匹敵するほどの強さであるとのこと。
「アイヴィー……お前を殺して、俺に疑いをかけたボスも殺してやるよ」
表情に感情はないが凄まじい殺気だった。
アイヴィーもローラも、このアイザックという人物の圧に震えて全く動けなくなっていた。
そんな時に口を開いたのは獄炎の男だ。
「つくづく状況がわからんな。だが、お前はここで止めなければならい気がする。俺の勘がそう言ってるよ」
「俺を……邪魔する気か?」
「ああ。だったらどうする?」
「お前から先に殺してやるよ」
「面白いね。やってみな」
アイザックの言葉にニヤリと笑った獄炎の男は、わざとかはわからないがアイヴィーを守るような形で立った。
2人の睨み合いは、そう長く続かず。
戦闘はすぐさま開始された。




