獄炎(1)
雪の森林の中、その開けた広い場所。
中央には土でできたドームがあり、シグルスが閉じ込められていた。
少し先にはローラが雪の上にはうつ伏せに倒れており、かろうじて動く首をあげて数メートル先の少女を凝視している。
少女の名はアイヴィー。
ブラック・ラビットのメンバーだ。
アイヴィーが見つめているのはローラではない。
その後方に位置する場所にいる"男"だった。
「フレイム……ビーストの獄炎?」
アイヴィーが眉を顰めて呟く。
"男"はゆっくりと雪を踏み締めて前に出た。
だんだんと中央にいるローラに近づいているようだ。
「知らないならいいさ。俺の炎に焼かれたくなかったら、ここで引くことをオススメするよ。できることなら君のような娘とは戦いたくないんでね」
「どういう意味かしら?」
「弟と妹がいるんだ。今は君と同じぐらいかな」
「そう。でも私は引かないわよ。必ず任務を完遂する」
「任務とは、この子を殺すことか?」
倒れているローラを通り過ぎた男。
その姿はボロボロのグレーのローブを着た短髪の赤髪の若い男だった。
最初はゾルアを想像したが、この男の赤髪には少し銀色が混ざっていて光が反射している。
背丈も恐らくゾルアよりも高い。
左手に持っているのは真っ黒な中型の杖のようだが、なぜか"ナックルガード"がついていた。
杖の頭の部分には丸い波動石が埋め込まれているが、その色は真っ黒でほんの少しだけ赤みがかった異様なものだった。
ローラの前で止まった"獄炎"と名乗った男は笑みを浮かべているようだが眼光は鋭い。
しかし、そんな男の目を見てもアイヴィーは顔色を変えることなく言った。
「ええ。ボスの命令だから」
「そうか。それならやるしかないな」
そう言った瞬間、男の体を中心として凄まじい爆発音と共に円形状に熱波が広がる。
熱波はこの場所に積もっていた雪を完全に溶かし、蒸発させてしまった。
完全に土色の地面があらわとなり、そこはまさにバトルフィールドと言っても差し支えない。
だが不思議なことに、この熱波によって人体には何の影響もなく、ローラもアイヴィーも無事だった。
「これなら、お互い戦いやすいだろ」
「なんと精密な波動操作なの……」
「手加減してやらないと、この森林全て燃やし尽くしちまうからな」
「これが手加減……?」
アイヴィーは息を呑んだ。
人へのダメージが皆無の熱波によって積もった雪を全て蒸発させてしまった。
さらに周囲を見るに木々は所々、焼け焦げている。
ありえないほど精密な波動操作だった。
アイヴィーのボスであるゾルア・ガウスも炎を使うが力の操作は"大から中、または小"というような単純な加減しかできない。
だが恐らく、この男は人間を巻き込まないように波動を波のように放った。
波動がちょうどローラやアイヴィーが立つ場所に到達する頃に波動数値が最も低くなるように操作している。
その証拠にローラとアイヴィーがいる場所だけには雪が少し残っていた。
「どうした、今ので怖気付いたか?」
「まさか。邪魔するなら、あなたから殺すわ」
「その勇ましさは評価するが、君は俺には勝てないさ」
「なぜかしら?」
「こう見えても俺は"天才"らしいからな」
男はローブの右手を入れて胸元をゴソゴソと探ると、何かを取り出した。
数百メートル先のアイヴィーが目を細めて見ると、男の手のひらにあったのは"白い石"だ。
「波動石?」
「そこを一歩も動くなよ。一発目はサービスだ」
そう言って男は波動石を親指に乗せるとコインを弾くようにして空中へと上げた。
瞬間、左手に持っていた黒い杖が炎で包まれる。
そのまま左足を後方へと下げ、体の重心を落として杖を左腰に構えた。
「"獄炎弾"」
ちょうど浮かせた波動石が目元あたりに差し掛かった時、男は腰に溜めた杖を一気に前へ突き出した。
放ったのは左ストレート。
持っていた杖のナックルガードで波動石を殴ったのだ。
波動石は瞬時に真っ赤に染まって炎を纏うと凄まじいスピードでアイヴィーへ向かって飛んだ。
そのままアイヴィーの頬をかすめて波動石は彼女の後方にある大木に着弾した。
衝撃で熱波が広がると一瞬で木々は灰となるが、その範囲は半径数百メートルにも及んだ。
時間差で振り向くアイヴィーは視界の広がった森を見て唖然とした。
もし直撃していれば体が燃えるどころでは済まない。
恐らく塵すらも残らなかっただろう。
「よそ見してる暇あるのか?次は当てるぜ」
その発言に再び男を見たアイヴィーはすぐに行動した。
両腕に抱えた大きな本を広げる。
パラパラとめくれるページが止まると同時にアイヴィーが口を開いた。
「"98ページ・土の歩兵"」
すると男の周りに数十体の土で模られた人形が地面から這い上がるようにして現れる。
男を取り囲むような状態だった。
その人形たちを見た男はニヤリと笑う。
「俺の持っている武具と今の攻撃での判断だろうが……まだまだ若いな」
アイヴィーは苛立ちからか、こめかみがピクリと動いた。
アイヴィーの読みとしてはこうだ。
この男の持つ武具は杖であり、今の攻撃を見るに遠距離型。
さらに正面へ一直線の攻撃は威力は高くハイスピードではあるが単純なため相手を囲うようにすれば対処できる。
それがアイヴィーの考えだったが、まさか逆に読まれているのか?
「これに対抗できるとするなら、さっきの熱を周りに放つ波動であるけど今の状況で使えるとは思えない。この数の敵を処理して、その女を守るなんていう精密な波動操作ができるかしら?」
「なら、かかってきたらいい。俺の"炎"を見せてやるだけだ」
不適な笑みを見せる男にアイヴィーは怒りが頂点に達した。
アイヴィーが片手を前にかざすと土の人形たちは一斉に走り出して中央にいる男へと向った。




