雷閃のデュオス
空は厚い雲に覆われ全く見えず、雪はパラパラと降り続けていた。
森林内は地面が見えないほど雪が積もっていた。
飛び散った血液によって雪が真っ赤に染まる。
そして切断されたレイの右腕は時間差で落ちた。
悲痛な表情を浮かべながら切断された腕を強く握って止血する。
あまりの激痛に片膝をついたレイだったが、すぐに口を開いた。
「カッツェか……何故こんな真似を……」
空へ向かうようにして真っ直ぐに突き上がった鉄鎖は力が抜けたように地面に落ちる。
そしてジャラジャラという金属音を立てて積もった雪を削りながら引き戻され、森の中に消えていった。
「まさかワタシの鎖を回避するとはねぇ。強くなったものだな」
どこからともなく声がした。
この場所は木々で囲まれているため声の主がどこにいるのかわからない。
「なぜ、こんなのことをするのかと聞いている!!ローラを殺すつもりだったろ!!」
「ボスからの命令。あの小娘は死神のパーティメンバーなんだってさ。レイ……お前、それを知っていて連れて来たな?」
「一体なんのことだ……彼女が死神のパーティだと?」
「とぼけるな。元王宮騎士なぞ仲間にするからこうなる。連れて帰るのはシグルスだけでいい。貴様は抵抗の末に死んだとボスに伝えるよ」
「私と……戦う気か?」
「レイ。君はずっとボスの後ろについて歩いていたから強くなった気でいるようだが、貴様なぞワタシの敵ではないよ。気づいているだろう?"地の利"は得ている」
「……確かに、この場所では不利だな」
周囲を見渡す。
ここは木々に囲まれた森林。
カッツェの戦闘スタイルにはうってつけのロケーションで間違いない。
再び金属音が鳴る。
あたかも蛇が獲物を狙い、尾を振動させているようだ。
レイは即座に立ち上がると大木を背負った。
四方の警戒を最低限にするためだ。
後方からの攻撃は反応が遅れて致命傷になりかねない。
「そんな場所にいてもいいのかい?」
どこからともなく聞こえるカッツェの声。
その瞬間、金属音が一気に動き出した。
地面から横に一直線に伸びる鎖が、積もった雪の中から現れてレイの胴体まで浮き上がる。
鎖はレイと大木を包むように輪を作っており、一瞬にして左右に引っ張られた。
そして鎖は甲高い金属音と共にレイの体と大木を結びつけて完全なる拘束をする。
「このまま大木ごと胴体を真っ二つにして差し上げましょう」
「が、がはぁ」
左右への引っ張りが徐々に強くなる。
鎖はレイの体に食い込み始め、さらに大木はミシミシと音を立てていた。
呼吸もままならない状況だったが、レイは力を振り絞って呟くように言った。
「デュオス……頼む……」
その瞬間、上空の雲の間を抜けて歪な閃光が地面に落ちた。
ズドン!という轟音と共に大木は粉砕される。
舞い上がる雪の粉塵で視界が悪い。
「人格を入れ替えたか。あなたとは初めてですね」
「そうだね。でも"僕"は君のことをよく知ってるよ。あまりいい人間ではないね」
「初めてだというのに、これまた失礼な……」
「失礼は君の方だろう。さっきの口ぶりだとボスの命令を無視して僕を殺そうとしてるね。それはボスへの侮辱と取るよ」
「どうぞご勝手に。どちらにせよ、どんな人格であってもワタシはあなたを殺す」
「僕が相手でよかったね。もし"アイザック"が出ていたら君はもう死んでるよ」
舞い上がった雪が徐々に晴れるとローブ姿の男が現れた。
先ほどまでの青髪は変わり、今は濃い"紫色"になっている。
デュオスと呼ばれた男はローブの中から3つに折りたたまれた槍を取り出し、正面でクルりと回すと展開して1.5メートルほどの長さになった。
「右腕を失ったのは痛いが仕方ない。大事な人を守るためだった……そうだろ?兄さん」
紫髪のデュオスは冷ややかな表情で森林を見渡し、その視線はある一点に止まる。
瞬間、その方向から猛スピードで鎖がデュオスの顔面目掛けて一直線に飛んできた。
だがデュオスの反応は人並み外れていた。
少しだけ首を横に傾けて鎖を回避する。
通り過ぎた鎖は後方の大木に直撃して止まった。
カッツェの驚愕の声が聞こえた。
「なんという反応速度だ……」
「反応速度だけじゃないさ。兄さんがなぜ僕を呼んだのか……まだ君はわかってないね」
「どういう意味だ?」
その問いにデュオスは行動で答えた。
手に持った槍を地面へと落とし、ピンと伸ばした左手の人差し指だけで軽く鎖に触れる。
「"雷閃"」
すると森の奥から一直線に張られた鎖に高圧の雷撃が伝うように走った。
「があああああああ!!」
カッツェの叫び声が森林内に響き渡ると同時に、ある方向からドサッと何かが地面に落ちる音がする。
デュオスは地面に落とした槍を蹴り上げて、左手に持つと、その音の方向へと遠投した。
槍は高速で木々を掻き分けて飛び、一定距離進んだところで鈍い音を立てて止まったのがわかる。
それは敵に対して攻撃の直撃を意味していた。