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最弱パーティのナイト・ガイ  作者: フランジュ
フレイム・ビースト編
141/250

スパイ


****の家系はほとんどが女性だった。

家柄は名家と言っても差し支えない。

三大貴族であるヴォルヴエッジ家、スペルシオ家、ラズゥ家まで及ばないにしてもそれなりに高い位であることは間違いなかった。


****は常に姉たちと比較された。

そんな****の目標は第一騎士団への入団。


第一騎士団は上から下までエリートの集まりであり、特に高位の貴族が多かった。

そういう意味では****にはチャンスがあったのだ。


最終試験は第一騎士団長アデルバート・アドルヴの書斎でおこなわれた。


それは簡単な面接。

****は確信していた。

私が落ちるわけがない。


緊張感というよりは高揚に近い感情で部屋の前に立った****はドアをノックした。


「入れ」


ドアを開けると最初に目に飛び込んできたのは正面の机だった。

机の上には本が山積みにされており、この部屋の主が座っているかどうかもわからなかった。


「失礼致します」


****はドアの閉め、その前に立つ。

決して前進することはしなかった。

なにせ先ほどまでの高揚に似た感情は一気に吹き飛び、今は何故か押しつぶされそうな重圧を感じていたからだ。


考えてもみれば****は初めて第一騎士団長に会う。

第一騎士団長は余程のことがない限り、"この書斎"から出ないと言われていた。

そして外出の際には必ず仮面をつけるため、誰も第一騎士団長の顔は見たことがなかった。

噂によれば副団長のゼニア・スペルシオですら素顔を知らないらしい。


「よく来たね」


その低い男の声は本が山積みにされた机の奥から聞こえてきた。

声からして初老の男性なのではないかと想像した。


****は黙っていた……いや声が出せなかった。


「遠慮せずに前へ」


「はい」


****は机の前に立つ。

といっても2メートルほど距離をあけた。

正直、その重圧によって近寄りたくなかったのだ。


「質問は一つだけだ」


「は、はい」


****は息を呑んだ。

どんな質問なのか?

様々な問いを想定はしては来た。

大丈夫だ、私は大丈夫……****は自分にそう言い聞かせた。


「君は……今まで人を殺したことがあるかい?」


「……え?」


****は頭が真っ白になった。

意味がわからない質問だ。

いや、こんなもの答えは決まっているじゃないか。


「ありません」


「そうか。面接は以上だ。結果は追って知らせる」


「はい。本日はお時間頂き、ありがとうございました」


****は見えぬ相手に深々と頭を下げると部屋を後にした。

結局、第一騎士団長は姿を現さなかった。

自分が会話した人物がそうであるかどうかすらわからない。



そして数日してから****のもとに入団試験の最終結果が届いた。


"不合格"


手紙に書かれた、たった一行の文。

****は何かの間違いだと思った。

別の誰かの手紙と入れ違いになったのではないかとも想像した。


しかし最終面接は1日に1人と決まっており、この手紙に書かれた日付は****が受けた日だったのだ。


「なぜだ……まさか私が"嘘"を言ったから?」


ありえない想像だった。

失格になる要素といえばそれしか思い浮かばない。

だが、あの"質問"に対して嘘を言ったからといって、それが嘘だということなぞわかるはずはない。


"あの件"は家族ですらも事故だと思っているし、なにより家族しか知らない出来事。

社交界に噂の広がりを恐れた父上と母上が情報を遮断したからだ。


"あの件"を知るには家族との繋がりを持っていなくてはならない。

だが第一騎士団長とは家族の誰も接点はなかった。


あと考えれることは"過去の記憶が見える能力"でも持っているのではないか、ということ。

いや、そんなもの存在するはずはない。


この一件により****の心には大きく穴が空いた。

その穴は今も埋まることはなく……むしろ広がり続けていると言ってもいい。


確実と思われた第一騎士団入団が叶わず、それからというもの****は家族から実質的に見捨てられてしまったからだった。


____________



ミシミシと雪を踏み締める音が、深夜のベンツォードに響く。

夕方から夜にかけて降った雪は止み、この時期には珍しい星空が大地を照らしていた。


うっすらと浮かび上がる"人影"は肩に担いでいた細長い布の袋をドサッと馬の背に乗せる。

音から判断するにかなりの重みがある袋だった。

袋は逆U字を作って力なく馬の背に括り付けられる。


馬の手綱を握った"人影"は砦の西門へと向かった。



開かれた門の前に立った"人影"は馬に跨ることはない。

手に持った鞭を振りかざした時、背後から声がした。


「こんな夜更けまで仕事とはご苦労なことだね」


"人影"はハッとして振り向く。

灯された明かりは空に輝く星よりも強く、簡単にそこにいる人物たちを判別させた。


アッシュにローゼル。

冒険者のガイ、メイア、クロード。

みなが松明を持って"人影"を凝視していた。

ニヤリと笑ったアッシュが口を開く。


「まさかこんなに上手くいくとはねぇ。これも計画通りなのかい?」


「ああ。こんなに寒くてもいた種が芽を出すのは思いの外に早かったね……こんなに早く動いてくれるとは」


そう言ったのはクロードだった。

"手に鞭を持った人影"を見たガイとメイアが驚いた表情をしている。


さらにクロードは続けた。


「君自身が乗らずに、その馬を走らせる理由もわかるよ。そして袋の中身もわかってる」


「……」


「なぜわかったのか?という顔をしているね。アッシュから生き残りたちの話を聞いた時に僕は犯人はこの人物しかいない思った。君に"一番最初に言った言葉"を覚えているかい?」


"人影"は目を細めた。

クロードとの出会いの際のことを思い出しているようだ。


「その返答で僕は確信した。君が吊るしの犯人だとね」


まさか、またなのかと思った。

この冒険者も第一騎士団長と同じで人の秘密を見抜く能力でも持っているのか?


「組織を生かさず殺さず、時が来たら一気に破壊する。君のような地位の人間が最も"スパイ"に相応しいのさ」


息を呑むような重圧……これには覚えがあった。

間違いなくあの面接の時のものだ。

思い出したくもない出来事が頭をよぎる。


ただ、この冒険者から感じられる妙な雰囲気はどことなく自分と似ている気がした。

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