銀色
診療所まで少し距離があった。
アッシュとローゼルは西門へ向かったため、先導するイザークの後方にいるのはガイとメイア、クロードの3人だけだ。
「そういえば、ガイ君のその指輪はもしかして"封波石"じゃないかい?」
イザークは歩きながら、すぐ後ろにいたガイに声をかけた。
「そうだけど。それがどうしたんだ?」
「もしかして君も"波動嫌い"なんじゃないかと思ったんだ」
笑みを含んだ口調でイザークが言った。
この発言に首を傾げたのはガイだけではない。
メイアとクロードも困惑する。
「どう言う意味だよ」
「うちの団長のことさ。"波動嫌い"で騎士団の中でも有名なんだ」
「"波動嫌い"の人間なんて見たことないぜ。ただ使わないってやつはいたけど。でもなんで波動嫌いなんだ?」
「さぁ?それは私にもわからないな。でもアッシュ団長の波動は誰も見たことがないよ。"波動数値"も"波動属性"も謎なのさ」
この話にはガイも眉を顰めた。
あそこまで凄まじい闘気を持つ者が波動を使わないなんて考えられなかった。
だが、この世界は波動数値だけで戦闘力は推し量れない。
波動連続展開や闘気操作も一つの戦闘技術であり、それによって"波動数値"を上回る場合もある。
にしても波動を使用せずに波動使いに勝つ方法なんて思い当たらない。
ガイの場合は対人というよりも対魔物戦が多く、対人戦は闘技場のルールの上での話だった。
最近の実戦においてはメイアという優れた波動使いのバディを得て初めてそれなりに戦えた。
だがアッシュの場合はそれが無い。
無差別戦闘にも関わらず波動を一切使わないなんて有り得ない話だ。
騎士団はほぼ対人がメインなのだから。
「波動嫌いってことは波動を使わないんだろ?どうやって戦うんだよ」
「"封波剣"さ」
「なに?」
それに反応したのはクロードだった。
ガイとメイアはクロードの方を見る。
イザークも足を止めて振り向いた。
「まさか"封波石"で剣を作っているということか?」
「ええ、そうですよ」
「ありえない……」
クロードは驚いた表情をした。
意味がわからずガイとメイアは顔を見合わせる。
「そう言われるのもわかりますよ。通常、封波石は"囲い"を作らなければその効果を発揮しない」
そう言ってイザークは両手を前に出して人差し指と親指でL字を作る。
そして片方を逆にして重ね、四角を作って見せた。
「封波石はこうやって囲うようにして対象をその中に閉じ込めることによって効果を発揮します。指輪型や腕輪型、檻などもそうです。それが途切れてしまうと効果は無くなる」
「そうだったのか」
ガイは黒ずんだ指輪を見た。
つまりこの指輪の円が崩れれば波動封印の効力が失われるのだろう。
「つまり封波石で直剣型の武器は作れない。作っても意味がないんですよ。ただし……」
「まさか……"銀色"を集めたのか?」
「そのようです」
「どういうことだよそれ」
質問したのはガイだ。
それに答えたのはクロードだった。
「封波石には二種類の色があるとされる。それが"黒"と"銀"だ。よく採掘されるのは黒色の封波石だが、そこに稀に混じる"銀色"の封波石がある」
「銀だとどうなるだよ」
「銀の封波石は通常必要な"囲い"を無視すると聞いたことがある。つまり剣型であろうと波動封印の能力は付与されるのさ」
イザークは頷き、続けて言った。
「アッシュ団長の剣がまさにそれです。銀の封波石……というより銀の細かい封波結晶を数十年かけて集めて作ったらしいですが、この封波剣は誰にも扱えなかったんですよ」
「なんでだ?」
「自分の波動も封印してしまうからです」
確かに波動を封印する武器を持っていたら、その影響で自分の波動も封印してしまうのは至極当然のことだ。
「だから元々、波動を使わないアッシュ団長にしか扱えない武器なんですよ」
「なるほど。だけど……なんでこんなものがあるんだろうな。波動を封印する石なんてさ」
「なんでも数百年前に南の地方でよく降った雨が人間の波動を封印する効力があったとか。それが大地に染み込んで生まれた……と聞いたことがあります」
ガイは眉を顰める。
"雨に波動を封印する力があった"……どこかで聞いた話だった。
「だからアッシュ団長に勝つためには封波剣を持っていない時に戦うしかないでしょうね」
イザークは笑みをこぼしつつ言うと歩み出した。
確かに波動嫌いで波動を使わない人間なのであればそれでいいかもしれない。
だがそれはアッシュの策略で実は凄まじい波動を使うのだとしたら……
考えることはキリがないことはわかってはいたが、なぜかガイは思考を重ねる。
ガイは自然にではあるが自分が強敵に勝つための方法を探るように成長を遂げていたことに、まだ気づいてはいなかった。




