カッツェ・ノーフェイス
町の奥に進むガイとメイア。
あたりを見回すが廃屋が続き、やはり人の気配どころか魔物の気配すらない。
だが確実にこの町において第三騎士団の調査隊は事件に巻き込まれている。
警戒心はそのままに2人はさらに奥へと進んだ。
しばらく歩くと大きな建物を見つけた。
他の建物は半壊しているが、この建物だけ外観はしっかりしている。
その建物は見るに教会のようだった。
ガイとメイアは顔を見合わせて頷き合う。
2人は大きな扉の前に立つと意を決して同時に左右を押し開けた。
中央祭壇の上方にあるはずの信仰の対象は崩れてはいたが、聖堂内は思いの外しっかりとしていた。
窓も割れておらず吹き込む風すらない。
祭壇へと向かう道には赤絨毯が敷かれ、その両脇には木造の長椅子が置かれている。
そんな聖堂の様子を伺うガイとメイアはすぐに"この場所"の異変に気づいた。
それは天井に"無数に吊るされた人間"がいることだ。
両腕を縛られて等間隔に天井一面。
若い女性が肌着姿で吊るされており、すべての女性が絶命しているようだった。
「早く降ろしてあげないと!!」
メイアの叫びが室内に響き渡り、唖然としていたガイはハッとする。
2人は天井を見上げながら聖堂をまっすぐに進んだ。
ここまで残虐なものはフィラ・ルクスの事件以来だろう。
聖堂の中央まで走るとメイアは持っていた杖を掲げる。
そして波動を発動しようとした瞬間、入り口の方から声がした。
「果たして彼女たちを下ろす意味はあるのでしょうかねぇ。だって彼女たち、もう死んでるんですよ?」
ガイとメイアは振り向いた。
入り口のドア付近に立っていたのはフードの付いたボロボロの黒いローブを身に纏った者。
声は高く中性的ではあったが、おそらく男性のものだろう。
フードを深くかぶっているため顔は見えない。
またローブも足元まで隠れるほど長く、ずっと引きずって歩いていたせいか、そこまでボロボロだ。
「なんだお前は……!?」
「私?……私は"カッツェ・ノーフェイス"。あなたと会うのは二度目ですねぇ」
ガイは眉を顰めつつ思い出す。
この黒ローブは数日前にイース・ガルダンで出会ったツインテールの少女と一緒にいた影の薄い男だ。
そして妙なことに、この男から放たれているオーラは細い糸のようで、例えるなら蝋燭を消した後の煙。
この男からは全く殺気や敵意が感じられなかったのだ。
「確か……"ガイ"とか言いましたか?後ろのお嬢さんはお初ですねぇ。これはまた可愛らしい」
「あなたがこれをやったんですか!」
メイアが叫ぶと少し間があって黒ローブの男カッツェは言う。
「まさか、私にはこんな趣味はない。まぁ犯人はわかってますけどねぇ」
「一体誰がこんなことを……」
「それはあなた方が知る必要はない事ですよ。なぜなら君たちはこの教会からは出れない」
カッツェの言葉に一気に場の緊張感が増した。
間違いなく戦闘になる……2人はそう思って臨戦体勢をとる。
部屋の中央から入り口までの距離は約10メートルほどだ。
ガイが近接戦闘をするために距離を詰めるまで2ステップといったところ。
確実に相手の攻撃ターンは一度はあるだろうとガイは判断した。
「メイア……援護を」
「ええ……」
メイアは数歩だけ下がり杖を構え、ガイは左腰に差したダガーのグリップを右手で軽く握る。
一方、カッツェは直立不動で全く動かない。
ガイは目を細める。
ごく少量の闘気を目で追うためだ。
「なんだ、この動き……」
それは異常な動きだった。
白い煙のような闘気は天井へ向かい停滞、そして吊るされた女性の肩から肩へと渡るというものだった。
瞬間、カッツェは動いた。
ローブを広げると現れたのは上半身は裸、下は細く黒いスキニーパンツを穿く。
カッツェの体は文字通り"骨"と"皮"しかないというほど痩せ細り、その全身には鎖が無造作に巻きつけられていた。
ジャラジャラと音を立てて鎖の先から地面を伝うようして落ちる。
そして鎖の先が地面を離れて上へ向かうと天井に突き刺さり、そのままカッツェを吊り上げる。
天井に張り付くカッツェの体に巻き付いた鎖がさらに放たれ、吊るされた女性たちの遺体を蛇のようにかわしてガイとメイアの方へと急速に向かった。
「ヤバイ!!」
鎖が落ちたのは長椅子が置かれた場所。
衝撃で椅子は粉砕され砂埃が上がる。
そのまま床を削って鎖は走りガイとメイアを狙った。
「"炎の流星"!!」
メイアの波動の発動スピードは瞬間的なものだった。
熱が周囲に展開して空間を真っ赤に染め上げ、それが一気にメイアが掲げた杖へと収束する。
完成したのは小さな炎の球だが、凄まじい熱量を放っていた。
メイアは鎖が自身に到達する前に杖を振って炎の球を飛ばす。
それは勢いよく飛びカッツェが張り付く天井へと向かった。
「ほう、これは美しいですねぇ。ここまで綺麗に球体化させる波動使いは見たことがない」
カッツェはそう言うと、すぐに天井から離れて近くの吊られた女性の肩へと飛び乗った。
炎の球は天井へ激突すると一面を燃やす。
「凄まじい威力だ。だが当てられなければ意味は無い」
「最初から当てるつもりはないです」
「ん?」
カッツェが地上を見ると、そこにはメイアしかいない。
「ガイ少年はどこに……」
その瞬間、入り口の扉上付近でドン!という轟音がした。
カッツェがそちらに首を振ると、壁を蹴って飛んできたガイが目の前にいた。
「うおおおおお!!」
ガイは空中でダガーを引き抜き、カッツェの首元へ向かわせる。
だがカッツェはすぐさまその動きに反応して飛び引き、別の吊るされた女性の肩に乗った。
攻撃が外れたガイは着地する。
「まだ終わりません……"炎の剣・雷来"!!」
聖堂の奥、祭壇の方へと移動していたメイアが叫ぶ。
すると天井で燃え盛る炎が一点に収束し、落雷のようにジグザグに軌道を描いくとカッツェに直撃した。
「なんとぉ!?」
勢いよく地面に叩きつけられたカッツェに向かってガイが走り込む。
メイアとガイでカッツェを挟み込む形になっていた。
すぐに片膝をつくカッツェのもとに到達するガイはダガーを両手持ちして縦一線の斬撃攻撃。
「ここまで読んでの連携とは……」
カッツェは床に落ちる鎖を一気に引き戻して腕に巻きつける。
その鎖でガイの斬撃をかろうじてガードした。
高い金属音は聖堂内に響き渡った。
「これで終わりだ!!」
「く……子供だからといって甘くみてましたねぇ。不本意ですがここは一旦、撤退といきましょう」
「なに!?」
カッツェは横に飛び引くと両手に力を込めていたガイは体勢を崩して前のめりになる。
メイアは逃すまいと杖を構えて波動を収束させようとするが、それ以上の早さでカッツェは鎖を四方八方へと無差別に飛ばしての攻撃に出た。
そのほとんどの行き先は天井。
吊るされた女性の方だった。
吊るされた女性は次々に床へと落下する。
それを見たガイとメイアは動揺し、躊躇していると鎖が入り口の方へと一直線に飛んだ。
「戦いは終わりのことまで考えて行動すること……これは私からの助言ですよ」
鎖は入り口付近の壁に突き刺さっていた。
それを一気に自分ごと引き戻して後退する。
「待て!!」
「ガイ!!女の人たちが!!」
2人は何を優先するべきなのかを考えてカッツェを追うのをやめた。
「いい判断です。それではまた会いましょう」
そう言うとカッツェは聖堂から出て行った。
しばらく放心状態だったガイとメイアだが、すぐに顔を見合わせると吊るされた女性たちを全て下ろすことにするのだった。




