第三騎士団長
研究都市イース・ガルダン
ガイとメイア、クロードの3人は北のベンツォード砦へと向かうため宿を出た。
この宿にはS級冒険者であるエリザヴェートもいたが、ローラ誘拐の件についてガイは彼女に何も言わなかった。
重症を負った彼女にこんな話はあまりにも酷だ。
早朝、町の北門に辿り着くと検問所があり、なにやら長い列をなしていた。
そこに3人は並ぶが一向に列は前に進まない。
「何かあったのかしら?」
「こんなことしてる場合じゃないのに……」
「……」
メイアは首を傾げ、ガイはたまらず焦りを口にする。
一方、クロードは黙ったままだ。
「別の場所から町を出れないのか?」
「町が広すぎるわ。今から北門以外の場所に向かうとなると日が暮れてしまう」
「このまま待ってても日が暮れるだろ。こんな時にまたリリアンが通りがかってくれたら……」
ガイの淡い期待だった。
以前、フィラ・ルクスに入る時にはリリアンが偶然に通りかかってくれたおかげで列を無視して町に入れた。
それを思い出してのことだった。
「リリアンは数日前に自分の部隊が駐在している町に戻ったからね。さすがに都合よく何度も……というわけにはいかないさ。ここは待つしかないだろう」
クロードの意見は冷静だった。
「そういえばメイア、波動石はどうしたんだい?」
「え?」
いきなりのクロードの言葉に驚くメイア。
少し俯いて何かを考える様子を見せる。
「学校で落として踏んじゃって割れちゃったんです。その代わりに友達からこれを貰いました」
そう言ってローブの中に手を入れて取り出したのは菱形のイヤリングだった。
まだ色のついていない波動石だ。
「ほう、綺麗なデザインだ。着けないのかい?」
クロードが聞くとメイアはまた俯く。
少し顔を赤らめていた。
「まだ私には大人っぽすぎるかなと思って……」
「そんなことはないさ。着けてあげようか」
「は、はい……」
クロードはメイアからイヤリングを受け取ると、彼女の左こめかみへ手を伸ばすと髪を優しく掻き上げて耳へかける。
そしてイヤリングをメイアの左耳に着けてあげた。
「うん。似合ってるね。ガイもそう思うだろ?」
「あ、ああ」
ガイはぎこちない返事をした。
元々メイアは性格が大人っぽかったのもあるが、長い旅の中で身体的にも成長したのか、さほどイヤリングに違和感はない。
「でもメイアは髪がストレートだから、せっかく綺麗なイヤリングも隠れちゃうね。思い切って髪を後ろで結ってみたらどうかな?」
「そう……ですね。考えておきます」
メイアは眉を顰めた。
こめかみに指を当てて何かを考える仕草をしている。
「どうしたんだい?」
「いえ、前にもこんなことがあったような気がして……でも、いつのことだったか……」
「夢にでも見たんじゃないかな?」
「そうかもしれません……」
メイアは全く思い出せなかった。
もしかしたらクロードが言ったように夢で体験したことがあって、それを思い出せずにいるのかもしれない。
だがメイアが思うに、その夢は恐らく"いい夢"では決してなかった。
___________
刻は夕暮れ。
北門に並ぶ列はほぼ進むことがなかった。
やはりガイの言った通り町から出られないまま日が沈みそうだ。
すると門の方から何人もの冒険者や商人が戻ってきていた。
「まさか……冗談だろ」
ガイの顔が青ざめる。
薄々、嫌な予感がしていたが恐らくそれは当たっている。
案の定、戻ってきた冒険者の1人が大声で呼びかけるように叫んでいた。
「今日はもう誰も出れんぞ!そろそろ門を閉めるそうだ!」
ガイは絶句した。
一体何があったのか不明だが、この調子だといつになったら町を出れるのかわからない。
「明日、早朝から並ぶしかないだろうな」
クロードがため息混じりに言った。
並んでいた人々が散らばり町の方へと戻っていく。
だがガイだけは別で門の方へと走り出していた。
「そんなの待ってられるかよ!!」
「ガイ!」
メイアは叫ぶがガイは止まる気配がない。
メイアとクロードは顔を見合わせ、ガイを追いかけるようにして門の方へと走った。
門の前には数人の男女の騎士がいた。
みなが疲労を表情に出すが、走ってくるガイの姿を見て緊張感を取り戻す。
そしてガードするようにして門の前に立つとガイを制止した。
「止まれ!!」
ガイは複数の騎士に取り押さえられる。
そこにメイアとクロードが追いついたが、時はすでに遅かった。
「こいつを牢屋へ」
検問所の責任者と思われる男性の騎士がそう言うと他の騎士たちがガイを引きずるようにして門から遠ざける。
「クソ!!俺は北に向かわなきゃダメなんだ!!」
ガイを取り押さえる騎士たちの表情は怒りに満ちていていた。
そこにクロードが割って入る。
「すまない。迷惑をかけた」
「貴様らもコイツの仲間か?」
「ああ」
「コイツらも牢屋へ」
その言葉にメイアが驚く。
瞬く間に2人は騎士たちに取り囲まれてしまった。
「この状況はマズイな……」
クロードがそう呟いた時、町の方から甲高い馬の蹄の音が聞こえてきた。
それは北門に向かってきているものだ。
騎士たちを含め、ナイトガイのメンバーもその方向を見る。
沈みかけた日に照らされて二頭の馬がゆっくりとこちらへ向かって来ているのがわかる。
その馬を見た瞬間、騎士団の責任者らしき男性は目を見開き、息を呑んだ。
「第三騎士団長殿だ!!道を開けるんだ!!」
そう叫ぶと一斉にナイトガイのメンバーから離れる騎士団の面々。
するとクロードとメイアの横を通り過ぎるようにして馬が歩く。
馬上に目を向けるクロードは目を細めた。
それは若い男性騎士だった。
輝くような金色の髪でサイドを後ろへと流し、さらに前髪を前方と上方に膨らませてボリュームを持たせている見たこともないヘアスタイル。
鎧なども身につけておらず、ノースリーブの白い拳法着のような軽い服装で露出した腕は筋肉質で盛り上がっていた。
後ろにいるもう一頭の馬に乗っていたのは女性。
緑色の髪はショートカットで整えられ、軽装の鎧と太ももまであるスカートを穿く。
背中には弓と矢筒を背負っていた。
金髪の男騎士はクロードを一瞥すると、すぐに前を見直す。
一方、緑髪の女騎士はナイトガイのメンバーを見ることすらせず、冷ややかに通り過ぎようとしていた。
そこに1人、ボソリと呟く者がいた。
「なんだあれ……すげぇ"闘気"だ……」
その瞬間、馬が停止する。
「今、言ったのは誰だ?」
金髪の騎士だった。
金髪の騎士は馬上から1人1人眺めて見る。
そして視線は少年へと向かった。
「まさか、お前か?」
そう言って馬から降りるとガイの元へと歩みを進めた。
途中、胸ポケットから"銀色の櫛"を取り出すと髪を丁寧に撫でつけて整える。
ガイの目の前まで来た金髪の騎士は腕の筋肉だけでなく体格もよかった。
恐らく2メートルはありそうな背丈だ。
金髪の騎士は櫛を指でくるりと回すと胸ポケットへと戻す。
「お前、闘気が見えるのか?」
「あ、ああ……」
困惑しているのはガイだけではない。
周りにいる騎士団員は、この男の"圧"に声すら出せずにいた。
「あんた一体……」
「ああ、申し遅れたな。俺の名はアッシュ、アッシュ・アンスアイゼン。今は代理で第三騎士団長をさせてもらってる」
"アッシュ"と名乗った金髪の騎士は不敵な笑みを浮かべる。
ガイには、この男の体から放たれている天をも貫くような凄まじい闘気が見えていた。




