え?まだ人として扱うんすか?
2階建てのボロアパートの廊下で配達員とお客様が揉めている。
荷物が配達不能で、出したお客様に戻されたため。
「テメェな!!自分で探すとかできねぇのか!?会社名書いてあんだろうが!!読めねぇのか、日本語がよおぉっ!!」
「そーですねー」
髪をポリポリとしながら、怒鳴られる配達員。そーいう態度を出せるというのは。1つ、その人との間をとっているだけ。人と人との距離ではなく、心と心の距離。
「”アズガンブコーポ”って書いてあるだろ!!」
「読めます、読めます。でも、お客さん」
住所書いてなかったら、届けませんけどね。電話番号とかもないし。
「気が利かないのか!!これは俺にとって、急ぎなんだぞ!!ノロマ野郎!!テメェで調べるぐらいできねぇのか!?」
「すみませんねー。もう一度、ちゃんと住所書いてくださいね。僕達、そーいうのしないんで」
謝り方に問題があるんだ。ただ、普通はこっちがキレるもんだよ。
「人の人生なんだと思ってるんだよ!!訴えるぞ、テメェ!!」
そんだけ大事だったら、もう少しちゃんとしろよ。
「まぁ、いいんじゃないっすか?」
この人は、大変な人だなぁ。
◇ ◇
ガツガツ……。
「あーっ。あのアパートは行きたくねぇぜ。まともな住人がいねぇ。荷物なんて滅多に来ないがよ」
昼休憩にしては、16:00を過ぎている時間だ。自分には関係のないトラブルの連続で、昼休憩が今にスライドした状況の配達員、山口は食堂で飯を食っていた。
そして、山口と同じくスライドして休憩をとっている実さん。
「あそこはしょうがないよ。言い方悪いけど、そーいう人達が住むところだから。その管理会社と、紹介している不動産からしてね」
「マジで他の宅配業者に行って欲しいー。なんで俺達の荷物は、どんな奴だろうと、どんな状況だろうと届ける仕事なんだ?」
「仕事だからだよ」
あー、嫌だ嫌だ。
今から休憩に入っても、夕方からの配達があるから17:00には車を出さなきゃいけない。どんだけ人いねぇんだよ。って愚痴愚痴言いたくなる労働環境にいる山口。
パワハラ絶対ダメ!!……その通りのくせして、荷物頼みまくってるテメェ等!手伝えクソ野郎!関係ないからなんでも言えるんだよ。
「仕事してねぇ奴等がやれってんだ」
「無理無理。あーいう連中にこーいう仕事、無理だから。車とか暴走させるわ、覚えも悪いわ、やる気もないような人達だろうから。務まる仕事じゃないから、これ。働けても1週間だよ」
「ボロクソ言うなー、実さん」
「第一、お客様からしたら。そーいう危険人物がお宅を訪ねるって事、怖く感じるものじゃないか?」
まぁ、一理あるか。一理あるが。山口がここに務めた時を思い出せば
「『”できるできねぇ”聞いてない。”やれ”』……って、あんた等はよく俺に言ってたよな」
「そーだねぇー。でも、そーいう事をやる人間じゃないと、無理だからね」
「今だとパワハラだからね。限りなく、どす黒いパワハラだからね」
「うん。それでも今の状況からして、利用者に言ってね?あいつ等、パワハラダメとか言いながら、物流関係にパワハラを仕掛けてくるからね。そのくせ、いつでも募集してるのに。こんな人間のゴミがやるような仕事はしないって言うからね。あいつ等」
この際、猫の手でもいいんだよ。誰でもいいんだよ。やれば。
そのやり手がまったく、これっぽちも足りてないんだよ。新人が来たかと思えば、
「8連敗中だもんねー。4名欠員のまま、平常業務をしなきゃならない」
「なんで2年間も人募集してるのに、誰一人として1か月続かねぇーんだよ!!教育と環境に問題あるだろ、これ!!」
「君の父親(部長)が言うじゃないか。『常識のある新人を3人雇うより、尊厳がなくなった奴隷を1人雇った方が安上がりで長持ちする』って」
常識がある奴は、すぐ逃げ出すからな。雇う時も続けば、儲けもんという採用だ。
「どんだけ時代が後退してんだよ!この業界!!」
「物流は昔からそーいうものだよ」
嫌なことがあった。辛い。体力的に無理。給与も少ないし、休みも少ない。働く人はこれからどんどんいなくなるけれど、荷物は必ず届けないといけない。
それがそーいうお仕事。
「まー、山口くん。君の父親が言うようにさ。この国からすれば、当たり前にできる事は誰でも当たり前にできなきゃいけない。そーいう社会なのさ。部長が言う通り、奴隷がやるべき仕事だと国民は思うから、こーいう仕事には、感謝なんか要らずに動ける奴隷を選ぶべきなのさ」
言葉がキツイが、言葉では嘘っぱちに思える現実もちょっと見えてしまうところだ。
深くはないけど、広いくらい人間関係も知れる仕事だ。
山口も嫌ってほど見てきている。
◇ ◇
ピンポーン
「お荷物でーす」
なんでこーなっているのか分からないが。
基本、弱い存在を虐める風潮はどうなんだろうかと思う時がある。
ピンポーン
「………不在票入れますよー」
玄関の明かりや部屋の光は見えないが、家庭音(主にテレビかな?)は聞こえているからいるんだろうけど。聞こえなかったんじゃしゃーないの精神で不在票を入れる。待つだけ意味なし。
そうして入れた不在票は必ずと言っていいほど
【在宅してるのに、不在票を入れるなんておかしいんじゃねぇのか!?】
10分後くらいにクレームが来る。これだから爺さん婆さんは……って思いながら、もう一度お宅を訪れる。再配の仕方分からないとかで文句も言ってくるし……。まぁ、最近は減ったんだけどさ。
ピンポーン
「荷物でーす」
……これだよ。出てこないんだよ。次のパターンは風呂入ったとか、トイレ入ってたとか。自分の言い訳だけは一人前なんだよ。ただし、今日は違うのであった。
ピンポーン
「荷物でーす……?」
ガンガンッ
「??」
金属音ではないが、何かを叩いている音が聞こえる。時折、人の声もする。
ガンガンッ
「早く出ろ!」
「……はい」
二つの声はどっちも年寄りだ。怒っているような声を出しているのは、爺の方か。
そして、よちよちと歩いてきた婆さんが顔を出す。すみませんとした声はないのだが、なんか複雑そうな表情。それよりも目立つのは、顔にある痣の形。一方、怒鳴り声を出すのは爺さん
「どーいう配達してるんだ、テメェ!!」
そう怒鳴る爺さんは、目の前にはいなかった。
いや、ホントにどこにいるか初見では分からなかった。
手に持っている杖で壁を叩く事だけでも異様なのに、それだけで驚けない。ワザとじゃないよなって確認をとりたいものだ。
「在宅してるのに、不在票入れるのがお前の仕事か!?」
ゾンビのように俯きの姿勢。杖を持って床を這ってきながら、こちらに怒鳴るのだった。どうやら、左足が骨折か、神経のなんかで動かないのか。歩く事ができないらしい。
あー、そーいうお宅だったのとか。知らん事は多いからーで流すんだが……。
「インターホンも押せないのか!?いい加減な仕事するんじゃないよ!」
爺さんが怒るの?呼んだんだけどねって、応えても
「俺の耳に聞こえてないなら、押してないんだよ!お前は!!」
知ってた(笑)。
激し過ぎるくらい、気持ちを抑えられない爺さん。ともかく、さっさと去りたいから婆さんにハンコかサインを要求。婆さんにボールペンを貸してあげるのだが、
「さっさと書け!」
ボコォッ
なんと爺さんが杖で婆さんを殴ったのだ。なんか気に入らなかったらしい。なんで結婚して、介護されてんの?って不思議に思うのだが、そんな行為が吹っ飛んでしまう思い。正直に反応できんわ。
ボコォッ
「ちょっ!止めなさい!」
思わず、自分も声が出る。
床に這いつくばっている爺さんは、右手に持った杖で婆さんを殴った。やる行為そのものがオカシイのだが、……。
”爺さんは後ろから、婆さんの首と後頭部にめがけ、杖で叩くのだ”
ほとんど殺しに来ている。下から上に突くように杖を扱うんだから、危険極まりない。若いものでも、場所によってはやべぇ。
爺さんはその行為をまったく悪いと思っておらず、むしろ。
「お前達がノロマなのが悪いんだ!」
もう歩けない人にそんな事を言われたのは、初めてだ。
その後、両隣部屋の老夫婦達が騒ぎに顔を出す。見た目、爺さんとそんな年が変わらないのに、介護環境にあるこの爺さんを抑えに来た。……アパート内では有名らしい。婆さんが爺さんを介護しているのだが、爺さんは腕は多少動くらしく、杖で婆さんや壁をよく叩くとかなんとか……。気に入らない事があるとすぐそうだとか……。
「ああはならないように、生きよう」
爺さんに良いところを頑張って挙げれば、反面教師ってとこ。
あー、こーいうお宅には尋ねたくない。
善良で真面目な心で仕事をしてたら、やっていけない世界。
仕事は特にそうなんですよねぇ。