静かな日曜日
日曜日。
正男はどこにも行かずに部屋にいた。
毎週の日曜はだいたい、部屋にいるか、外出したとしてもコンビニか近所のラーメン屋か気晴らしの本屋ぐらいだった。
一方、妻はウォーキングに行って帰ると、今度はプールに泳ぎに行ったり、買い物に行ったりして、充実しているような休日を過ごしている事が多かった。
正男は特に趣味を持っている訳でもなく、行きたい場所、やりたい事もなかった。
昔あんなにハマっていたものには、今ではすっかり興味をなくしてしまっていた。
そんな正男が熱中しているものと言えば、仕事に関する事ばかりだった。
それは悪い事ではないはずだ。
仕事熱心、それはポジティブでいい言葉のはずである。
しかし、何のために頑張っているのだろうか?と一度疑問に思うと、はっきりとした答えが出なかった。
会社の売り上げを上げたいのか、
仲間と一緒に頑張りたいのか、
いや、本音はそうじゃない。
自分の能力を試したかったのだ。
人に認められたかったのだ。
正男はローテーブルの上に置いた、自分で淹れたコーヒーを一口飲んだ。
コーヒーは濃い色の割にはとても薄い味がした。
今度はリモコンを手に取り、テレビをつけてみたが、ザッピングしただけですぐに消した。
正男は気分を変えようと立ち上がり、窓を開けてベランダに出てみた。
外では少し生ぬるく、湿度含んだ風が吹いていた。
正男は手すりに両腕を置き、見慣れた街の様子を観察してみた。
遠くまで街が見渡せる。
様々な形をした家々の屋根の下に、様々な人々の営みがあるのだ。
そんな事を想像していると、どうして文明がこんな風に栄えたのだろうか?と果てしない疑問が生まれてきそうだった。
自分の頭では理解しきれない物語があるのだ。
そんな風にして街を見ながらを考えていると、
遠くの方から、わずかに甲高い声が聞こえてきた。
正男はその方角、部屋から少しだけ見える、マンションの近く公園に目を向けた。
数人の子供たちが元気に走り回る様子が見えた。
正男は今度、子供たちの様子を観察しながら、また疑問を持ち出した。
一体何が声を上げるほど面白いのだろうか?
正男もあのような子供時代があったはずなのに、そんな事はすっかり忘れてしまっていた。
何かを失くしていく事が大人になる事なのだろうか?
今、正男に遊ぶ友人なんて人は一人もいなかった。
そもそも何年も遊ぶという行為をしていないし、会ってもいない。
それどころか、遊びたいという気持ちさえなかった。
最後にそれらしき事をしたのはいつなのだろう?と正男は遠い記憶を呼び起こしてみた。
恐らく、同じマンションに住んでいる会社の元上司が会社を辞める前、一緒に近所の居酒屋を何軒か飲み歩いたぐらいだった。それが最後だった。
だが、果たして、それが正当な遊びなのかがわからなかった。
子供たちの声がまだ聞こえる中、正男は部屋に戻り、時計を確認し、時刻はまだ11時だが、もう何か食べようと冷蔵庫を開けた。
妻が作っておいてくれた料理を見るのだ。
皿を取り出し、ラップを剥いで、一皿づつ確認してみた。
一つは焼きそばで、もう一つはひじきの和え物で、最後は天津飯だった。
勿論、主な選択は二つで、どちらを食べようかと悩み、正男は冷蔵庫から天津飯を取り出した。
どうやら、天津飯のあんは昨日のあんかけ豆腐のあんみたいだった。
しかし、なぜ主食を二つも作っているのだろうか?
正男の朝飯はいつも食パンだという事を、妻は勿論、知っている。
今日中に帰宅するつもりはあるのだろうか?
正男は冷たくなった皿を持ち、レンジに入れ、天津飯の爆発を気にかけながらしっかりと温めた。
そして、皿を取り出し、テーブルに置き、椅子に座って食べ始めた。
見た目はシンプルだが、天津飯は美味かった。
正男はスプーンで卵とご飯の配分を均等に掬って食べた。
静かに食べていたが、新しい音が正男の耳に入ってきたのは、天津飯を丁度食べ終わった時だった。
ロウテーブルに置いていたスマホの着信音が鳴ったのだ。
正男は視線をローテーブルの上にあるスマホにやり、
5コール目でやっと、腰を上げた。
めんどくさい、その気持ちが強かったのだ。
だが、電話は妻からかもしれない。
正男がうつ伏せになったスマホを手に取ろうとした時、電話が切れた。
そして、着信先を見てみた。
着信先は会社からだった。
「なんだろう?」
日曜日に会社から電話が来る事は滅多になかった。大抵、個人が直接電話をかけてくる。
正男はすぐに電話を折り返した。
プルルルルと電話は鳴るが、誰も出なかった。
会社の電話が誰もいないオフィスで鳴り響く様子が正男の頭の中で浮かんでいた。
そして、そのまましばらくしても、結局、誰も出なかった。
正男は電話を切るとスマホの画面を見てから、今度は手に持って、椅子に戻った。
それからの正男の行動は、掃除機をかけ、昼寝をし、コンビニ、スーパーに行った。
コンビニとスーパーはライバル社の下見に行っただけだった。
正男は部屋に戻ると、ソファに深く座り、ネット配信動画を見て時間を潰した。
それまで妻からの連絡は一向に来なかった。
どこに行ったのだろう?
誰かと一緒なのだろうか?
日が沈む頃、正男は少し心配になり、
何かメッセージを送ろうと、スマホの画面を見ていた。
だが、夜になれば帰ってくるだろう。
そう思い、スマホの画面を消し、
静かな日曜日の残り時間を過ごした。
夕食には焼きそばとひじきの和え物を平らげた。
皿を洗い、お風呂に入ってから、いつもなら見ないテレビを見て夜を過ごした。
だが、この日結局、妻が家に帰ってくる事はなかった。
日曜日は静かなままだった。
いつもよりずっと静かだった。
夜の寝息が聞こえて来そうなくらいの静寂だった。
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