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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

先輩の唇

作者: おじん

あの日の後輩の舞ちゃんからの最初の言葉は「先輩、おはようございます!」という普通の言葉だった。帰る前の夕暮れの教室での言葉は。


先輩、好きです。先輩の唇を見てるとキスしたいなって思ってくるような好きです。


だった。色々言っていたようだが鮮明に覚えているのは最初の方だけ。



・ ・ ・



高校生になって三回目の桜。校舎の横の咲き誇る桜を見ると最後の一年が始まることを私は再認識する。


マナーモードにしていたスマホが振動する。メッセージを受信したようだ。


あ、先輩。


メッセージを確認すると大学に進学していった先輩からだった。大学の自由さと新しさ、楽しさを走り書きしたようなメッセージの後に私のことも書いてあった。


短く頑張りますと返すとスマホをしまう。今日は最初の仕事があるのだ。


他の人とすれ違うことも少なくなる特別校舎の最上階の角に存在する第二音楽室。

合唱部の生徒以外はほとんど使わないはずなのに扉は歪んでいて開くには力がいる。カバンの紐を掴んでいた手も使って両手で力を入れる。


「わぁっ!」


扉の向こう側には人がいたようだ。その子は驚いたような大きな声を上げる。


「あ、えっと。新入生?ごめんね急に開けちゃってね」


扉の前にいた子は元気な笑顔でいえいえと返してくれる。よく見るとその子の横には他の新入生も待っているようだ。


今年の新入部員は5人……まあまあかもしれない。


とりあえず新入部員の緊張を解くように笑顔を浮かべて真ん中の席に座る。新入部員以外の部員はまだ来ていないようだ。私だけ中央前方の席に座ってまるで一年生を召使いのように使っているようだ。


何か言った方がいいのかな…。


でも何を言えば。座って良いよとか?でもいきなり私が何か言うだけで怖がらせるかも知れないし。


ごちゃごちゃとした思考が邪魔をして声を掛けることが出来ない。いつもなら待ち時間は栞を挟んでいる文庫本を読むのだが今日はカバンから出す事も出来ない。


「はいはーい、みんな集まってるかい?」


頭の中の思考が吹き飛ばされるような豪快な登場をした部長。


「あ、副部長も来てるね」


新入部員の手を握って上下に振り終わると私の方を見て役職名で呼んでくる。


まだ呼びなれない副部長という役職名。今までなんでも無かったのに急に部活でナンバー2の役職。学校は社会の縮図だと誰かが言っていたけど社会でもこんなことはあるのだろうか。



「部長は止めてよ朋美ちゃん、私も部長って呼ぶよ」


私にしては上手い返しが出来たのかも知れない。朋美ちゃんは部長という役職が嬉しいようで満更でもないという表情を浮かべている。


私たちのやり取りを見て一年生の5人は笑っている。やっぱり私が副部長な理由はそこだろう。先輩が私を部長では無くて副部長に推薦した理由もそこが大きいだろう。


第二音楽室の壁に備え付けられている時計がカチリと動く。部長は黒板前の一段高くなった場所に移動する。私もそれを見て副部長の隣に移動。


「はーい、じゃあ一年生はテキトーに前の席に座ってね」


部長の言葉で席に座り始める。本当は私が先に来てたんだから言うべきだったのかも知れない。


「えっとね、まだ二年生が来てないんだけど~とりあえず私が部長で彼女が副部長」


彼女って、と思いながらペコリと頭を下げる。


「副部長の宮野葵です」


固い挨拶だったかも知れない。部長もそれを聞いて簡素に「あ、部長の小路朋美だよ」と付け加える。


「皆さんには楽しい合唱部生活を送ってもらえるように二人で、いや皆で頑張っていきましょう」


そんなやりとりをしている間に二年生は全員部活にやってくる。二年生は三人。他の学校の合唱部事情を詳しく知らないが多くはないだろう。


最初はもっといたが結局定着したのはこの三人だけだった。

全員が揃ったことで必然的に一年生の自己紹介タイムに移行する。


私の印象、というよりあの時に第二音楽室にいた人の印象に良く残っている新入部員がひとりだけいた。


「東頭舞と申します!私、中学では陸上部でしたけど高校では合唱部で頑張りたいと思いました!よろしくお願いします」


珍しい。私が言うのもなんだが合唱部なんて地味な部活にくるなんて珍しい。高校では陸上部になぜ入らないのだろうか。


他の一年生は中学でも合唱部だったり文化系の部活を行っていた子が多い。どちらかというと大人しいおっとりした生徒が多い合唱部には珍しいタイプだった。


自己紹介タイムも終わって練習に入る。一年生はとにかく基礎から教えていかなければならない。


一年生五人、二年生三人、三年生四人。


二年生の中には部活を他にも行っている子も多くてとても一年生の面倒を見れる状態では無い。


三年生に一年生は教えを求めていく。部長の周りには一年生が集まっていく。部長の接しやすい雰囲気を考えれば当然だろう。


メトロノームを指でなぞる。一人くらいは私の元に来てくれると心の奥底で思っていたのかも知れない。


「先輩っ!あ、副部長って呼んだ方が良いですか?」


突然、大きな声で呼ばれて振り返る。あの一番記憶に残るであろう子。


「えっと、東頭舞さんだっけ?先輩で良いよ」


そんなに多くないのだから名前くらいしっかり言いたいが間違えたら嫌だ。


「そうですか、練習一緒にして欲しくて」


この子は合唱部未経験なのだ。人一番不安なはずだろう。部長の方を見ると一年生の対応に追われている。私が暇そうにしているのを見て来たのだろう。


「そうだよね、こっちでやろうか」


東頭さんを手招く。すると笑顔をいっぱいにさせて後をついてくる。



・ ・ ・



あれから数日経過したが東頭さんは私の元に来てくれる。

部長が教えていた一年生は経験者ということもあって今はそれ程手がかからないはず。


なのに私の元に来てくれるってことは先輩として頼られているってことかも。


素直に嬉しいと思う。今は大学に行っている先輩も私が頼った時はこのようなことを感じてくれていたのだろうか。


「じゃあ舞ちゃん、今日も練習しようか」


練習用の参考のCDを持って空き教室に移動する。舞ちゃんと呼んでいるのはそうして欲しいと要求されたからだ。少し距離感が近すぎると躊躇していると「私だって副部長って読んでないですから!」と無理やり押し通されてしまった。


流石に元陸上部。馬力というものがある。


「どうぞ、先輩!」


先に走って行き扉を開けてくれる。

動きの節々に力がみなぎっている舞ちゃんは部外者が見たら合唱部だとはまず思わないだろう。


再生停止を押す。自分の合唱部での活動を振り返って舞ちゃんに足りていないものを探す。中学の時も合唱部だったので少しは自信がある。


舞ちゃんは毎日練習に来るやる気のある部員。他の部活と兼任している部員も多い合唱部。強豪校でもないためどちらかと言えば楽しんでやるのが目的になっている。


私もその方針には賛成で練習を来ないで遊びに行く部員に特段思うことは無い。ただ真剣に上手になりたいと舞ちゃんが思っているのであれば力になってあげたい。


「どうですか、先輩?」


舞ちゃんは歌い疲れたのか椅子に座る。


「うーん、舞ちゃんの長所は元気な声だと思うんだよ。大きな声が出せて乱れない」


まず素直に褒めたいことを出す。人前でも恥ずかしがらず大きな声を出せることもいきなりは出来ないものだ。


「ありがとうございます。中学の時も陸上部で大きな声だしてましたから」


肺活量も関係しているのかと頭の中で分析する。


「でも、先輩みたいに透き通る感じの声で歌いたいんです」


舞ちゃんの言葉は私の体をくすぐって抜けていく。自分の長所で無いものを追いかけることはどうなのだろう。私だって部長の朋美ちゃんのようにハキハキした性格に憧れたりするけどね。


「うーん、長所を伸ばす方が良いと思うけど…まあでも頑張ってみようか」


途中で舞ちゃんの絶望するような表情を見てしまい意見を変える。舞ちゃんと交代で私が歌う。


ふと先輩と一緒に何回も練習したことを思い出す。


私の声と全身に集中している舞ちゃんはこの時だけはじっと見ているのだ。私は人に注目されるのは歌っている時だけは慣れているつもりだったが、ここまで凝視されると流石に恥ずかしい。


後輩の前で情けない姿は見せたくないので歌いきる。


「コツとかちょっとは分かった?」


舞ちゃんは考えるような仕草をしてからハキハキと話し始める。


「先輩って動作がいちいち繊細でかわいいです。それに長いストレートの髪の毛も大人っぽくて素敵。私も伸ばしたいです」


一つに結われた髪の毛を引っ張りながら残念そうにする後輩を見ながら根気よく教えていこうと思う。



・ ・ ・



この学校の合唱部には夏の大会のような大きな目標は無い。各々が町内会などのイベントに参加していく。もちろん文化祭などはある意味の引退の基準にはなっているが。


梅雨のじめじめとした空気が私の周りを包み込んでいる。いつもの練習場所に向かう足が重いのは湿度のせいだけではないだろう。


手に持っているのは舞ちゃんの出した退部届。


なんで私に渡すのだろう…。


そりゃ制度上は副部長に渡すのは間違っていない。いつも私と練習していたのだから私に渡すのは当然と言えば当然だが退部届のそのままの意味で渡したのではないだろう。


私に退部を止めて欲しいのかも。


とりあえず退部届を貰った後に予定を入れておいた。もう空き教室には来ているだろうか。

空き教室の中には既に元気がない状態の舞ちゃんが待っていた。外を見ると雨がポツリ。


「お待たせ、舞ちゃん」


私に気が付いたのか顔をあげて作った笑顔を出してくる。


「それで、退部の件だけど理由を教えて貰っていいかな?」


私は理由なんて退部に要らないと思う人間だ。部活は好きな人が行えば良いし、退部するものが辞めたいと思えばそれに勝てる理由なんて無いと思う。


しかし、舞ちゃんは何か辞めたくないけど辞めるという矛盾した気持ちを持っているように思える。


「この前の町内会のイベントです。私だけへたっぴだったじゃないですか…それでちょっとつらくて」


舞ちゃんと一緒に二人で出たこの前のイベント。歌い終わった後に司会の人の総評で舞ちゃんはこれからに期待の出来る一年生ですねと評された。


しかし、これは三年生の私と一年生の舞ちゃんが一緒に出たのだから恥ずかしい話ではない。


「舞ちゃんはまだ練習して日が浅いし、それに初めてでしょ。気にする必要は無いよ」


舞ちゃんは視線を左右に動かしてモゴモゴと口を動かす。じっと舞ちゃんの言葉を待つ。


「私がいちばんつらかったのは先輩の評価まで落とした気がしたからです…」


意外なところに重要なポイントはあったみたいだ。私の評価といっても町内会のイベントごときで変わるものなのだろうか。


結局、その日は舞ちゃんを説得して退部届は引っ込ませた。理由が私じゃなくて舞ちゃん自身にある問題なら阻止もしなかっただろうが私の評価を下げた責任で辞められては勿体ない。


帰り道のコンビニで舞ちゃんにソーダ味のアイスを買ってあげる。その時の笑顔を見る限りもう大丈夫のようだ。



・ ・ ・



簡単な合唱部の仕事を第二音楽室で進めていると朋美ちゃんが入ってくる。私と違ってひとりじゃくて複数の後輩と仲良くなっている。


「あーもう、文化祭の合唱部の活動の件で忙しくなってきた」


扇風機の前で涼んでいる部長は汗を滴らせている。合唱部員としては珍しいこと。


「お疲れ、部長が優秀だと副部長は安心です」


あえて嫌味なことを言ってみたりする。


「お、何言ってんの~副部長の葵が真面目でいてくれるから私が本業に専念出来るんだよ、それに舞ちゃんにだいぶ好かれているって聞いてるよ」


誰から聞いたのだろう。恥ずかしい気持ちもするが事実なので否定も出来ない。私のために退部届まで書いてしまう後輩の舞ちゃんは後輩の中でも一番先輩思いかもしれない。


私は部長と副部長はどっちも部活を引っ張っていくのが仕事だと思っていたけど副部長は私みたいに引っ張って行けない人間でも良いのかもしれない。



・ ・ ・



引退の時期が近づいている。


文化祭の発表を最後に三年生は引退する。副部長としての役割はもうすぐお終い。


舞ちゃんの練習を見るのも残り少なくなってきている。

「舞ちゃん、すごい!とっても上達してるよ」


毎日練習することが最短の上達方法なのだと言うことを証明するかのように上達していった舞ちゃんを褒める。


「ありがとうございます。結構、先輩に近づいてきたきがします」


私には無い声量を持っている舞ちゃんは弱点の声質を改善したことで私以上かも知れないところまで行ってしまっている。


「これで、やっと次に進める…」


私の方を見て、小さく呟いた。


どういう意味だろう?もしかして副部長の座を狙っているのかな。先輩みたいに推薦してあげた方が良いのかもしれない。


いちいち深く考えすぎるのも良くない。本を読みすぎだと他人に言われたことがある。

「じゃあ、今日はここまでにしておこうか」


プレーヤーのコンセントを抜いて片付け始める。


「あ、はい…」


どこか歯切れが悪い。片付けが終わると袖を引っ張られる。

「先輩…ちょっと話があるんですけどいいですか?」


もしかして副部長の件かも。私は舞ちゃんと席に着く。いつもは真っ直ぐ目を見てくる舞ちゃんだが今日はモジモジして顔の周辺に視線を送って、そして胸元に視線を送るを繰り返す。


そんなに副部長になりたいことを言うのが恥ずかしいのだろうか。


「先輩、こんどの文化祭で引退ですよね…それでもう我慢できなくって先輩にこの気持ちを伝えようって思ったんです」


舞ちゃんの瞳が熱を持っているように見える。


どこかで見たことがある瞳。舞ちゃんに読んでいた本を貸したとき、髪の毛を結って上げた時、舞ちゃんと深く接した時に感じる瞳。


その瞳をした時は急に大人しくなるのだ。


「うん…」


副部長に推薦してくれなんていう私の許容範囲内での話では無いことを分かってしまう。

舞ちゃんは私を教室の前に連れていく。黒板のすぐ下の床は一段高くなっていて舞ちゃんはそこに登る。舞ちゃんは小柄で身長も低い。しかし今は私と同じ目線。


息を吸い込むと特徴の大きな声で舞ちゃんは話し出す。


「先輩、好きです。先輩の唇を見てるとキスしたいなって思ってくるような好きです。最初は普通に先輩としての好意だと思ってたんですが先輩の名前を指でなぞったりしてるうちに先輩と恋人の関係になりたいんだって…気が付いて…」


熱を持った瞳の意味が分かってしまう。

舞ちゃんは一年生で私は三年生。今までも舞ちゃんの質問には直ぐに返していた。しかし今回は頭が真っ白になってしまって何も返せない。


「あの…先輩?」


舞ちゃんの言葉でフリーズしていた頭が動き出す。つまり私は舞ちゃんに告白された?キス?舞ちゃん?


「…えっと、そうだな急に返事は出せないか…な」

先輩として余裕を見せる事がひとつ責任だと思っていたが余裕なんて一ミリも無い。


「分かりました、でも文化祭前には返事をください。集中して臨みたいので」

そういうと舞ちゃんは先に帰ってしまう。



・ ・ ・



「ただいま…」


学校から駅までの道、電車の中、家までの道のり。そのすべてをワープしてしまったのかと思うくらい気が付いたら家に到着していた。しっかり体に残った疲労だけが実感として残っている。


「あ、葵。今日も勉強するんでしょ?部屋にご飯持っていくから」


母親の言葉に”うん”と返事をして部屋に入る。ほとんど肩に掛けたまま動かしていないカバンを降ろして自室の机に座る。


一度整理する。


舞ちゃんが私のことを好き。


そのままの意味でもう”先輩として”という言い訳は使えない。舞ちゃんは決して上手くない言葉だが私の逃げ道を消していた。


キスしたくなるって…。


私には分からない。今までも誰かに告白するまで好きになったことなんて無いし、自分には遠い未来の話だと無意識に思っていたから。


合唱部は女の社会みたいになっていて男子はいない。それが油断を生んだのかも知れない。仮に告白してきたのが男子でも同じ反応になっていただろうか。


平常心を取り戻したくて机に置かれていた問題集を開く。私の頭では合唱部を引退してから勉強してるのでは間に合わないのだ。


宮野葵、模擬試験の解答用紙には見慣れた私の名前が書かれている。しかしもう私だけの名前のような気がしない。


舞ちゃんはどこに書かれた私の名前を指でなぞったのだろう。自分で書いたのか。


告白された時に近い感覚に戻っていることに気が付いてからは勉強どころではなくなる。ペンを置いてベットに腰掛ける。


舞ちゃんの熱を持った瞳を思い出す。


手がかかる程かわいい部活の後輩だった舞ちゃんは恐ろしい熱い気持ちを内に秘めていた。私なんかでは対処できない感情をコントロールして私にぶつけてくる。どちらが先輩なのか分からない。


舞ちゃんはいつから私に特別に好きという感情を抱いたのだろう。女の子に特別な好きという感情を抱いたのは私が初めてなのか?初めてだったら私は嬉しいのか?


退部届を出した時も私のことを特別な好きという気持ちを持っていたからあそこまで考えていたのか。


とにかく分からないことと初めてのことが多すぎて頭が混乱する。そもそも私はこういう相手の気持ちを考えたりするのが苦手なのだ。


カレンダーを眺める今日は金曜日。


良かった…。


制服を脱ぐと私服に着替えて再び考え始める。


次の日は早めに起こされた。昨日はそのまま寝てしまったのでお風呂にも入っていない。シャワーだけ浴びて朝ご飯を食べる。


トーストの簡素な朝食。食べ終わると体に栄養を含んだ血液が回る気がして目が覚める。目が覚めると同時に舞ちゃんのことも全身を回り始める。



今日も勉強どころではない…。


そうさっして再び部屋に戻ってボンヤリと考え始める。ふと振動をしたスマホを眺める。


先輩かな…先輩ならば恋愛も経験しているかも…。


だめだ。舞ちゃんがあんな瞳をして強張って告白してくれたのに他の人に答えを求めるなんてとても不真面目な気がする。それに他人には知られたく気持ちだろうから。



スマホにケーブルをさしてヘッドホンを頭に乗せる。音楽を聞こう。合唱部だからということもないが音楽を聞くのも好き。


ランキングというものはあまり見ない。皆が好きなものが私の好きなものでは無いことが多いから。しかし今だけは大勢の好きなものが見てみたい。


ランキングに入っている楽曲のレビューには”初恋を思い出した”と書かれている。無意識に曲を選択していた。


歌詞は恋愛の気持ちを綴ったものだった。


”お前を見ていると何も考えられなくなる”


舞ちゃんもそうなのだろうか。確かにいつもより言葉が整理されていなかった。


”意味なんてない恋心”


そうなのか考えるだけ無駄なのか…。


だんだん分からなくなっていく。とにかく好きかどうかは理屈ではないのは分かった。


私と舞ちゃんが恋人になるのか…。想像してみる大学に進学しても舞ちゃんは当分は高校生だろう。遠距離恋愛みたいなところだろう。


告白してきたのは舞ちゃんだからデートとかも前を歩いてくれるのは舞ちゃんなのだろうか。何だかそれは嫌な気がする。私は舞ちゃんの先輩でありたい。先を歩いていたい。


何だか答えは決まったようだ気がする。




・ ・ ・




返事を先延ばしにしていることは出来ない。私も舞ちゃんのツライ気持ちが少しは分かった気がしたから。


舞ちゃんはいつもの空き教室に呼び出している。何度も頭の中でリハーサルしても緊張はする。


教室に後からやってきた舞ちゃんはいつも通りの瞳をして動作をしている。私は落ち着きがないと思われていないだろうか。


「舞ちゃん、あの時の返事をするね…」


舞ちゃんは緊張しながらゆっくり頷く。


瞬きのタイミングを見て一歩近づく。そして舞ちゃんの目線に合わせる位置に体を落として唇と唇を触れる。


熱い、柔らかい…。


一瞬動きが止まるがぎこちない動きで少し顔を離す。


「先輩!っ?」


驚いた舞ちゃんの顔を確かめる。



「返事は、こういうこと」


私はキスをすることで返事とした。色々と言葉を並べると先輩としての威厳のようなものが根こそぎ失われてしまう気がしたので行動で封じ込めた。


舞ちゃんの瞳は再び熱を持っている。私の瞳も熱を持っているのだろうか。発熱する全身と同じように熱も持っているのか、それは舞ちゃんにしか分からないのだが。


「先輩、慣れない事してますね」


すると今度は舞ちゃんがこちらに踏み込んできて私の髪の内側のうなじに手を回して自分の体に引き寄せる。


「先輩、大好き!」


顔から火が出るのでは無いかと思う。心臓の鼓動が間違いなく舞ちゃんに伝わっている。


慣れないことをするものではないな。そう思いながらこれから慣れないことを体験する予感がする。


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