四万円ショップ
月収がとうとう十万を切った俺は、ある日四万円ショップという店を見つけた。
なんだこの店はと思って入ってみると、中途半端に高級そうな恰好をした店員が現れ、俺に一礼してきた。なんだ馴れ馴れしい。
「いらっしゃいませ」
「あの、この店はなんですか」
「何って、四万円ショップですよお客さん」
「だから、どういう店なんですか」
店員は「ハッハッハ、バカだなあお客さん」と笑いながら、俺に説明する。
「全てが四万円なんです。ほら、九九円ショップとかあるじゃないですか、あんなもんですよ」
いや、なんか違うだろ。
九九円ショップは庶民の入る店だけど、ここは明らかにブルジョワ気取りのための店以外の何者でもないぞ。
でも、せっかく入ったからには、どんなものが置いているか見るだけでもいいか……と、俺はそのまま店を見回ることにした。
それにしてもこの店員、人をなんか見下したような目で見てくるなあ。
ま、仕方ないか、この服全部リサイクルショップで買った奴だし、こういう店にいる奴は大体金持ちだから、貧乏人をそういう風に見る癖がついてるんだろう。
それを無視して店に入っていくと、まず目に入ったのが、その店に合わない飲料品コーナーだった。
「カルロスウォーター四万円って、何だよこれ。ちょっとしか入ってないし」
「おお、流石お客様、お目が高い!」
と、いきなりテンションが高くなった店員が俺に寄ってきた。うざい。
「こちら、なんとアメリカのオバーマン大統領が飲み残したカルロスウォーターなんです」
「おぇぇ」
「あのオバーマンですよ? 彼と間接キスした、なんて周りに自慢したら大人気じゃないですか。四万も妥当です」
「おぇぇ」
気持ち悪くなった俺は、隣のお茶に目を移した。これも勿論四万円だ。
今度は飲み残していないが、なんでこんなに高いんだ?
「で、このお茶は何?」
「お客様程の目利き力がある方がいらっしゃると、話が早い!」
うるせぇなコイツ。
「こちら、何を隠そう、あの世界の喜劇スター日村賢が買おうと思ってやめたお茶です!」
「やめちゃったのかよ。これのどこに価値があるっていうんだ」
「またまた、日村さんの手の汗! 垢! 指紋がついてるんですよ? もうそれだけで高額な理由は十分ではありませんか!」
間接握手って言ってくれた方がまだマシだよ、この野郎。
次に、ミネラルウォーターを見てみると、そこにも四万円の天然水は置いてあった。
「これは?」
「良くぞ聞いてくれましたお客様! それはですね、聞くも涙、語るも涙の天然水なんです!」
と、滝のような涙と鼻水を流しながら、店員が俺に縋り付いてきた。
やめろよ、これ一張羅なんだから。
「それはですね、かつてデパートロワイヤルや、十三人の派遣社員を監督なされた、あの白浜影夫さんが、最後に抱いて亡くなっていたという、とても貴重な天然水なんです!」
「へぇ、そりゃすごい」
四万の商品価値があるかどうか、そして泣けるかどうかは別として、この店にしてはすごいじゃないか。
しかし、賞味期限が切れているせいだろうか? なんか匂う。監督が亡くなったのはかなり前だし
「残念ながらペットボトルを含めると四万円に収まらなくなりますので、容器はうちの家に置いてある猫避けボトルですけど」
うげえ! じゃあ犬の小便引っ掛けてあるかもしれないじゃねえかよ!
俺は思わずそれを投げ捨てたくなったが、店員のニヤリとした視線を感じて、何とか思い留まった。
コノヤロ、叩きつけたら強制的に買わせるつもりだったな。
「ジュースはもういい」
チッ、という舌打ちは聞かなかったことにして、俺は次の生活用品コーナーに行ってみた。
なんか、こっちはさっきの質素な印象とは違って、みんな金ぴかだった。
ティッシュペーパーが箱も紙も金ぴか。
洗剤容器も金ぴか。
石鹸も金ぴか。
電池も金ぴか。
ホウキもモップも金ぴか
「どうです、豪華でしょう?」
「……実用性はともかく、こういう一応価値的にまともそうなのも置いてあるんだな」
俺は素直にそこは関心した。
「へぇ、意外とこんなんでいけるんだなあ」
といいながら、店員はこっそりと後ろ手に金色スプレーをもてあそんでいた。
おいっ!
何て適用な店なんだ! と、俺が怒りに任せて別のコーナーにいくと、今度は鮮魚コーナーに金のスプレーをかけられた、哀れな鮭達が。
ふざけやがって。今月の月収八万六千円だった俺に対する嫌がらせか!
ああ、何て可哀想な魚……。こんなん見せられたら、魚博士のおさかなチャンがぶちキレかねない。
「クソッ、何なんだよこの店!」
気分を害した俺は、さっさと店を出ることにした。
「あの、お客さん」
「何だよ!」
「うちは空気にも四万円という価値をつけていまして。なんせあの伝説の名作家中華そばラーメン先生のオナラが混ざってるんです。つまり、あなたはこの店に入った時点で四万円の価値を味わってるんですよ」
「はぁ? ふざけやがって!」
じゃあ何か買っていかないと、この店に入った俺がバカみたいじゃないか。
俺は歯軋りしながら、店員に言った。
「そんなら、この店買っていくわ。これも四万だろ?」
「え? いや、そのこれは」
「そうだよな? あん? 俺の家は実を言うと極道やねん。もし違ったら、兄ちゃんエライ目にあうで?」
「ひぃ、わかりました!」
俺は店員に八万円を払い、ソイツを蹴り飛ばして追い出した。
「……ふう、つい衝動買いしてしまった」
買ったはいいけど、こんな店どうすればいいんだろう。
うーん、あっ。
「十万円ショップに改装して、一儲けしてやるか!」
こうして、俺の新しい副業が始まったのである。
*
「へへっ、儲かったぜ。あれ誰の店かシラネーけど」
そんな嬉しそうな店員の横を、いかにも悪そうな面の男がすれ違っていった。
彼の向かっていた先は、十万円ショップだった。
男は、店の前でふぅーと煙草の煙を吐きながら、銃を構える。
小説家になろう限定の連載小説を何かやりたいなと思ってます。
新人賞用の作品で、これは使えないなって案を使って。