1話
自分なりに悪役令嬢ものを書いたらどうなるかなと考えてたら割と楽しくてそのまま好き勝手に小説を書き始めました。たぶん皆さんの思ってる悪魔令嬢ものと違うかもですが楽しんで読んで貰えたら嬉しいです。
(死ねば楽になれる。そう人は言うけれど。)
碧天の果てへと伸びゆくようにセメントの森を造るビルジングに纏わりつくような生暖かい風が吹き抜ける。
その屋上に本来人が居てはいけない場所、安全の為の柵を乗り越えた先、ビルジングの屋上と側面を繋ぐ辺となる場所。
そこに一人の人影があった。
(生まれ変わったら本当に幸せになれるのだろうか……この苦痛に塗り潰された生が報われるのだろうか。
ーわからない)
人影は空へ伸びゆくビルジングに逆らい一歩足を出して地面へと落ちていく。その速度を緩めず加速していき、硬い地面に大輪の紅い薔薇を咲かせた。
周囲の騒めきの声が聞こえ霞のような意識が徐々に覚醒していく、窓際の席に座っていたら午後の暖かな陽気と眠くなる講義のせいで浅く眠ってしまったらしい。
(昔の夢を視るだなんて久しぶりだわ。)
まだ少しぼんやりとする頭で周りを見やると目線が此方に集まっていた。恐怖と嫌悪が混ざりあったそんな目線が。
「ヴァルプルギス嬢、君にとっては退屈な授業だろうが寝られては困るな。力があっても知識がなければ無意味だよ、君」
教壇に立つ中年の男性教師が苦虫を噛み潰したような顔で嫌味を込めて注意をしてきた。授業中に居眠りをしてしまった方が悪いので素直に謝罪する。
「失礼先生。以後気を付けます」
「あぁ、これからは真剣に……」
「それと、水妖と契約をするなら五日間月光に当てた青銅のナイフを使うべきです。青と月光は水の力がありますからその方が水妖の悪魔と契約しやすくなります」
目覚める前に微かに聞こえていた男性教師が話していた問題を思い出し解答しておく。聖霊や悪魔と契約するならそれに合わせた儀式と材料が必要なのは知っておかなければならない。間違った手順、材料を使えば契約や儀式が失敗するだけでなく、怪我や死亡することもある。
彼らは誇り高く強い力を持つ。並の人間では敵わない、だから彼らの機嫌を損ねるようなことをしてはならない。
「……正解だ。話を続ける」
話を聞いていたのか化け物め。そう言いたげな表情と声音で答え男性教師は授業を再開させる。
(えぇ、聴こえていたわ。魔女は寝ている間も会話を聞いているとか、千里眼で視ているとかいう騒めきの声もね)
ヴァルプルギスの魔女。それが今の私、ロゼ・ヴァルプルギスに付けられた異名。
前世でOLだった私が死んで転生したこの世界は人間の住む人界と聖霊の住む聖界、悪魔の住む魔界があり、聖霊と悪魔で持つ力が違う。
それぞれが持っている力を「聖力」と「魔力」。
その力で行使する現象を「奇跡」と「魔法」。
人間の中にたまにその力を使える者を「聖者」と「魔法使い」
と呼ぶ。
そして聖霊と悪魔には王が居て「聖王」と「魔王」と呼ばれている。
私の生まれたヴァルプルギス公爵家は代々強力な魔法使いを輩出する家系で、稀に強い魔力を持って生まれてくる女性は魔女と呼ばれている。私はその歴代の魔女の中でも最も強い魔力を持って生まれてきてしまった為に魔力を帯びた髪は赤銅色に瞳は薄紫に染まっている。
その強大すぎる魔力に対して畏怖の意味を込めてヴァルプルギスの魔女と人々は私をそう呼ぶ。
(まるでゲームの世界みたいね。私本当は長い夢でも見ているのかしら)
前の世界では確か異世界転生物の小説や漫画が人気だったなと思い出しながら現在自分が置かれた状況を自嘲する。
多くのそういった類いの物語では、強い力を持って転生した主人公はその力で英雄や救世主となり人々から愛されるが私には有り得ない話だ。
窓の外の景色を眺めながら考え事をしていたらいつの間にか授業が終わったのか教室に居た生徒達が席から立ち上がり次の授業に向かおうとしていた。
多くの者は友人と談笑しながら楽しく移動しているが私の近くだけ前すら通らないようにと皆避けていく。ある者はちらりと一目見てはそそくさと教室を出ていき、ある者は此方を見ながら隣にいる者に声を潜めて何か言っている。
恐ろしき魔女に声を掛ける者などいるはずもない。もし機嫌を損ねてその強大な魔力で何か酷い目に遭わされでもしたらと思っているからだ。
(そんなことしないのだけど、怖がられてしまうのは仕方ないことだし私から話掛けて余計怖がらせてしまうわけにはいかないものね)
教室から人が居なくなり自分も移動しようと出る。学園の廊下を歩き中庭に差し掛かる場所で、中庭を挟んだ反対側の廊下から華やかな声と共に空気を明るくさせる人物が現れた。その人物を見て廊下にいた周りの生徒達は皆声を掛けていく。
「聖女様だわ。今日も素敵ですわ」
「エメ王女様!あぁ、なんと麗しい……!」
聖女様。聖女。そう本物の聖女。
かつて、聖王と魔王の間で熾烈な戦いが起こり、その争いを勇気ある一人の人間の乙女が仲裁し《高貴なる乙女》と呼ばれこのアドラシオン王国を建国した。乙女の家系は以来人王として聖王と魔王の橋渡しを担ってきた。そして、王家の中から稀に乙女のように慈悲深い王女は聖王から特別な力を授けられ聖女に選ばれることがある。
この第二王女エメ・ヴィエルジュはその聖王に選ばれた正式な聖女である。
緩くウェーブのかかった柔らかな金の髪に聖力を帯びた碧眼はまさに可憐な聖女という風貌であり、性格も誰にもでも優しく、慈愛に満ちているという完璧な聖女様。
私とは正反対の存在。その存在を眩しく尊く思う。だからその光を遮らないようにと私は人気のない方へと歩みを進めていった。
(魔女である私が聖女様の近くに居たらみんな血の気が引いてしまうでしょうからね……)
私は魔女。魔女は嫌われ者。だから傷ついたりしない。悲しくなんてない。寂しくない。
そう自分にいい聞かせて誰もいない所へと。
今日の授業が終わりヴァルプルギス家の屋敷へと帰る。女中に何か変わったことはないかと聞き、屋敷の異常がないかを確認して階段を登り二階の北側の一番奥にある自室へと戻る。
「はぁ……」
部屋に入り扉を閉めた瞬間、思わず溜息を吐いてしまった。昔の夢を視て気疲れしてしまうなんて情けない。もう慣れたはずなのだ、こんなことは。と、気持ちを切り替えて読みかけの本でも読んでしまおうと机に近付いていく途中。
「ロゼ!ロゼどうしよう!」
目の前から何処らからともなく黒銀の毛をした額に一本角が生えた面を着けた狐のような小動物が現れ飛びついて来た。
「グラッジ、どうかしたの?」
グラッジ。この子は私が契約してる悪魔の一体。普段はかわいい普通の大きさの狐だが力を使えば頼もしい姿へとなるいい子なのだが何やら随分困っている様子である。
「どうしようロゼ……首飾りなくしちゃったよ!」
「首飾り?」
胸の辺りに抱き着いていたグラッジを腕に抱きかかえて首元を見るといつもしている勾玉の点いた首飾りが無くなっている。
「どこになくしたかはわかるの?」
「うん……わかる」
「じゃあ探しに」
「でも、探しに行けないんだそこに……」
探しに行けない?何処で無くしてしまったんだろうか。険しい崖の上だろうか、それとも深い湖の底だろうかと首を傾げているとグラッジはか細い声で言ってくれた。
「……魔王様のお城の庭」
なるほど。それは探しに行けないと納得してしまった。
詳しい事情を聞きこれはグラッジでは探しに行けないと判断し、なら私が探して来ようと今朝作っておいたフィナンシェを不安そうにしているグラッジにあげて部屋に置いていき一人魔界にある魔王城へと目指す。
聖力や魔力を持たない並の人間では魔界へゲートを開いて行くことなど至難の業だが私は魔女。ゲートくらい簡単に造れる。
あらかじめ魔王城の近くに出るようにゲートを開いたのでそこまで歩く訳ではないが当然ながら正門には門番がいる。悪魔でも許可がなければ勝手に入る訳にもいかないのに、人間がそのまま正門から入れば王族でもなければ確実に追い出されてしまうだろう。正門から入れば。
魔王城を囲う高い塀を見上げる。百メートルはあるだろうか。いくらグラッジでもこれを登るのは難しいだろう。私も登るのはしたくない。では、どうするのか。
塀へと近付き左手を当てる。塀の向こう側には誰もいない事を確認し呪文を唱える。
「薔薇の花弁は我が望み、薫は毒に、棘は蜜に、繋いで拓け茨よ、我が望む処へ……」
呪文と共に魔力が形となり塀に付いた左手の黒いドレスの袖から茨が生え、人が一人通れるくらいの面積を茨で塀を覆うと茨が拓いていき塀の向こう側へと出られるようになる。所謂壁抜けの魔法である。
魔王城へと潜入し茨の門を閉じて塀を元通りにする。
さて、確か城の西側に落としたとか言ってたがどこに落ちているのだろうか。なるべく城の悪魔に見つからないようにと身を屈め地面を探し始める。
探し始めて早一時間が経過した。広大な魔王城の庭に苦戦を強いられてしまうとは。早く見つけてグラッジの元へ帰りたいのだけどこの広い敷地で悪魔に見つからないように首飾りを見つけるのは骨が折れる。それでも必ず見つけると心に決め、集中して地面を探していた。
だが集中し過ぎていたせいで近付いてくる気配に気付くことが出来なかった。
「おい、先程から俺の庭で何をしている」
声を掛けられようやくすぐ側まで近付かれていた事に気がついた。地面から顔を上げて声のする方へと顔を向けると燃えるような魔力を帯びた赫い髪と瞳に右顔を仮面で隠した青年が険しい顔をして立っていた。
「探し物をしているの」
「探し物ぉ?」
「えぇ、探し物。紅い紐に勾玉が三つ点いた首飾りを探しているの。見てないかしら」
「何故そんなものを探している」
「大切なものなの」
青年は険しい顔をさらにキツくする。人間の娘が魔王城で何故そんな大切なものを無くすのかと思っているのだろう。その通りではある。
でも大切なもの。大切なものなのだ。
「契約した悪魔の子にあげた首飾りなの。妖狐の悪魔は区別がつきにくいから一目見てその子だってわかるようにとあげたの。そうしたらその子はとても喜んでくれて大切にすると言ってくれたの。でも、今日大鴉の悪魔と喧嘩してしまってその首飾りを取られて魔王城の庭に落とされてしまったんですって」
「……」
青年は険しい顔のまま黙って私の説明を聞いている。話は一応聞いてくれるらしいので私もそのまま続ける。
「魔王様の城に勝手に入ったら魔王様に申し訳ないしでも他のものにも代えられないからどうしようと相談されたから私が探しに来たの」
私の説明を聞き終えて、意味がわからないと言いたげな目で青年は見つめてくる。しばらくして口を開けて質問してきた。
「何故お前が探すんだ?」
「何故って?」
「質問に質問で返すな……何故人間のお前が一人魔王城まで探しに来ているのかと聞いているんだ。人間が魔王城にでも侵入していたら追い出されるどころか殺されてもおかしくはないんだぞ」
「えぇ、そうね。でもそんなもの関係ないことよ」
「は?」
関係ない。殺されそうになっても私には粗末な事でしかない。この体は魔女だから。
「例え殺されても私は首飾りを見つけてあの子に届けると決めたの。あの子が大切にしてくれているものだから」
真っ直ぐ青年を見つめ返す。鮮やかな赤眼は探るような色を感じる。しばらく見つめ合いやがて青年がはぁ、と、溜息を吐いて目を閉じて懐から何かを取り出して目の前に突き出してきた。
それは紅い紐に勾玉が三つ点いた首飾りだった。
「探し物はこれの事か?」
「これ!えぇこれよ!」
「柘榴の木の枝に引っ掛かっていた」
「木の枝にあったのね!見つからないはずだわ」
「あぁ、全くだ。とっととこれを持って人界にかえ」
「ありがとう!見つけてくれたのね!あの子に返せるわ!」
驚喜してしまい突き出された彼の手を両手で握り勢いよく立ち上がって握った手を胸に引き寄せてしまった。
勢いよく立ち上がったせいか青年は驚いたのか硬直してしまっている。
握った手から首飾りを受け取ると青年はようやく我に返ったようで口を開いた。
「お前、名前は?」
「私?私はロゼ、ロゼ・ヴァルプルギス」
「ロゼ……」
「えぇ、そういう貴方は魔王アンライヴルドでしょう」
青年は驚いた様子で此方を見る。気付かれないと思っていたのだろうか。
「鮮やかな赫い髪と眼をしている強い魔力を持ってる悪魔なんて魔王しかいないもの。すぐにわかったわ」
「気付いていたのか……」
えぇ、魔力などを持っていない人間でも魔王なんて一目でわかるものではあるが、魔王は人界に降りる事すら稀であるから気付かれないと考えていたのだろう。
首飾りが見つかったのだ。いつまでも居る訳にはいかない。早く帰らねばグラッジを不安にさせてしまう。
「本当に見つけてくれてありがとうアンライヴルド。貴方に感謝するわ」
もう一度魔王にお礼を言い。その場を走り去っていく。来た時と同じように塀に魔法をかけ潜り抜けゲートで人界へと帰る。
部屋に戻るとグラッジがベッドの上で落ち着かない様子でぐるぐる回っていた。此方に気がついたグラッジに手にしていた首飾りを見せてあげる
「見つかったわ首飾り」
「ロゼ!本当に見つけてくれたの!?」
驚きと喜びで興奮しているグラッジの首に首飾りを着けてあげる。
「もうなくさないようにね」
「うん!ありがとうロゼ!」
顔を擦り寄せてくるグラッジを撫でてあげる。良かった。頼もしくてかわいい悪魔が元気になってくれて。
私はこの時気がついていなかった。手を握ってお礼を言ったあの瞬間魔王が私に恋をし、彼に翻弄される未来が待っているということを。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
亀更新なので1~2週間に1度は更新出来るようには努めます。
続きをお待ちください。