6 少女、シャーロット!
俺の目の前に現れた少女。
彼女は間違いなくあの時、俺をこの世界、そしてこの体に転生させた少女だ。
グリエルも俺達が知り合いである事に気づいたのだろう。
一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐにこちらへと話しかけて来た。
「なんだ、嬢ちゃんこいつと知り合いだったのか」
「あ、うーん、知り合いと言うかなんというか……、腐れ縁?みたいなもんね」
「ふ、ふざけるな! お前なんかと腐れ縁であってたまるか! 忘れたのか? 俺はお前のせいで……、むぐっ」
「ちょっとあんた何言おうとしてるのよ!」
「ムゴ、ムゴムムゴ!! (おい、離せバカ野郎!!)」
少女は自分の正体がグリエルに知られるのが嫌なのか、俺を掴み上げると慌てた様子で小さく話しかける。
力いっぱい握りしめられる俺。
その姿にグリエルも心配そうに口を開いた。
「お、おいあんまり手荒に扱うのは……」
「お、おほほほほ、大丈夫よグリエル! それよりも私こいつに話が出来たから、少し借りてもいいかしら?」
「あ、ああ、それは別に構わないと思うが……」
「ありがとうグリエル! それじゃあすぐ戻ってくるからぁ」
「……なんとも相変わらず騒がしい奴だな」
グリエルは一瞬で遠ざかっていく俺達の姿に呆れたように笑みを浮かべ、再び片付けを再開した。
だがグリエルが見えなくなってからも足を止めるの無い少女。
俺がようやく少女の手の中から解放されたのは、ボロボロの今にも崩れそうな小屋の中だった。
ハァ、ハァ……、死ぬかと思った。
まぁ別に呼吸をしている訳でもないし、本当に死ぬことは無いんだけどな。
だが、ここは一体どこだ?
見た感じ、誰かが生活しているようには見えるが……。
小屋の中は、干し草の上に布を被せただけの質素な寝床。
脚が今にも折れそうなボロボロの机に椅子、そして端の欠けた食器が見て取れた。
少女は小屋の窓から外の様子を伺い、誰も近くにいないことを確認するとようやく俺に口を開くのだった。
「ふぅ、これでゆっくりと話が出来るわね」
「一体俺に何の用なんだ? 大体何でお前がこの世界にいるんだよ」
「それは話すと長くなるのよね……」
「はぁ、別に時間はたっぷりあるからな、話位はいくらでも聞いてやるよ」
「………………」
あれ? この雰囲気、どこかで覚えが……。
少女から醸し出される異様な雰囲気。
俺はこれを感じたことがある。だがどこで感じたかは覚えていない。
しかしそれもすぐに思い出すことになるのだが……。
「……お願いユウヤ! 私に力を貸してください! じゃないと私、一生この世界にいる羽目になるの~!!」
「……いきなり土下座は止めろい!」
「ふえぇぇぇぇん!!」
ああ、そうだ。こいつこういう奴だったよな。
俺は目の前で少女が作り出した見事な土下座、その姿を目の当たりにし一瞬であの世界での出来事を思い出した。
そして目の前の少女、泣きじゃくる彼女が人騒がせな奴だということも……。
「わ、分かったからもう泣くな! ……それで、一体何があったんだよ」
「ぐすっ……、じ、実はね……」
俺の言葉で目からこぼれる涙を拭い何とか泣き止んだ少女は、自分に起きた出来事、その詳細を話し始めるのだった。
今から少し前、白の世界。
私、シャーロット・ヘンリアは神から与えられた仕事、寿命となったも者に死を与え、迷える魂たちをあるべき場所へと導くために日々働いていました。
まぁ迷える魂と言っても、その殆どは生前の行いにより天国と地獄のどちらに行くかは決まっており、私はその入り口を作ってあげるだけの簡単な仕事。
極たまに寿命でなく、なんらかの要因で死んでしまった人々を異世界に転生させることもあるけれど、それも100年に1回あるかないか……。
「でも、あの三輪車に轢かれて死んだ……、確か鳳勇也だったわね。あれは傑作だったわ」
一仕事終え、暇になった私は100年ほど前にこの場所にやってきた男性を思い出し、彼の死に様に笑いを堪える。
この仕事を与えらてから数千年、あんな死に方をした人は見たことがなかった。
ククククッ、今思い出しても笑えるわね。
でも、私のそんな平穏な日々は突如終わりを迎えました。
何故なら私の目の前に、光輝く扉が現れたのです。
これは私に役目を与えられた存在、つまり女神さまがこの世界に来る際に現れる天の扉と呼ばれる物だったのです。
「……シャーロット、お久しぶりですね」
「め、女神様! このような場所にあなた自らおいでになられるとは……」
「フフフフッ、シャーロット相変わらずですね」
か、可愛えぇぇ……。
何あの絹みたいに綺麗な金の髪。スタイルも良すぎじゃないですか??
それに何なのこのいい匂い。香水? 何か特別な香水使ってる??
女神様は供の天使を後ろに従え、天の扉からこの白の世界に下り立ちました。
その姿は、まさに女神と言う名にふさわしい美しい姿。
でも、私がその姿に見とれていると、女神様の表情がみるみる険しい者へと移り変わっていきました。
「あ、あの女神様……」
「私は悲しいのです、シャーロット」
えっ、私なにかしたっけ??
お、思い出すのよシャーロット! さもないと女神様が……。
ただ私は何故女神様が悲しい顔をしているのか思い出すことは出来なかった。
心当たりがないからではありません。その逆、心当たりがあり過ぎたためでした。
「シャーロット、あなたは100年前この鳳勇也さんと言う人間の男性を誤って殺してしまいましたね?」
女神様は後ろの天使から一枚の紙を受け取り私に見せて来た。
そこには確かにあの時の男性が描かれていました。
「え、えっと、それは……」
「どうなのですか、シャーロット?」
「そんなことも、あったような、なかったような……」
「……はぁ、よく分かりました」
私の全身から噴き出す大量の汗、それを見た女神様は小さく息を吐くと、右手を空へと掲げた。
その瞬間、私の足元には光の魔法陣が浮かび上がったのです。
こ、これは断罪の魔法陣!?
もしかして女神様は私を……。
「シャーロット、あなたは私の右腕、これまで数えきれないほど助けて頂きました。だから成功と同様の数のあなたの失敗にも目を瞑り続けてきたのです。ですが今回は寿命を迎えていない者を誤って殺してしまったばかりか、その失敗を隠すため彼を異世界に転生させ私にも虚偽の報告をするとは!」
女神様は後ろの天使からもう一枚の紙受け取り私にそれを見せる。
それは100年前、鳳勇也を異世界に転生させたという報告書。そしてその理由は不明と記載され、最後には私のサインが書かれた報告書。
……バ、バレた!!
でもなんで?? 私の隠ぺいは完璧だったはず、なんで女神様にバレたの??
「ど、どうして……」
でも女神様は私の心の中など、易々と見通していました。
明らかに挙動不審となる私に呆れるような表情を浮かべた後、小さくこう呟いたのです。
「……この世界、私いつでも覗くことが出来ますから」
そ、そうだったぁぁぁ!!!
女神様はこの世界の創造主、覗くことも出来るんだった!
ってことは、あの男性の死に際を何度も見返して笑っていたのも見られて……。
だがそのことに気が付いても既に後の祭り。
女神様は天に掲げた右手を振り下ろすと、私の足元の魔法陣は強い光を放ち始め、徐々に私の体を侵食し始めました。
「め、女神様! お許しください!!」
「シャーロット、あなたをこの世界、いや天界全てからの追放とします。……でもチャンスは与えましょう。追放先の世界は今、魔族によって蝕まれている。あなたがそれを治めることが出来たなら、天界に戻ることを許します」
……まじですか???
いや、下界の魔族なんて私からしたら赤子同然。
これはすぐに魔族共をボコボコにして、またここへ戻ってきてやるわ!
「……そ、それなら何とか」
「あ、それともう一つだけ」
全身が消えかかるその瞬間、女神様は笑みを浮かべ最後の言葉を口にしました。
「あなたの力、殆ど没収しましたから、人間として頑張ってくださいね!」
「……ノォォォォォォォォォ!!」
そこで私の体は完全に天界から消え去ったのでした。
「……という訳なの」
少女、いやシャーロットと言う名のこいつは全てを話し終えまるで悲劇のヒロインかの様な表情を浮かべていた。
「……いや、それって自業自得じゃん?」
「え??」
「だから、お前がこの世界に追放されたのって自業自得じゃん??」
「…………えぇぇぇ!! あんたこんなに可愛い女の子が重い責務を背負わされたことに何とも思わない訳??」
恐らくシャーロットは俺が同情し、手を貸してくれるものと思っていたのだろう。
ただ、こんな話をされて手を貸す奴がいるだろうか?
………いや、普通はいないだろう。
だがシャーロットはこれくらいでは諦めない。
俺のいる机にへばりつくと更に涙を流し詰め寄ってきた。
「お願いよユウヤ! 私天使の力殆ど残ってなくて、冒険者登録はしたけど最下層の10級冒険者なの! 仕事は気持ち悪いモンスター討伐ばかりだし、これじゃあ魔族を倒す前に私が死んじゃう……」
「うーん、って言われてもな。俺、今魔鉱石だし」
「何よケチ! あんたをその身体に転生させたとき色々スキルを付けてあげたじゃない! それなりにあんたが強いことは知ってるんだから!」
「……はっ、そうだ! お前よくも俺をこんな体にしてくれたな! お陰で俺はこの100年暇で暇でしょうがなかったんだからな!」
「うぅぅ……、だってそれはユウヤが死なない、朽ちない体って言ったから……」
「だから魔鉱石か?? 意味が分からんわ!」
「ご、ごめんなさいぃぃぃ」
はぁ、はぁ……。
こいつ、どれだけ自分勝手なんだ??
それにこいつを助けても俺にメリットは一つもない。
…………グリエルの所へ、帰るか。
俺は床に顔を付け、土下座スタイルで泣き続けるシャーロットを無視し、形状変化を行いその場を後にしようとした。
だがその時、頭の中で美しい女性の声が響いたのだった。
「お待ちください、鳳勇也様」
「な、なんだ??」
「……どうかその場を立ち去るのは、私の話を聞いてからにしてもらえませんか??」
「い、いや、急にそんな事言われても……」
「ありがとうございます、鳳勇也様」
「……………………聞いてねぇ」
その声は、俺の言葉を聞くことも無く、話を続けるのだった。
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