3 魔鉱石は材料なんです!
「…………よし、あとは成型を」
ん?? 誰の声だ???
それにここは一体……。
久しぶりに聞く人間の声、その言葉で徐々に目が覚め始めた俺は、ぼやける視界で辺りを見渡した。
そこは眠りにつく前まで居たはずのあの渓谷ではなく、古びた小屋の中であり、いたるところに人工物と思われる機材が転がっている。
そして俺はしばらくしてもう一つ、あることに気が付いた。
それは、俺の体が宙に浮かんでいるということ。
いや、正確には何かに挟まれ移動させられていたのだ。
な、なんだ?? 一体どこに連れて行かれ……、お、おい嘘だろ???
「火の温度は大丈夫だな。今度こそ上手くいってくれよ」
「ちょ、嘘だろ!? ま、待って……」
「な、なんだ?? どこからか声が……、気のせいか」
「気のせいじゃない……、って、うわぁぁぁぁぁ!!」
俺は自分を金属製の巨大なハサミの様なもので掴み移動させていた、まるで〇ブリ映画に出てくるような髭もじゃの男性に声を上げたが時すでに遅く。
男性は俺の声に気が付くも、俺を掴んでいる器具を開き俺の体をある場所へと投げ入れたのだ。
それは高温の火が燃え盛るレンガで出来た窯、製鉄炉だった。
「ギャァァァァ、し、死ぬ………、ってあれ? 全然熱くない……」
ゴォォォォォ!! なおも燃え盛る炎。だがその上に投げ入れられた俺はその熱さを感じることは無かった。
……そうだ俺、魔鉱石じゃん。
痛みを感じないんだから、熱さを感じる訳もないか。
アハハハハハッ、なんだ心配して損した……、って笑ってる場合じゃない!!
いくら熱くないと言ってもこのままじゃ……。
俺の心配はほどなく現実のものになった。
俺の体は高温で徐々に赤く染まり、柔らかくなり始めたのだ。
ま、まずい!!
このままじゃスライムみたいにドロドロにされてしまう。
そうなったら形状変化どころじゃないぞ……。
こうなったら今の内に中からこの炉を……。
「そろそろかな??」
だが俺が体を変化させこの製鉄炉を破壊しようとした瞬間、炉を閉じていた扉が開くと先ほどの男性が俺を取り出した。
ふ、ふぅ……。何とか溶けてしまう前に取り出してもらえた。
これで……、って次は何をするん、ギャァァァァ!!
カンッ、カンッ、カンッ!!!
小屋の中に響く美しい響き。
以前の俺がこの音を聞いていたら、間違いなく耳を澄まし聞き入っていしまっていただろう。
だが今はそういう訳にはいかない。
何故ならこの音は、俺をハンマーで叩いて出ている音なのだから。
「ちょ、ちょっと、痛い! いや、痛くはないんだけど痛い気がする!!」
「……おかしいな。何だか今日は誰かの声がずっと聞こえる。また、屋根裏にピクシー妖精でも住み着いたのか?」
「ち、違う! 下見て下!! あんたが叩いてるの俺だか……、ゴボッ!!」
男性はまさか魔鉱石から言葉が出ているとは思わないのか、俺の言葉が届く前にハンマーで成形を終え、まだ高温状態の俺を側にある水の中に沈めた。
水面に湧き上がる泡と蒸気。
男性はそれが収まるまでは俺を水の中から出す気はないようだった。
ゴボゴボ……、お、溺れる……。
いや、これも本当は大丈夫なんだが苦しい気がする!!
「よし、こんなもんだな。後はこれを数回繰り返して……」
えぇ、まだやるんですか???
……もう、好きにしてくれい!!
しばらくして水の中から出された俺が耳にしたのは、男性が小さく呟いたその言葉。
そして男性はその言葉通り、再び俺を炉の中に入れ先ほどの工程を繰り返す。
「……はぁ、なんかもう慣れてきたな。こうなったらこれが終わってからあいつに文句を言ってやるわい!」
その後、俺は予告通り熱せられ叩かれ水の中に落とされる。
その繰り返しを数時間受けることになるのだった。
だがそれもやがて終わりを迎える。
男性は全ての工程を終えたのか、器具を側においてある机の上に置き、俺の体を飾り付けられた台の上にゆっくりと置いたのだ。
「……ふぅ、完成だ!! ここまで来るのに10年以上かかってしまった」
おっ、ようやく終わりか。慣れれば意外と早かったな。
よし、それじゃあそろそろ文句の一つでも……、ってあれ? 嘘だろ???
「なにこれ、カッコいい……」
目の前で満足げに笑みを浮かべる男性に言葉を発しようとした瞬間、俺は部屋の奥にある鏡に映った自分の姿に驚愕した。
そこには七色に輝く鉱石の姿はなく、右手に装着する装甲があった。
それは美しい紋様の装飾が施され、銀色に輝いていたのだ。
これが、俺?? うわぁ、なんか……、いいな。
これぞ異世界って感じだよな!!
自分のあまりに変わり過ぎた姿に目を奪われる俺だが、しばらくして気を取り直し、器具の手入れを始めていた男性に声をかけた。
「おい、そこの人!」
「ん? また声が……。こりゃ、魔術師に魔よけの儀式でもしてもらわないといかんな」
「ちっがーう!! ここだよ、ここ」
「ここ?? ……っておい、まさかこの声の主って」
「……うん、俺」
最初はまたピクシー妖精のいたずらと思い気にも留めていなかった男性だが、俺がしつこく声をかけたことでようやくこちらへと戻ってきた。
だが辺りを見渡すも、先ほど製作した装甲しか見当たらなかったことで声の主が自分の製作したこの装甲であることに気が付いたのだろう。
男性は驚きのあまり机に脚を取られその場に倒れ込んでしまった。
「な、な、なんで?? 何で魔具が話しかけて来たんだ!?」
「あぁー、まぁ普通はそういう反応ですよね。なんか、すみません」
「あ、いや、こちらこそすまない。少し取り乱してしまった」
「いえいえ、こちらこそです」
男性はしばらくして落ち着きを取り戻し、倒れた衝撃で床に転がった器具を片付け終えると再び俺の元へと近づき、俺の体を覗き込んできた。
流石にそこまでまじまじと見られると、少し照れるな……。
「……不思議な事もあるものだな。まさか魔具に命が宿ってしまったのか?」
「あ、いやそういう訳じゃないんだ。俺、元々魔鉱石の時から意識はあったし……、そうだ! そう言えばあんたさっきはよくも俺の言葉を無視して熱しては叩いてくれたな!」
「あ、あの声お前だったのか! いや、それはすまないな。てっきりまたあの妖精共がいたずらをしていると思ったんだ」
「まったく……、人の体をあんな風に扱ってたら俺じゃなければひどい目に合ってたかもしれないぞ?」
「人って……、お前魔鉱石だっただろ……」
「はっ、そうでした……」
男性は俺の言葉に笑みを浮かべ答えていく。
ただ、意思を持つ魔鉱石という俺の存在に未だ頭が追いついていないようではあったが……。
「それで、あんたは何者なんだ?」
しばらくして、俺は腕を組み俺の姿を見つめる男性に言葉をかける。
「おっ、そう言えば自己紹介がまだだったな。私はグリエル・イルエスタ。魔法武器などのいわゆる魔具と呼ばれるアイテムの製造を行っている」
魔具……。だからこの小屋は剣や弓など色々な武器から防具までがそこら中にあるのか。
「なるほど。だからその材料として、あんな竜のいる場所まで俺を拾いに来たのか??」
俺の言葉に、グリエルは一瞬驚いたような表情を浮かべたがすぐに豪快に笑い声を上げた。
「ガハハハハハッ! あそこが竜の谷と知っていたのか。あの場所は昔から純度の高い魔鉱石が採れるからな、私の様な魔具師からしたら宝の山なのだ。ただ、竜はモンスターの中でも最上位種、簡単に近づける場所じゃない。それでもこの右手用の装甲を作るためにはあの場所の魔鉱石が必要だったから夜の内に採りに出かけた所、お前さんを見つけたってわけだ」
あそこ、竜の谷って言うの??
そう言われてみれば、確かに他のモンスターもいたけど竜がやたらと多かった気が……。
……あの糞幼女、なんてところに転生させやがったんだ。
俺は記憶にあるあの少女の得意げな顔を思い出し、沸々と怒りが湧いてくるのを感じるもどうすることも出来ず、怒りを通り越して呆れかえるのだった。
「……なるほどな。それなら俺を拾ったのも理解できたよ」
「ハハハッ、だがお前みたいな純度の高い魔鉱石があんなところに落ちていた時は驚いたよ。まさかその魔鉱石に意思まであるとは思っていなかったがな」
「俺もこんな体になるとは思ってもいなかったよ……。それよりも今の俺のこの体、魔具って言うからには何か特別な力があるのか?」
……あれ? グリエルさん??
何だか表情がみるみる変わっている気が……。
俺のその予想は当たっていた。
俺の言葉でグリエルは不気味な笑い声を上げ始めたのだ。
「ヒヒヒヒッ、よくぞ聞いてくれた!! お前のその体、名を魔具 アリヘルムと言ってな。魔鉱石を混ぜ込むことで魔法を装甲に付与することが出来る他、防御力も竜の攻撃でも防ぐことが出来るほどなのだ!! どうだ、凄いであろう?! ハァ、ハァ、ハァ……」
「う、うん。すごい、ですね、ハハハハッ……」
……オタクだ! こいつは紛れもない魔具オタクだ!!
てか何で息が切れてるの? 何でそんな嬉しそうに笑みを浮かべているの??
キモい、気持ち悪いぞグリエルさん!!
俺はこちらへと顔を近づけ息を切らすグリエルにそれ以上の言葉を返すことが出来なかった。
その後しばらくの間、沈黙が2人と小屋の中を包み込む。
「……す、すまない。つい興奮してしまった」
「……い、いや、気にしないでくれ」
ようやく我に返ったグリエルは、恥ずかしそうに俺に口を開く。
おっさんの照れた顔なんて、誰も得しないんだけどな。
それより、この体はそんなに能力があるのか。
あれ、そう言えば俺の体って自分のイメージで姿が変わるんだったよな……。
気を取り直した後も俺の今の姿がいかに美しいか、それを力説するグリエルを横目に俺はあるイメージを思い浮かべた。
すると俺の体はすぐさま変化を始め、元の魔鉱石の姿へと戻ることが出来たのだ。
「……あ、戻っちゃった」
「え、戻ったって? ……ノォォォォォォォォォ!!」
俺の姿が元の魔鉱石に戻ってしまったことに気が付いたグリエル。
彼の悲痛な叫び声は、しばらく小屋の中に響き続けたという。
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