もっと素直になりなさい (2)
マーケットの中を飛び回る空の旅は快適なものだった。
あたしの知っているエレベーターのように重力を感じさせないところは何ともいつも通りだけれど、東京タワーやスカイツリーの展望スペースなんて目じゃないくらいに全方位、絶景が広がっている。
星々のようにお店が散らばっていて、ここもまるで宇宙空間のよう。
通りすがりに見えたショーウィンドウも豪華なもので、それ一つが軽く劇場のステージ並みだ。遠目で見ていたから分からなかったけれど、かなり広くて大きい。
見ていて面白いと思ったのは、そこら辺にいる客がみんな手ぶらだということだろうか。そもそも手すらないマシーナリーもいるのだけれど、それはともかく。
店に入って、商品を指定して、次の瞬間には忽然と商品がその場から消失する。あれでお買い上げらしい。直送便ってヤツか。
まるでお祭りの屋台感覚で買い物していっているが、明らかに車並みの大型の機械すらそのくらいあっさりと気軽だ。
この時代の金銭感覚もよく分かってないからあれだけど、下手に子供にクレジット的なものを渡したら数分で家が埋もれてしまうんじゃなかろうか。
「一先ず欲しかったものは大体こんなところか」
ゼクが腕に身につけている端末を操作し、タブレットのようなものを表示させる。今日購入した品々がリストアップされているようだ。
こう見るとまた凄く色々なものを購入したもんだ。一体これらがどのような用途に使われるものなのか皆目見当もつかないのだけど。
「まだ申請が通ってないのもいくらかあるッスね」
タブレット上に表示されているリストの中に赤文字のアイコンがついているものがいくつかあった。申請しないと購入できないものはこういう扱いなわけか。
とりあえずのキープをされている状態っぽい。
場合によっては取り消されることもあるのだろう。
そりゃまあこれだけあったら中には危険なものもあるだろうし、全部が全部ほいほいと気軽に買えるわけがないか。
「ちょっとボク問い合わせてくるッス。ボクの権限を使えば取引許可が早く下りるかもしれないッスから」
そう言ってエメラちゃんが小型リフトに乗り継いで、マーケット中央へと飛んでいった。何やらドームの中央に巨大な柱のような建物があるなぁ、とは思っていたけれどあそこがサービスカウンターのようなものだろうか。
見た感じ、あの柱の周辺だけ結構混雑しているように見える。これだけ円滑に買い物ができる反面、やっぱり色々と面倒なあれこれが山積みなのかな。
「さてと……今日は悪かったな、ナモミ。俺の買い物に付き合わせてしまって」
なんか普通は逆だよね。こういうショッピングって女のあたしが色々と連れ回しちゃうもんなんじゃないの。まあ、彼氏なんていたことなかったからそういうのもよく分かっていないんだけど。
そこで、ふと気付いた。
あれ? これってデートになってる?
いやいや、そんなことはない。だってエメラちゃんもいたし、護衛の皆さんも今も見守ってくれてるし。デートじゃないない。
「ナモミは何か欲しいものはないのか?」
「うーん、なんというか、何が欲しいのか自分でも分からないというか」
そもそも取りそろえている品々がどういうものなのかを分かっていない。
何かの器具だったとしても使い方も分からないし、インテリアにしてもあたしのセンスではどうにもピンとこないものばかりだ。
「そうだな……服とかはどうだ?」
「服……? ってここに置いてあるの?」
思えば『ノア』からずっと同じ格好している。
カラーバリエーションは多少なりあるけれど、シンプルなフォルムの宇宙服みたいなもので、汎用性やら利便性については文句はないけれど、可愛らしさというものは今ひとつだ。
「どうやらあるみたいだぞ。メジャーなブランド、といっても俺には分からないが、人型マシーナリー向けのデザインもいくらか置いてある。その場で仕立ててくれるところもあるな」
「へぇ、オーダーメイドまであるんだ」
リフトに備え付けの端末を見てみるとカタログっぽいものがいっぱい出てきた。
ついうっかりマシーナリー用の衣類が目に留まってしまったけど、サイズ感がすごいものがあったものだ。
ゴスロリを着たドラム缶のような形をマシーナリーとかなかなかインパクトがあるものだ。球体型のマシーナリーにビキニっぽいものを付けたモデルも出てきた。
生まれつき人型というか人そのものなあたしには理解できない美的センスだ。
同型のマシーナリーにとってはオシャレだったり刺激的だったりするのだろう。
「あ、これは可愛いかも」
人型向けのモデルが表示される。
触れてみると立体映像となって投影されてきた。
ちょっと長めのプリッツスカートに、キャミソールにカーディガンを合わせたような比較的薄めっぽい生地。
少なくとも今着ているぴっちりしたジャージじみた宇宙服と比べてしまうと、なかなか可愛らしい。
「こちらはフローラ・ブランドですな」
うわっ、喋った。
意表を突かれて振り向くと、護衛さんがいた。いや『エデン』にきてからずっと同行してもらってたんだけどさ。
口がない金ぴかのブリキのロボットみたいな格好だから喋れないイメージだった。でも自己紹介はしたはず。ええと名前は。
「ゴルルさん、でしたっけ。ここ有名なブランドなんですか?」
「ええ、有名ですぜ。ナモミお嬢様。『エデン』でも指折りでして『エデン』の外からでもフローラの名は広く知れ渡ってるです」
へぇ、ゴツい見た目をしている割にはこういうの詳しいんだ。いや、別に悪口のつもりじゃないんだけど、イメージが違う。
「何といってもクオリティは一級品。ナモミお嬢様にもお似合いだと思うですよ。何を隠そう、ソレガシのプロテクトコーティングもフローラ製でしてな」
そういって金色のボディを見せてくれる。
それ、ただの塗装じゃなかったのか。裸かと思ってた。
よく見るとキレイな模様までついている。蝶々と花を掛け合わせたマーク。
丁度カタログから表示されているモデルのものと同じものだ。これがブランドのマークらしい。
「ふぅん、ゴルルさんのオススメならここに決めようかな」
特に迷うものでもないし、それに見た目も気に入ってるしね。