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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.1 Billions years later
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人類よ、子を産むのです (2)

 地球はとうの昔に消えてなくなった。知らない人類はまずいないだろう。


 人類の歴史を学ぶ上では地球に関することは必ず出てくる。


 しかし、ナモミはどうやら地球が存在している頃にスリープに入ったらしい。


 自分が眠っている間に生まれた場所ほしが消えてなくなっていたなんて想像だにしていなかったに違いない。


「なく、なった……?」


 時間がゆっくりと動き出す。その言葉は錆付いた金属よりも鈍く重い。


 自分が七十億年もの時間を旅してきたという事実も飲み込みきれていないような状態で、何かを失うという実感は痛烈なものだろう。


 痛みを感じる前の傷口を抉られるような、途轍もないソレだ。


 史実である以上、隠すものではない。いずれ言うべき時がきただろう。


 だが、今のナモミにはまだ明かすには早すぎた。


「記録では地球は今よりおよそ三十億年も前に」


「いやああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 耳を劈く悲鳴。


 もう何も聞きたくないと拒む悲痛の声がミーティングルーム内を反響する。


 テーブルを蹴飛ばし、椅子もなぎ倒し、知能を失った猿のように駆け出し、ナモミはこの部屋から出ていってしまった。


 何が起きたのか把握できていないプニカと、何をしていいのか分からない俺を残して、ミーティングルームは静まり返る。


「ゼクラ様……」


 困惑した無表情でこちらを見つめる。


 ああ、コイツ何も分かってないんだな。この瞳はそれを物語る。


 だが、それは咎められるものではない。例えこの場でプニカを怒鳴りつけてもそれは何の意味も成さない。


 ナモミにとって、つい最近まで地球があって、気が付いたら一瞬で地球が消えてなくなってしまったようなものだ。


 このほんの一瞬の時間にどれだけのものが圧縮されていることか。


 ようやく落ち着いてきたと思っていたんだが、さしもの俺も未だに心の整理がつけられていないのだから、ああなってしまうのも仕方ない。


 人間の精神というのは存外、脆いものだ。


 もう、ほんの少しでも時間を置いていれば、一緒にティータイムを嗜むくらいの余裕はできていたのかもしれないが、そういうもしもの話は今はなしにしよう。


「プニカ、俺たち過去の人間はまだ頭じゃ今と過去を切り離しきれていないんだ。だから過去に触れる話題は刺激が強すぎる。過去は二度と戻ってこないからな」


「申し訳ございません。配慮が足りませんでした……」


「ナモミのことは俺が何とかしておく。その間に、何か、そうだな。気を紛らわせられそうなものを用意しておいてくれ」


「はい、分かりました」


 一先ずは役に立ちそうにないプニカを残し、ミーティングルームを抜け出す。


 ことを荒げないようにするにはどうするべきか、頭を悩ませる議題を痛くなるほど詰め込み、ナモミを探しに床を蹴る。


 このコロニー『ノア』はそれなりに広い。人が生活することのできる居住スペースだけでも約百万人は収容できるほどらしい。


 無論それだけではなく、商業施設や工業施設、研究施設など各種施設単位でエリアが分けられており、人一人探すには少々骨が折れる。


 俺も色々と散策をしてみたが、半分の、そのまた半分すら回り切れていない。


 だとすれば、逆説的に推理して何処を探すべきか。


 まず最初に向かうべき場所を決めた。


 ナモミとの付き合いなど皆無だ。


 まだ出会ったばかりで、会話するのもなかなか難しい。性格すら分からないし、何が好きなのかも分からない。


 分かることといえば今の置かれている状況に混乱していることくらい。


 何せ、いきなり知らないところに放り出され、よく分からないまま重大な使命を突きつけられ、かつて自分がいた場所が全部なくなったと知らされたのだ。


 同情という言葉さえ安っぽくなる。


 俺にできる何かをしなければ。


「ここに、いるか……?」


 辿りつき、その扉を開く。


 そこは居住区、ナモミに割り当てられた部屋だ。


 室内には明かりが灯っていなかった。


 がらんどうのように思えたが、廊下から差し込むライトの明かりが届かない奥、部屋の片隅からすすり泣く声が微かに聞こえた。


 部屋の入り口のスイッチに触れ、ライトをつける。


 するとベッドの端っこで毛布に包まっているナモミの姿がそこにあった。


 七十億年という年月を経て、過去の全ての思い出、そしてかつてあった居場所を失ったナモミに今あるのは、与えられたばかりの私室しかない。


 逃げ込める場所はここしか残っていないんだ。


 ベッドの上、ひっくひっくと毛布が揺れる。


「何よ……何の用よ……」


 酷く弱々しく、涙で濁った声が拒絶するように語りかける。


 喉がガラガラになるほど泣き枯らしていたことが容易に想像できた。


「プニカも悪気があって言ったことじゃないんだ」


「分かってるわよ……」


 毛布に包まったままこっちを向く気配はない。


 どういう言葉を掛けてやればいいのだろう。


「わけ分かんなくてさ、胸ん中もぐっちゃぐちゃでさ、理屈とか理由とか聞いても全然納得できないし、馬鹿なのかなあたしって……。こんなこと、あんたに言っても仕方ないんだろうけど……」


「そんなことはない。俺だってこんな状況に戸惑ってるし、分からないことだらけだ。分からないのは分かる。納得できないならいくらでも話し相手になってやる。わけ分からないもんを詰め込んどくよりかさ、気が紛れた方がいいだろ?」


 あまり小難しい話ならプニカに任せたいところだが、今ここでプニカが出てくるとさらにわけ分からないことになってしまうんだろうな。


「……地球」


「ん?」


「地球って本当になくなったの? なんでなくなっちゃったの?」


「ええと、太陽は、分かるか?」


「……馬鹿にしてる? お日様でしょ?」


「ああ、うん、そうだな。それは分かるよな。で、ええと、地球ってのは太陽の周りを回っていて、その太陽というのは膨張していたんだ。つまり、まあ大きく膨らんでいたというか」


「そうなの?」


「ああ、まあ、それであるときから膨張した太陽による影響が出始めて、その、地球で生物が住める環境がなくなってしまった、らしい。以来、人類は地球を離れてしまったんだ」


「マジ?」


「今の俺たちみたいにコロニーへ居住するようになったのもその時代からだ」


「……そうなんだ。それで地球は最後にどうなったの?」

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