もうお嫁に行けない (2)
「思っていたより、なんか、貯金多いのね」
この額だと一日三食計算としてももう何年どころか、何十年、はたまた死ぬまで食事には困らなそうだ。
これからの将来、子供の養育費とかその他の諸経費も検討しなければならないとなると、もしかするとこれでも少ない額になってしまうのかもしれないけど。
「ナモミ様の場合、ベーシックインカムの他にも収入があったようですね」
「え? あたし、なんかしたっけ?」
正直なところ『ノア』ではただただ生活している記憶しかない。アルバイトみたいなこともしていないし、特別稼げるようなことなんてしたっけかな。
「例えば子作り手当ですね。ゼクラ様との性行為も収入に含まれます」
「うえっ!? そんなのあり?!」
ゼクとヤってただけで金もらえてたの? いやいやいや、そんなことってあってもいいのか? でも子ども手当とかは別に聞き慣れないことじゃないし、子作り手当なんてのもあっても、なのかな。
でもそれを踏まえて、こんな額って一体……。
絶滅危惧種の繁殖だから、ってこと、なの?
「あと、以前『ノア』でのメンテナンス作業。こちらも給与として振り込まれておりました」
「ぁ、あー……そういえば、そんなことやってたっけ」
今は大体エメラちゃんが全面的にやってて、あたしの出る幕ではないけれど、確かにちょっとだけ修繕的なことは手伝ったことはあった。
「それと、こちらの収入が大きいようですね。考古学研究支援・教材提供、及び広告費、スポンサー支援金など五割ほど占めているようです」
五割というとそのまんま半分だ。あたしの預金の半額ともなるととんでもない収入になるが、しかし聞き慣れない言葉が出てきた。
考古学なんて言われても、身に覚えがない。そもそもあたしは学者なんてやってないわけだし、それに関する教材だって提供するようなものなんてないはずだ。
「支援とか教材とか、広告とかスポンサーとかとか、なんか覚えがないんだけどそれって何かの間違いじゃないの?」
「どうやらナモミ様がネクロダストに収容されていた時、研究資材として扱われていた記録があるようです。それに対する謝礼でしょう。幸い現代でも換金可能な電子通貨でした」
「な、なにそれ……あたしが寝ている間に標本みたいなことにされてたの?」
確かにあたしは何十億年分の時間をすっ飛ばしてきた。かつて存在していた地球の出身者でもある。外部から見てしまえば、貴重な資料であることに違いない。
何年だか何億年前だか知らないけど、何処ぞで回収された際、知らぬうちにそういう資料として研究材料にされてもおかしくはない……のか。
意識がなかったからよかったものの、どんなことをされていたのか、考えるだけでも恥ずかしい。あたしのあられもない姿をまじまじと研究されていたのか。
「うぐぐ……、もうお嫁に行けない……」
「広告やスポンサー料についてはかなり最近に入金された記録がありますね」
「え? 最近? それってあたしが目覚めてからってこと?」
「そうなりますね」
記憶にない。だってこの『ノア』で目覚めてからそんな広告になるような仕事なんてしたことなんて……。
「あれ……?」
何かが脳裏を過ぎる。
もしや、とあたしは手元の端末に手を触れていた。
そして、それを探りあて、表示させる。
『ヘローヘロー、こんちゃっちゃ、ナモミでーす』
モニターいっぱいにあたしの、なんとも陽気な振る舞いが、そのまま出てくる。
例のアレだ。いつかエメラちゃんにそそのかされて、マイチューバーの真似事感覚で撮影した動画。あれからまた結構な数を投稿していた。
内容はちょっと直視するのは堪えるが、よく編集されている。
投下したばかりの頃も結構伸びていた印象だったが、少し前に確認した時以上に再生数もコメント数も目で追えないくらいの量まで膨れあがっている。
「こちらは随分と宣伝されているようですね。どうやら広告料が一致しています」
間違いない、これだ。
まさかこれの広告収入がそこまで伸びていたなんて。ヨタすげぇ。
いつの間にあたしは有名マイチューバーになってたんだ。
ちょっと悩んでいたんだよ、ほんの少し前。もし金銭という概念があるなら、もしお金が必要になるんだったら働かなきゃなって、真剣に。
この時代、できることなんて限られているんだし、何ができるのかな、なんて。
大体、この動画を作る経緯はどうあれ、内容的にはアレだよ。自己満足だったはずだよ。こういうことをすれば何らかの資料になる、みたいなことをエメラちゃんに言われはしたけれど、ひいては承諾もしたけど、自己満足だったよ。
こんな結果になるとは予測してなかった。
こんな規模になってしまうと、これもう羞恥プレイじゃん。
「ナモミ様の将来は安泰ですね」
「ぁ……う、うん……、確かに嬉しいことなのかもしれない、けど……」
一生分稼いだことになるのか、これは。アレで。
いや、あたしの人生はこれからだから、まだまだどうなっていくかなんて分からない。けれど、少なくともそうだ。
想像していたよりも、あたしの収入はヤバかった。
いや、そもそものそもそも、収入があるなんてことすらついさっきまで知らなかったのだけれど、無一文かと思えば億万長者だよ。
なにこの、ギャップ感。リアクションにとても困る。
「ああと……ちなみに、プニーの預金ってどれくらいになるの?」
身震いしてきたあまり、話題逸らしにふと振ってみる。
「そうですね、私の貯金はこのくらいです」
少なくはない。けして少なくはない額のはずだ。
だが、比較対象であるあたしの残高の異質さが光る額だ。
「ご、ごめん……プニー」
この『ノア』で一番の功労者はプニーのはずだ。何百年もの間、この『ノア』で人類のために活動してきて、あたしたちのためにも様々なことをしてくれた。
のにも関わらず、プニーに比べたら特に凄いことは何もしていないあたしが、コレって。
「何か、気にすることはありますか?」
いつも通りの無表情。内心も、特に気にしている様子はなさそう。
「ナモミ様、人の価値は金銭の価格ではありませんよ」
「そ、そうだよね。深く考えすぎたかな」
こうピシャリと言われてしまってはもう気にしたら負けなのだと思うしかない。