おっぱいが欲しい (4)
何故こんな明瞭な答えに今まで辿り着かなかったのだろう。一番あたしがよく分かっていることのはずなのに。
考えてもみればそうだ。ライバルしかいないこの『ノア』でゼクとの関係に焦りは感じない方がおかしい。
ああ、そうか。プニーはそれを自分で自覚できていないんだ。ただただ焦る気持ちだけが先走ってしまっているんだ。きっと例えようのないもやもやがずっと胸の中でパンパンに膨れあがっていたに違いない。
勘違いしちゃいけない。プニーは無感情じゃないし、むしろ感情豊かで、ただそれを表に出すのが苦手なだけなんだ。今のこの瞬間でさえも笑おうと思えば笑えるし、泣こうと思えば泣ける。そのタイミングが分からないだけ。
プニーだっていつも任務のためにだなんて言ってはいるけれど、本心からゼクの子供が欲しいのだろう。いつも無表情のプニーしか見たことがないからすっかり騙されてしまっていた。
ああ、もしかして、ひょっとすると、この無表情なのも割と女性陣の前だけで、異性、つまりゼクの前ではもっと表情豊かだったりして。
案外そうな気がしてきた。
プニーの抱いている不安というのは、きっとそう。
ゼクを誰かに奪われてしまうかもしれないという喪失感。ゼクと自分だけが仲良くありたいという独占欲。本能的なものに違いない。
どうする。あたしはどうしたらいい。目の前でライバルが助言を欲しがっている。そもそもライバルという認識自体が間違っている?
あたしもプニーも同じ『ノア』で生活する仲間で、共に子作りしなければならない仲間でもあるわけで、そこに競争心を抱いちゃダメなんじゃないの?
またしても、あたしの目の前に常識という壁が立ちふさがってくる。そうだった。今の時代、そして今の環境は、あたしの生きてきた過去のソレとは何もかもが違うんだった。
そう、あたしも不安だったんだ。だからどうしてもこのもやもやを晴らしたかった。だからこそさっき、マザーノアに聞いたんじゃないか。マザーノアはなんて答えてくれた? 何の支障もない、ってハッキリと答えた。
でも、それをそのまま受け取ることが正しいのか。正直もう分からない。
感情を持つ人間と、打算的なコンピュータでは価値観は大きく異なる。でもプニーはこの『ノア』でマザーノアの意思のもと、生きてきた。でもやっぱりそれでもプニーは人間なわけで……。
「どうかしましたか? ナモミ様。先ほどから顔色が優れないようですが……」
凍るような冷や汗が伝う。頭はオーバーヒートしそうなのに、状況は凍てつきそうなほどに血の気が引いている。
「あ、いや、まあ、プニーの悩み事の解決方法が思いつかないなぁ、って。あたしももっと頭の回りが良かったらよかったんだけど……」
目の前にいるのは仲間であり、ライバルである。
そしてどう考えてもあたしの方が劣る面が多い。
いっそ今この瞬間にでも逆の立場になりたい。プニー助けて、ゼクとどうやっていけばいいのか分からないの、って。
「ほら、ここまでの話を聞いた感じじゃ、プニーが思うほどの不安要素がない気がするしさ」
「私が必要以上に焦っていただけなのでしょうか」
みんなで仲良く子作り。それがきっと理想像。人類繁栄のために必要なことで、そうであるべき。だけれど、この胸の内にあるもやもやを無視するのも辛いというのが本音だ。このあたしの中の常識を捨てるのが正解なのかもしれない。
「申し訳ございません。そんなにも私のために悩んでいただけるなんて……」
途轍もなく純粋無垢な瞳で、プニーが尊敬オーラを浴びせてくる。これはたまらない。浄化されてしまいそうだ。
「いや……いいんだよ、プニー。だってあたしたちは同じコロニーの仲間でしょ?」
「仲間……」
ジィーンと感動している。あれ? プニーって表情豊かだな。演技か? 無表情な振る舞いは全部演技なのか? そう思わせるくらい、スッとプニーの表情がいつもの状態に戻っていく。合成動画みたいだな。
感情を出すタイミングが分からなさすぎて、感情を表に出さないように抑えてる説が浮上してきた。ちょっと興奮すると仮面が剥がれるらしい。
「ねえ、プニー。どうして不安なの?」
「え……、ですから、私は魅力がないですし、そのおっぱいもないですし……」
無表情でシュンとする。そして自分のない胸をさすさすと撫でる。なんて空しい動作なんだ。
「おっぱいが欲しい……」
無表情でも儚さ切なさが振り切れてくる。
「きっとプニーは自分が持っていなくて、みんなが持っているものが羨ましいんだよね」
「おっぱいがですか!?」
「いや、おっぱいからは離れて……」
プニーの中はおっぱいでいっぱいのようだ。
そういえば、いつぞやエメラちゃんの持ってきたシミュレートする機械だかでプニーのおっぱいが擬似的に大きくなったとき、物凄い興奮していたのを思い出す。
外見が別人のようだったから何となく眺めていたけれど、あのときのプニーの興奮っぷりときたら、なんと表情豊かなことだったか。
プニーのおっぱいコンプレックスの強さは異常らしい。
それ即ち、女としての魅力に対して著しい劣等感、というかジェラシーを持っているという裏返しなのでは。
「人にはその人の個性がある。それはその人だけのものであって、自分には手の届かないもの。あたしはあたしなりに、プニーもプニーなりにゼクにアプローチを掛けているけれど、それはそれぞれ違って当たり前なの」
プニーがきょとんとした顔をする。
「プニーは自分のやり方があっているのかどうか不安だって言ったけど、あたしもそうだよ。どうやってゼクに話しかけたら正解なのか、何をしたら間違っているのかなんて全然、分からないよ」
塩を送るか、塩対応か。選ぶならどっちかと言われたらまあ、決まっている。
「誰かと比べて悩むくらいなら、素直なままの自分で、誰でもない自分のままがいいに決まってるよ」
「そう……なのですか?」
まるで辞書を開いたのにいくら探しても見つからない単語にぶちあたったみたいな顔をされた。
「プニーには、おっぱいはなくたって魅力はいっぱいなんだから」
「は、はいっ」
感情のこもった言葉で、プニーが返事してくれた。
これでいい。そう思うことにした。