おっぱいが欲しい
『いかがなさいました、ナモミ』
あたしの部屋に備えつけてあったタブレット的な端末を起動させると、大したローディング時間もなく、直ぐさま立ち上がった。
本物の宝石と見間違うくらい美しいクリスタルのようなソレの映像が目の前に投影される。意思を持っているコンピュータであり、このコロニー『ノア』を管理しているマザーノア。
「少し、今の生活に不安を覚えるところがあって……、相談を少し」
『現在コロニーのメンテナンス状況は万全です。食料の備蓄及び生産においても異常はありません。居住区のスペースにも十分な空き状況があります。また健康状態にいたっても良好です』
機械的につらつらと言葉を並べられる。まるでプニーを彷彿とさせるようだ。
そもそもプニーはマザーノアの下で教育され、生活を送り、任務にあたっていたのだから育ての親に似るのは必然か。
『不安要素を確認できません』
最近ふと気付いたところがある。以前から気になっていたロボットという概念について、どうにもあたしの中の常識とこの時代での常識が大きく食い違う。
マザーノアはコンピュータで、エメラちゃんはロボットという扱いらしく、何がどう違っているのか分かっていなかった。現に、こうやって受け答えも正常にできているし、尚のことだ。
ただ、こうやってマザーノアと会話していると、感情の伴いが皆無というのか、妙に打算的な思考回路が働いているという感じがヒシヒシと。
これこそまさにロボットっぽいといえばロボットっぽい。
しかし、この時代でのロボットと言われている、ええとマシーナリー。つまりエメラちゃんは実に感情的だ。人間と変わらないというか、もうそのまんま。実は人間なんじゃないのってくらい。
『いかがなさいました、ナモミ』
「不安要素は、やっぱりあたしたち人類は今のところ数が少ないし、ここから繁栄するほどに回復が見込めるのかな、ってところで」
『個体数の問題についても支障はございません。身体の健康状態から繁殖率の計測を行ったところ、十分な値であると算出されました』
多分、あたしの生きてきた時代にマザーノアがいたとしたら、間違いなくロボットとして扱われると思う。ただ今は時代が違うんだ。
今でいうロボットというのはもう一つの種族。猿、ゴリラ、人、マシーナリー。何処かの系列に加わっている新しい種なんだと。そしてそこにコンピュータであるマザーノアは含まれていないと。
「ありがとう。少し不安が取り除けたかも」
『どういたしまして、ナモミ。人類が繁栄していくことを願っております』
そういって、目の前のクリスタルが塵のように消失する。
まるでスマホか何かでニュースサイトか何かを検索し、閲覧でもしたのかというくらいに気楽に始まり、そして終わった。ふぅ、と溜め息を一つ。そして机に身体を突っ伏す。
うーん。今更すぎるし、今までもずっと悩んできたことではあるのだけど、このジェネレーションギャップが途轍もない。半端ない。概念というか常識そのものがひっくり返っている。それを何度反芻してきたことか。
今日から挨拶は腰を曲げるお辞儀ではなく、片足を持ち上げて一回転します、とか言われたらソレをはい分かりました、って納得できるだろうか。
極端な例えだが、今あたしが置かれている状況っていうのはこんな感じだ。
そろそろここに馴染んできてもいいと思うんだけど、あたしの脳みそのなんて固いことか。未だ夢の中をさまよっているかのような気分だ。
慣れてきてはいる。慣れてきてはいるはずなんだけれども、まだギクシャク。
こんなんだからみんなに心配されているんじゃなかろうか。
ちょっとさすがにみんなに甘えすぎなんじゃないの。甘えちゃダメなんてルールはないし、むしろ人類滅亡一歩手前の現状からしたら甘えなきゃダメなレベルのような気もするけど。
どうもしようもないフラストレーションだ。
いっそベッドに背中からダイブして、うわーっ、って手足をバタバタさせたい。
『失礼します。ナモミ様、今よろしいでしょうか?』
ふと、呼び鈴の音と共にインターホンからプニーの声が聞こえた。
どうやらあたしの部屋の前まで来ているらしい。それにしても珍しい。プニーの方からあたしのところに訊ねてくるなんて。
いつもだったらむしろあたしの方からあれこれを頼んでいたところだ。昨日なんかも、食事の献立を増やしてもらうよう催促していたくらい。
「あ、うん、いいよ。どうぞ、入ってきて」
「失礼します」
ドアを開け、プニーが現れる。
相変わらず無表情で、何を考えているのか分かりづらい……ような気がしていたのはもう大分前のこと。比較的プニーは純真というのか、なんというか、お姉様に比べると感情が分かりやすい。
むしろ、お姉様が特別に分かりづらいだけともいえるが。
「ナモミ様、突然の訪問、申し訳ありません。折り入って相談したいことがございまして」
そして今のプニーの無表情をくみ取ると、どうやら何か悩み事があるみたいだ。
おそらく胸の小さいことを気にしていて、ゼクにどうアプローチ掛けたらいいのか困っているといった様子だろう。
「こんなことを言うのもなんですが、その……私ってどうやら胸の大きさが平均より劣るようなのです。胸の大きさは女性の魅力の象徴と聞きます。ともなれば胸のない私は魅力のない女なのかもしれません」
ほら、なんか大体あってた。
「ゼクラ様にもアプローチを掛けるに至っても、やはり魅力の欠けた私ではゼクラ様の気を惹けていないような気がして……」
これはもう正解と言っていいんじゃないかな。
「それであたしのところに来たんだ。でも、そういう話だとお姉様に聞いた方がいいような気も。どっちかというと女の魅力、って話をするとお姉様が一番魅力的だと思うし」
何処の財閥のお嬢様だってくらいお姉様も美人だ。容姿端麗っぷりはあたしも度々劣等感を覚えるくらい。
「いえ、キャナ様にも訊ねようとはしたのですが、飛んで逃げられてしまって」
プニーが俯く。
多分、本当に言葉通りに飛んで逃げられたに違いない。何故かはよく分からないけれども、お姉様はプニーに苦手意識を持っているっぽいし。
「ま、まあ、それは仕方ないよね」