そないなとこ見んといて (2)
このふわふわ笑顔の裏に、たっぷりの自信を隠していると思うとその余裕感がうかがい知れるというもの。
実際のところ、お姉様の魅力については語るまでもない。
すらっとした長身。かといって特別に高いわけでもなく、スレンダーさを引き立てる程度のもので、どちらかといえば細身なのに肉付きのふわふわ感はきっと世の男性にはそそるものがあるポイントになりそう。
肩の下まで伸びるロングヘアも純朴さを感じさせない。きちんと手入れをしているのか、自らふわふわさせてるのかは分からないけれど、くせっ毛もなく、流れるようで美しいとさえ思える。
それに、何を考えているのか分からないミステリアスっぽい雰囲気。それを緩和させるかのようなやんわりふんわりとした物腰の柔らかいこのふわふわ態度。溶け合って魅力を惹き立てる。
もし男だったらその身を預けたくなるほど甘えてしまいそう。
「んきゅ?」
そして、ソレ。ソレだ。その胸に抱え込んだソレ。
あたしに劣等感を抱かせ、プニーに絶望感を抱かせるソレだよ。
中に何を詰め込んだらそんなにもふわふわになるというのか。
ふわふわだよ。お姉様。
何処もかしこもふわふわでいっぱいだよ。
「お姉様はいいなぁ……きっとゼクの心鷲掴みだもの」
ゼクが例え真性のロリコンだったとしても、このお姉様には自分側に引きずり込めるくらいのポテンシャルはあるだろう。それは確信できる。
「まぁまぁナモナモ。そんな気ぃ落とさんと。ナモナモも可愛ええしキレイやん」
強者の余裕か。その言葉をお世辞や気休め以外の意味で汲み取るのは今のあたしにはとてもじゃないが困難を極める。
そのうち、ゼクもあたしやプニーに飽きて、お姉様とだけ付き合うなんて構図もありえるんじゃなかろうか。子孫繁栄という重大な任務も形式、建前上のものになってしまって、「しょうがないからヤッてやる」みたいなことになって。
気付いたらお姉様キッズでこの『ノア』がいっぱいになってしまうなんてことも、もしかしたら今後の将来、当然にあり得るんじゃないのかな。
お姉様の子供だったらきっと遺伝して美男美女になるだろうし、ますます立つ瀬がなくなりそう。そしてこう言われるんだ。「ねえナモ婆ちゃん、どうしてボクの親戚って少ないの? キャナお婆様のおうちは家族いっぱいいるのに」なんて。
例えそうでなくとも、今いる『ノア』の女性陣の中で、真っ先に子供を産みそうなのはお姉様だろう。それは想像に難くない。
「はぁー……」
なんともはや、敗北という言葉がつきまとう。
「んにゅ~~~っ!」
「ほわっ!? お、おねえひゃま? にゃ、にゃにを?」
唐突に両ほっぺを両手でグニィと抓まれた。珍しくお姉様の手が直接触れたような気がする。いっそお姉様の手って飾りじゃなかったのかと再認識したくらい。
無論、手先足先以外は言うほど触れたことがないわけではないけれど、相変わらず冷たい手をしている。
「そっこまで落ち込むことないやろぉ?」
ぐいっとお姉様の顔が目と鼻の先まで迫る。
「いや、らって……おねえひゃま、びじんらし……あらひなんて……」
「ナモナモは可愛いっ! めっさ可愛いっ!」
ぴしっ、と指が離される。そしてゴムのようにあたしの口元が元通りに閉まる。
「ほらぁ、ナモナモ、肌きれいやん? 目立ったホクロとかもないしぃ」
「いやいや、そんなことは……」
と、ふと今更ながら自分の腕とか見て、気付いた。
そんなはずはないと思うのだが、古傷やホクロらしきものが見当たらなかった。
「ん? あれ? あれ? ん?」
「どないしたん?」
「い、いや、結構目立った傷跡とかあったような気がしたんだけど……」
影も形もないとはこのことか。確かに小さい傷くらいなら痕も残らず完治してしまうのは当然のことなんだけど、それでも違和感を感じるくらい、肌がきれいだ。
大げさな傷となると幼い頃から消えないものだってあったはず。それすらもないなんてさすがにおかしい気がする。
「過去にネクロダストが回収されたときにでも丸ごと治療されたんちゃうん?」
「え? そういうのも治っちゃうものなの? ホクロとかも?」
「まあうちも専門的なとこまでは分からんけど、ネクロダストいうんはその当時の技術や状況で治療しきれなかった病人を未来に託すためにぃ、って名目で宇宙にほっぽり出したりとかもあるんよ」
そういえば、あたしが長期のスリープに入った元々の原因は事故でとんでもない大怪我を負ったからだったっけ。
無論、経過まで把握できていないけれど、そもそもの話だ。
今、あたしは何処も痛くないという事実。確かに全身死ぬほど、医者も匙を投げるほどの大怪我を負っていたのに。
「ま、ホクロとかも皮膚のメラニンの異常によってできるもんやし、でっかい傷を治療する際についでにぃ~、ってのも十分あるやろなぁ」
流暢に解説された。専門的なことは詳しくなさげなことを言いつつも、お姉様、実は割とものを知っているのでは。
骨ごとぐちゃぐちゃだったことを思えば、ピンポイントで治療することの方がおかしいわけで、ホクロ一つ残らないくらいに徹底的に、ということなのか。
「ふぅん……、なるほど……」
「羨ましいわぁ。聞いたとこによるとナモナモの入っとったネクロダストのポッドって何百年くらいの比較的新しいバージョンやったらしいやん。うちのは千年くらい前の古ぅいヤツやったんよ」
「え? そんなに差があるの? 確かお姉様って三百年くらいしかスリープしてなかったんじゃなかったっけ?」
「ちゃうちゃう、ちゃうて。スリープした期間と、ポッドのバージョンはイコールで繋がらんよ。生産されたときにすぐ使うもんちゃうし、常に最新バージョンにアップデートされるわけでもあらへんし。ま、何千年モノの旧式なんて使う機会がレアなんやけどな」
「そっか。じゃ、あたしの入ってたポッドが性能よかったというのもあるのか。思えばお姉様にはホクロとかあったもんね」
「んにゅ? うち、ホクロとかあった?」
「うなじの辺りとか、内股の足の付け根とかにあったよ」
ハッとして驚く。
よくよく考えてみなくても、あまり見れるような位置ではない。
「ほ、ほわっ? なんで知ってん?! そないなとこ見んといて!」
見たというか見させられたというか、そうした本人が何かを言っている。
つい最近あたしにしたことさせたことを忘れているのか。
恥じらうようにふわふわ逃げようとするお姉様を眺めて、あたしはふと首をかしげた。