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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
75/304

もっとえっち、しよ? (5)

 ※ ※ ※


「じゃあね、ゼク。今日はありがと」


 そういって、あたしはゼクの部屋を後にする。


 とろけるような甘い余韻をその身に残し、未だ冷めない熱に浮かされるように、さっきまで呟いていた恥ずかしい言葉の数々が何度も何度も再生されてくる。


 今日は何処かおかしくはなかったかな、ちょっとがっつきすぎたんじゃないかな、なんて反省会がひたすらに頭の中で繰り返し開催されている。


 この浮かれ気分は疲労感よりも勝る。足取りは軽く、今にもスキップしてしまいそうな気持ちを抑え、廊下の床をゆったりと踏みしめる。


「青春ってええなぁ」


「はひっ!?」


 いきなり目の前にババンと現れたのは、天井からコウモリのように垂れ下がるお姉様の顔面どアップだった。完全に意表を突かれ、そのまま後ろに尻餅をビタンと突いてしまう。


 下手なお化け屋敷よりもずっとドッキリしたかもしれない。


「お姉様、いつからそこに……?」


「ん~と、ナモナモがゼックンの部屋に入るくらいからかなぁ?」


 それって割と最初から最後まで待機していたということなのでは。じくりと胸に針でも刺さるかのよう。まさかそこまで見守られていたとは。


「ナモナモ、やるやん。ふへへぇ~……」


 一応お姉様なりに心配を掛けてくれた、ということなんだろうか。まあ、アレだけ発破掛けておいて、結局何もしてませんでした、なんてもどかしい結果だったらと考えたらいてもたってもいられなくなったのかもしれない。


「その満足顔、大成功やったみたいやね」


 くるりと回って床に着地すると、お姉様が手を差し伸べてくれる。掴む前に、くいっと立ち上がる。と、共に身体が勢いよくお姉様の方へと引き寄せられた。


 そのままギュッとお姉様の腕の中に収まり、優しく抱擁を受ける。ついでに、頭もちょっとなでなでされる。


「ま、ちっとは悩み事も吹っ飛んだちゃうん?」


「う、うん……お姉様のおかげ、かも。ありがとう」


 お姉様の考えていることはとても分かりづらい。いつも変わらないふわふわ笑顔な表情からも読めないし、いつだって突拍子もない行動からも判断し辛い。


 ただ、今、分かったことは、思っていた以上にあたしはお姉様に気に掛けられているということ。多分、これは間違いないと思う。


 あまり子供扱いされてしまうのも悔しいところなのだけど、まだあたしも『ノア』にいるという今を受け入れ切れていないのも事実だ。どんなに隠そうとしていても、その不安はきっと外から見ればバレバレなくらい滲み出ていたのだろう。


 何せ、あたしは世界から隔絶されているといっても過言ではないくらい、ズレている。


 七十億年という年月だ。あたし自身ですら、今の生活どころか環境に戸惑いしかない。


 逆を言えば、お姉様や他のみんなからしてみても、あたしのことなんて理解することが難しい。


 だってそうだ。突然、目の前に旧時代の人類が現れたらどうする。当たり前にあるもの、食べ物や料理、電子機器に乗り物とかとか、それらを何も知らない状態でいる。どうしたらいい。どうやって接したらいい。


 あたしだったら、何もできないかもしれない。お箸の持ち方を教えるのも、スマホの使い方を教えるのも、電車の乗り方を教えるのも、頓挫してしまいそう。


 でも、みんなは違う。むしろ、ずっとおんぶに抱っこだ。あたしからは何もできていないのに、みんなはあたしのために色々してくれている。そう、思いだすと、急激に甘えっぱなしの自分にまた嫌気が差してきた。


「ナ~モナモ~、まぁた顔がこわくなってんで」


「あ……ごめんなさい、お姉様。そんなつもりじゃなかったんだけど……」


 ぽんぽん、と背中を優しく叩かれる。なんだか母親に寝かしつけられる赤ちゃんみたいだ。あまり考えてはいなかったけれど、ひょっとするとお姉様は感情表現が不器用なだけなのかもしれない。


 あたしに何ができるのかを考えた結果がこういうことなんだと。


 何処か違和感を覚えていたのは、そこに確信がなかったからだとも取れる。


 ただギューっと抱擁してみたり、スキンシップを図ってみたり、ボディタッチが妙に多いとは思っていた。お姉様なりの気遣いの仕方がコレなんだ。文字通り、言葉通りの体当たりのコミュニケーション。


「ナモナモはすぐ難しい顔するなぁ~……。大丈夫、大丈夫やで」


「やっぱり、そんな風に見えちゃう? あまりみんなに心配は掛けたくないって思ってたのに……やっぱり、あたしって」


「むぅん、それ以上先言うたらあかんよ?」


 キュウッと唇を抓まれた。指でじゃなくてまた超能力的な何かで。


「ここにいる連中っていっつもそや。みぃんな難しいことばっか。今を生きてるってこと、生きていられるってこと、全然分かってへんみたい」


 急に何を言い出すのか。そんなことはないはず。


 だって、みんな人類繁栄のために頑張って生きているのに。と言いたかったけれども、口元はモゴモゴ言うばかりで否定も肯定も出せない。


「うちはええんよ、人類なんて絶滅したって。そんなん、どうでもええんや」


 お姉様の顔から、いつものあのふわふわ笑顔が消える。まるで違う人間が憑依したかのように、凍り付くような形相に豹変していた。


 目の前にいる人は誰だったっけ。記憶が混濁する。こんな怖い人、知らない。


 それはほんの一秒にも満たなかったと思う。瞬きをする間に、目の前の謎の人物は消えて、いつものふわふわ笑顔のお姉様が戻ってきていた。


 今のは一体。お姉様は何を抱え込んでいるのだろう。


 分からない。何も分からない。やっぱり、お姉様は何を考えているのか、その胸の内を探ることができない。


 ゼクは元々戦争に赴くような兵みたいな立場だった。プニーはクローンとして生まれ、延々と人類繁栄の任務にあたっていた。じゃあ、お姉様は?


 お姉様は一体どんな生き方をしてきたのだろう。


「なあ、ナモナモ。人生楽しいんが一番や。せっかくやし、今度はうちの部屋で第二ラウンドといこか」


「へっ?」


 有無を言わさず、まるであたしからの質問を拒絶するかの如く、あたしの身体はふわふわと宙に浮かび、そのままお持ち帰りされていった。


 この後、足腰が立たなくなるほどめためたに打ちのめされ、結局お姉様には何も答えを求めることができなかった。

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