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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
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もっとえっち、しよ? (3)

 ハッと目を覚ますと、そこはまだ公園だった。


 そして目の前にとてつもなく巨大なソレが迫ってきていた。その正体は考えるよりも早く分かった。お姉様の豊満なソレだった。


 どうやら公園のベンチの上、お姉様に膝枕されていたらしい。おかげでとてもいい夢心地を堪能させてもらった。


 ふと見ると、お姉様もうとうと加減で、こっくりこっくりと肩を揺らし、船を漕いでいた。お姉様の例の超能力者サイコスタントの力は消耗が激しいらしく、すぐに疲れてしまうのだとか。あたしほどじゃないにせよ、疲れて眠ってしまったっぽい。


 だったら普段も普段、ふわふわ浮かんでたり、さっきみたいな無駄な使い方なんてしなければいいのに、なんて思う。


 この時代でも超能力者サイコスタントというものは言うほどメジャーなものじゃないらしいし、あのプニーも関心深く、気がついたときにはお姉様を追いかけているくらいだ。


 確かにお姉様の力は凄い。まともに使えば、マシーナリーにも対抗しうるポテンシャルを秘めていたことをあたしは覚えている。


 いつぞやは、オールレンジから迫り来る無数の銃口から放たれる弾丸をも回避するなんていうとんでもないことをしていた。どう考えてもただならぬ力だ。


 こんなにも凄い力なのに、どうしてまた変な使い方をするのだろう。


 いや、そもそもの話、本来の超能力者サイコスタントの力の扱い方なんて知らないんだけど。というか、何のために超能力者サイコスタントというものがあるのさえ、あたしは知らない。


「ふみゃぁ~……、よう寝たぁ……」


 目の前の二つのボールがぷるんと揺れる。でかい。半分でも分けて欲しい。プニーになら八割分けてあげてもいいくらいだ。


「お、おはよう、お姉様」


 ベンチで真横になりながらの体勢だが、とりあえず言ってみる。


「ナモナモおはようさん、よう眠れたん?」


「ええ、お姉様こそ」


 すくりと起き上がり、膝枕とお別れする。その一方でお姉様はベンチとお別れだ。ふわりとまた飛び上がる。こんなふわふわばかりしててまた疲れないのかな。


「ふぁわわわぁ~……」


 宙に浮かんで大の字で大あくび。小さな打ち上げ花火みたいだ。


「んにゅ。さてと、ナモナモも気分転換になった?」


 くるりと宙返りして、目の前でふわふわしながらお姉様が言う。


 その言葉の意図してるところが今ひとつ掴めないが、「も」といっている辺り、ひょっとするとお姉様も気分転換がしたくてこの公園に来たのかもしれない。


「え、ええ」


「そか。そらよかったわ」


 にっこりといつものふわふわ笑顔を見せ、アクロバティックに宙を泳ぐ。


 あれ? もしかして上機嫌?


 何処か不機嫌かも、と勘ぐってみたが、ひょっとするとお姉様は別にあたしの変な言葉を間に受けていたわけじゃなくて、ただ単にもやもやした気分を抱えていただけで、異様に迫ってきたのも深い意味もなかったのかもしれない。


 仕事の疲れを飼い猫との戯れで癒やすみたいに。って、あたしは猫か。


 いやいや、全然分からないんだけど。あたしの読みも正しいのか、ただの妄想だったのかもさっぱりだ。あまりにも変な方向に勘ぐりすぎただけなのか。


「なぁ、ナモナモ。何で悩んでるんか知らんけど、そんなむっすぅとした顔じゃゼックンに嫌われてまうで」


 宙に浮かんだまま寝そべるような姿勢で、目の高さだけ揃えながら言う。


 あたし、そんな顔してたのか。


 そんなことはない、と言い返せなかった。確かにここのところはまた何かと不安を覚えているところはあった。そう、この『ノア』で、そしてこの時代であたしはどうやって生きていくべきなのかと。


 顔に出さないようにしていたつもりだった。ああ、ずっとあたしはそんな顔をしていたのか。


「ナモナモは笑顔がとっても可愛いんやから、勿体ない、勿体ない」


「ごめんなさい、お姉様。気を遣わせてしまって……」


「んっふふ」


 そう言って、おでこを見えないもので突かれた。なんだろう。それは「お互い様やで」と言っているように聞こえた。


「なあ、ナモナモ。そんないっぱいいっぱいの悩み事抱え込んでたら重くてしょうもないわ。もっとふわふわになれるくらいでええんよ」


 と、ふわふわしながら言う。かなりの説得力だ。


「あたし、やっぱりそんな悩んでる顔、してるのかな」


「渋うて渋うてうちの顔まで渋うなってまうくらいや。せやからな、そんな悩み事で頭悩ませんで、もっとえっち、しよ?」


「う、え?」


「ゼックンの赤ちゃん、欲しいんやろ?」


 ああ、言質を取られていた。またしても耳まで熱くなっていく。


「好きな人と好きな時に好きなことができるなんて、こんな贅沢、ないんやで」


 ……まただ。また、お姉様の声のトーンが少しブレる。この笑顔の裏に、何かを隠しているかのような、そんな不穏なものを感じてしまう。


 ごく普通で、当たり前のことを言っているかのように思えるし、あたしも納得しているのに、その何処か不安のぎる言い方は、ひょっとするとお姉様の中でとっかかりのあるものなのかもしれない。


「赤ちゃん、どっちが沢山産めるんやろな」


 あっはっは、と笑ってみせる。それが本当にふざけて言っているのか、それとも真面目に言っているのか。やっぱり、あたしには分からない。


 ただ、曇り一つない、ふわふわ笑顔のその裏には、うかがい知れない、とてつもなく深い何かがあるような、そんな気がしてならなかった。


「ほら、ナモナモ。また、顔が暗くなってんで」


「あ……」


 ほっぺを何かでつまみ上げられて、唇の端を釣り上げられる。


「悩む事なんて、あらへん」


 真っ正面を切って、そう言う。まるで自分にも言い聞かせているかのよう。


「な。もっとえっち、しよ?」


 繰り返し言う。


 うら若き乙女、少しは恥じらってもいいんじゃないの?


 などど思ってみたりもするが、この言葉にも含むものがあるのかもしれない。


「ほな、うちはそろそろ行くから。またな、ナモナモ」


「あ、ぅん」


 言うだけ言って、ふわりとお姉様は踵を返すように、その身を翻し、あたしが何かを言う前にサッと飛び立って行ってしまった。


 せいぜい手を振って見送るくらいのことしかできずお姉様の姿は遠い彼方へと。


 電池が引っこ抜かれたみたいに、何故だか力が抜けてきてしまった。気を張っていたつもりはないのだけど。


 これが恋のライバルというものなのかな。

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