やってみた (2)
収録を終えて、ドリンクを手に取る。ただご飯の食べ方を紹介するだけでこうも緊張するなんて経験はそうあるまい。
念のためにと、完成した動画を確認する。
『ヘローヘロー、こんちゃっちゃ、ナモミでーす』
誰だ? この無駄にテンション高い人。
沸騰してしまいそうな顔を堪えながらも、画面の中、一生懸命ご飯の食べ方やらお米の知識を披露する自分の顔を眺める。
もうすでに何度か見返してはいたが、やはりクオリティは想像していた以上に高い。スマホカメラでやっていた頃と違って画質の差も歴然。編集もキレイで丁寧だし、なんだかこのままテレビに放映できてしまえそう。
自分で解説しておいてなんだけど、自分でも知らなかった知識なんかもかなり分かりやすくまとめられている。
お手軽にもほどがある。
フレームレートがいくつだ、エンコードはどうするんだと悩む必要もない。こういうのを一本作るのにどれだけ時間が掛かっていたことか。
口元のドリンクをコクンと喉に流しつつ、完成具合に感心するばかりだ。
「ナモミさん、早速感想コメント来てるッスよ」
「ぷふっ」
……思わずそのまま吹き出しそうになった。
「あれ? 早くない? さっき出したばかりなのに? というか、動画時間的に見終えてないでしょ」
「高速再生すればあの程度なんて一瞬ッスよ」
どういう機能だ、それは。
確かに動画を倍速再生する機能くらい、あたしの時代でもあったけれど、それにしたって早すぎる。
考えても見れば、閲覧者はマシーナリー、つまりロボットなわけだから尋常じゃない速度で閲覧するくらい日常茶飯なのか。
「か、感想……どんな感じだろ?」
「結構来てるみたいッス」
と、ディスプレイを見せてくれる。あたしにも読める言語に翻訳された文字列がずらり、びっしりと並んでいる。いや、さすがに多すぎない?
【見たことのないモデリングだ オーダーメイド? 改造?】【何十億年前の知識だよ 権限グレード高すぎ】【ヨタかわいい ヨタかわいい ヨタかわいい】
コメントの量、どうなってるの?
見ている間にもどんどん増えていく。読むのが追い付かないくらい。というか、読んでいても何を言っているのか分からない。
「これ、褒められてるのかな……?」
率直な感想に対する、率直な感想。
「まだ動画の真意が測りかねてる……感じッスかね? 新しいバーチャルアイドルと思われてるみたいッス」
【この子はどこ製か分かる? ヨタ欲しい】【太古すぎるだろ 捏造でも分からん】【ヨタかわいい】【コード検出できないんだけど ヨタ怪しい】【丁度ファーム空いてるから俺もこれから田んぼ作るわ お米ヨタ食いたい】
凄い勢いだ。あたしの動画もこんくらい伸びてくれたらよかったのになぁ、なんて他人事のように眺めてしまう。これを好評と受け取っていいのかな。
「なんかさっきからヨタ、ヨタって言葉がよく使われてるような気がするんだけど、これってどういう意味?」
「えーっと……、この場合めっちゃくちゃ凄い、って意味ッスかね。厳密にはもうちょい違う意味なんスけど、流行り言葉というかスラングみたいなもんス」
「へぇー……、ヨタ嬉しい」
こうしてみると、やっぱり相手は人間じゃないという感覚がない。向こうも向こうで人間味があるもんなんだ。
そもそも目の前にいるエメラちゃんがそうなんだし、ロボットに堅苦しいイメージを持っている自分が恥ずかしくなってくるくらいだ。
捨てるべき固定観念が多すぎてヨタ困る。
「見た感じ、みんなお米の食べ方とか知らなかった感じなのね。逆に新鮮というのか何というのか」
「収録する前にも少し話したと思うッスけど、記録されている情報も全てが全て正しいというわけでもないッスからね。ナモミさんの持っている生のデータは価値が違うんスよ」
確かに言われたような気もする。自分が七十億年前の人類であるという自覚がまだまだ足りない。
「んっと、例えばッスけど、ナモミさんは辞書とか教科書を調べて自分の家の住所とか、隣の家の人がどういう感じの人だったとか分かるッスか?」
「え? いや、そこまで詳しくはない、というかそういうのはそう書くような情報じゃないっていうか」
「そう、記録に残されない情報というのもあるんス。厳密に調べれば業者関連の記録や、誰かの日記か何かを見つけられれば何とかなりそうッスけど、さすがに数十億年前のちょっとした程度の情報ともなると困難ッス」
「となると、逆に今回のお米とかの知識ってどうやって調べられたの? 何処かに情報が残ってないと無理なわけだし……」
「一応ナモミさんの時代からそういうデータを管理するサーバーがあったんスよ。当時の研究機関や政府とかが用意したものだったっぽいッス。長い年月、色んな引き継ぎの過程があって、現代まで残ってたんス。今では現代のそういうデッカイサーバーに統合されて保管されてるッス」
「はぁー……、公的なところでまとめられてたのね」
思えば、あたしの知ってる時代でも歴史や文化を守る運動なんてものも記憶には残ってる。お米作りに関する知識や歴史もその一部だったに違いない。ある意味、古代人の執念のようなものを感じる。
「ちなみに、その統合されているサーバーはアカシック・レコードと呼ばれているッス。簡単な情報なら誰でも調べられるッスけど、今回みたいにかなり古いコアなものだとある程度の権限がないとプロテクトが掛けられてて調べられなかったりするッス」
「ヨタ貴重なのね……。あんまりノリ気じゃなかったけど、あたしの知識の重要さが身に染みてきたわ」
「だからこれからも資料作成よろしく頼むッスよ」
「あ、うん……まぁ、なんとかあたしなりに頑張ってみるよ」
正直、あんまノリ気ではないんだけど仕方ない。
カメラをチェックする。大して弄っていないからそのまま使える。お米以外にも紹介するネタのストックはまだ残っている。
今回は元々エメラちゃんが用意してくれた中からお米を選んだだけ。つまりそれ以外の台本も小道具も万全の状態だ。
「じゃ、ちょっとまた軽い練習でも……」
ノリ気じゃないけどマイクを確認。大事だよね、こういうの。
「ヘローヘロー、こんちゃっちゃ、ナモミでーす」
「……やっぱりノリノリじゃないッスか」