表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.1 Billions years later
7/304

腐っちゃうわよ! (2)

「簡単に説明しますと、人体に特殊な電磁波を放出し、細胞を破壊し、溶かします。それにより液状化した肉体に圧縮処理を施して収納するというものです」


「う、うぇぇ……?」


 要は人間一人を丸ごと、ぐちゃぐちゃのジェリー状態にしてしまうということか。聞いてるだけでもえげつない行為に聞こえる。


「この手法ならば容易に細胞の活動は機能停止状態にできますし、不定形となりますので保存スペースにも自由度が広がります」


 よく真顔で言えるな。


「再生する際には専用の装置が必要となりますが、人間一人分の細胞が欠けることなく揃っているのでスリープに入る前と変わらない完全な状態での再生が可能というわけです」


 それで何らかのイレギュラーによって再生に失敗したらどうなるのか、そんな疑問を出す勇気はなかった。


「ちなみに、ナモミ様の保存方法についてですが」


「いや! 聞きたくない! 説明しなくていい! てか黙ってぇっ!」


 同意する。ほんの少し前の自分がどんな姿だったのかなんて想像するのも嫌だ。


「申し訳ありません……ですが、これでご理解はいただけたでしょうか?」


「まあ、何十億年でも大丈夫だってところは分かっただろ?」


 正確に言うのであれば、そもそも全く問題なく何十億年と人間の保存が完璧にこなせるのであれば、現在この場に生存している人間がたったの三人などという窮地に陥っていないわけで、天文学的な生存率と言ってもいいのかもしれない。


 セルジェリーの件にしても、それを蘇生する何かしらの機構がないことには話にならない。細胞をグチャグチャに壊すだけ壊して、後は何もできなくなるなんて可能性もあるわけだからな。


 ネクロダストが放置されてしまう理由で大きな要因とされるものの一つだろう。


「うぅ……、いや、でも……」


 ごにょごにょと舌の奥が捩れるように口ごもる。


 そこまで頑なに認めたくないのか。


 意固地になっているような気がしないでもない。


「言語……言葉、そうだ。今がもし何十億もの未来なら言葉が通じるのってある意味おかしくない? というか、ここ日本とかそういうのじゃないでしょ? ほら、あたし普通に会話できてるし、こんなのヘンだって!」


「言語……?」


「そうよ、あたし、日本人。日本という国に生まれて、日本の言葉、日本語で喋ってるの。日本よ、日本。にっぽんぽん。この言ってる言葉が分かるってんならここは日本で、何十億年もの未来じゃないってこと」


 大丈夫だろうか、この子。


 今しがたの話を一刻も早く忘れたくてヒートアップしているようにも見えるが、なかなかの早口で正直話をよく聞き取れなくなってきた。


「言語については私から説明いたしましょうか」


「いや、俺が説明しよう」


 プニカに任せると刺激が強そうだ。あえて引き受けよう。


「あー、と。言葉についてだが、正直な話、俺はニッポンポンなどというものを知らない。俺は今ナモミの知らない言語で会話をしている」


「は?」


万能翻訳機(マスターコンバーター)だ。喋った言葉は即座に翻訳され、共通の言語として伝わるようになっているんだ」


 コミュニケーションの齟齬の発生を抑えるために、この手の装置が手配されていることは常識的なことだとは思っていたが、さすがに何十億年も前ともなるとなかったらしい。


 人は生まれて育った場所によって教育の手法も大きく異なる。


 ともなって言語さえも異なることだって当然にある。


 そんな無数にある言語をいちいち頭に入れていったのでは非効率的というものだろう。そこで作られたのが万能翻訳機(マスターコンバーター)だ。


 概念性機構と呼ばれる類のもので、視覚的に認識はできないが、確かに存在している装置だ。俺の生まれる前から存在している。


 云十億年規模の言語データを搭載した翻訳機と表現するとなかなか大仰なものに思えてくる。


 ある程度は感情や思考回路を読み取って判断されてるところもあるらしい。俺はやったことがないが、言語能力の乏しいものでも擬似的に会話ができるとか。


 今こうやって何十億年前の言語を使うナモミと不自由なく会話ができている辺り、この装置の偉大さが身に沁みるというものだ。


「何いってんのか分かんないんだけど」


「そうだな……、もし知っていたらでいいんだが、ニッポンポンとやら以外の言語でちょっと会話をしてみてくれ」


 露骨に嫌そうな顔をされる。


 それはなんだろうか。


 他の言語を知らないのか、それともくだらない指摘をしてくるなという意思の表れか。どうせツッコミなどできまいとたかをくくったつもりが至極まともに返されたことに対する嫌悪感とも取れる。


 ほんの少し間を置き、頭の中をほじくり返すようにフウと息をついて、ナモミが口を開く。


「あたしは、ペンです」


「ん?」


「あれは、ジョンではありません」


「そ、そうか」


 不可解な言葉を言われた。一方のナモミは「どうよ?」みたいな顔をしている。


 どういう意図を持った言葉なのかまるで分からない。


 ここまでリアクションの取りづらい言葉選びをしておいて、こちらの反応が思わしくないと判断したのか、またウウンと考え込み、もう少しの間を置く。


「あたいのケツを舐めやがれ、このチンポ野郎」


 ……思わず、後ずさりしてしまった。


 飄々とした顔で何てことを言うんだ、こいつは。


 もしかして、自分の喋っている言葉を理解していないのか?


「え? な、なに?」


 そんな顔をしている。


「つかぬことを聞くが、今の言葉はどういう意味だか分かっているんだよな?」


「えーと……、前に友達に借りたCDでカッコいいな、って思った海外の歌の歌詞なんだけど、フレーズだけで意味はちょっと……英語じゃないっぽいし」


 分からない単語が含まれているが分からないということは分かった。


 そのまま気づかないままでいさせた方が親切というものだろう。


「女性が男性に向かってお尻を舐めさせることを要求するのは如何なものかと。それは文化の違いというものなのでしょうか」


 おい、プニカ。


「しかも男性を呼称するのに男性器の名称を扱うのはなかなか下劣と言わざるを得ませんね」


 やめろ、プニカ。


「え? は? あ、あのごめん。あたし、なんて言ったの?」


 聞くな。あえて聞くんじゃない。


「私の尻を舐めなさい、ペニスさん。そうおっしゃったように聞こえました」


 俺に聞こえたものと差異はあったが、おおむねそんな感じには聞こえた。のは確かだが、堂々と口に出して言っていいような言葉ではないだろう。


「か…………っ!」


 悲鳴にも近い甲高い一声と共に、破裂しかねないほどに顔面が真っ赤に染まる。


 ナモミの心を完膚なきまでに粉砕するような行為はやめて差し上げろ。


 ナモミが恥ずかしさのあまりに自害をしたらどうするんだ。


 今にも溶けて、蒸発していまいそうだ。


「もぅ、いやぁ……」


 かける言葉もないとはこのことか。


 いっそもう一度コールドスリープさせてやった方がいいのではないだろうか。


 あともう数億年くらいは、そっとしておいてやりたいところだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ