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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
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分かんないわよ (3)

「あれ? ナモミさんじゃないッスか」


 ふと振り向くと、エメラちゃんがそこに飛んでいた。


 どうやって何もない宙を飛んでいるのかよく分からないけれど、お姉様も自由に宙を飛び回っている辺り、この時代では不思議でもなんでもないのかもしれない。


「どうしたんスか? 図書館で何か調べものッスか?」


「ええまあ、そんなところね。なんというか、あたしってこの分からないことだらけなところあるし」


「いい心がけッスね。お手軽なインストールよりも自ら意欲的に勉学に励んだ方がよい刺激になって記憶の結びつきの効率がいいらしいッスしね」


 やっぱりそういうものなんだ。よく分からないけど。


「ところで、エメラちゃんの方はなんで図書館に?」


 知識の足りないあたしならまだしも、エメラちゃんが図書館にいる意味は分からない。何せ、エメラちゃんは人間じゃなくロボ、マシーナリーのはず。


 必要な情報はこんな端末を経由しなくとも独自のデバイスからアクセスできるのでは。言ってしまえば、エメラちゃん自身が高性能な端末みたいなものを備えているようなものだし。


「ボクは情報のアップロードと、サーバーのメンテナンスッスね。『ノア』の情報もかなり古いし、経年で劣化して破損したデータがないかのチェックも兼ねてるッス。あとは可能な範囲でメモリの増設もサービスしてるッス」


 やっぱりエメラちゃんもエメラちゃんで色々と忙しいらしい。あまり何を言っているのかよく分からないんだけど。


 元々エメラちゃんはあたしたち人類を絶滅から保護するための観察員として『ノア』に居住している。ただ見張るだけに留まらず、人類の生活の改善の為なら惜しむことのない努力を尽くしてくれている面もある。


 プニー曰く、この『ノア』での生活水準も実は驚くほど向上しているらしい。


 元々エメラちゃんがここに来る前から何も不自由していなかったので、それがどれだけ驚くべき変化なのか分からないのも歯がゆい話なのだけれど。


 不自由しないのにさらに向上されていくなんて贅沢ある?


「どッスか? ナモミさんは何かお困りなことはないッスか? ボクでよければ勉強の支援もがっつりできちゃうッスよ」


 ほら、こうやってまたあっさりと親切にされちゃうから気分はお姫様だ。贅沢すぎて困っちゃうくらい。


「ええと……なんというか、分からないことが分からないというか、こうやって調べものしてても、頭がさっぱりついてこない感じで」


 一応正直に告白してみる。実際に、この時代の小学生レベルですらあたしの頭には劇薬かってくらいに刺激が強すぎてまいってるくらいなんだから。


「なんというか、時代が違うのよね。あたしのいた時代と比べると学力の水準が全然高すぎて、知識の一つにしてもゼロすら分からない有様なのよ」


 むむむ、とエメラちゃんが首をかしげる。


「そういえばナモミさんは七十億年ほど前の人類だったッスね。そりゃまあそれだけのブランクがあれば困惑することも多いに決まってるッス。ナモミさんが悪いわけじゃないッスよ」


 やさしいなぁ、エメラちゃんは。


「……確かにこの情報端末から見るに、ナモミさんの時代の水準と比較したら大幅にインフレーションしてるッスね」


「どうしてまたこんなに変わっちゃうんだろうね……」


 と、他人事のように言ってみる。


「根本的な話として、そもそも人類は生活に困るほど劣悪な環境じゃなかったんスよ。ボクの持ってる記録でも生活水準に貧困の差も大きくはないという統計も取れてるッスから」


「ん? つまりそれってどういうことなの?」


「ぶっちゃけていうと、あんま働かなくても生きることはできるってことッス。生きていくだけならボーっとしててもいいくらい」


 今のあたしみたいにか。


「でもそれだったら学力は低下していくんじゃないの?」


「逆ッスよ。要はその環境を維持する必要性が出てくるんス。多くの人類が何もしなくてもいい暮らしができる、そんな高水準を支える誰かがいなきゃならないってことになるんスから」


 まだほんわかとしてイメージが固まってこないけど、確かにそういえば、この『ノア』のメンテナンスをするのも一苦労だった。ああいうものの管理を日々ぼんやりと生きてきた人にあっさりとできるようには思えない。


 あのゼクも相当理解に苦しんでいたし、プニーだってマニュアルを把握してても完璧に修繕とまではできていなかった。


 エメラちゃんがやってきて初めてまともな状態になったようなものだ。


「じゃ、じゃあ、その支える一部の人ってのが皺寄せに、なんかこういう難しいのがどっさり必要になってきちゃう、ってこと?」


「おおまかにいうとそんな感じッスね。これだけの技術を熟知するスキルがドッカーンってなっただけで、実際のところ普通に生活する人には言うほど求められるスキルはそんなでもないんスよ」


 そう言われると納得してしまう。


 メンテナンスもそうだけど、あたしの時代の話にしてもそうだ。


 あたしも平気でスマホとかの高性能な電子機器をほいほい扱ったりしてはいるけれども、実際にそれを開発する立場になれるかといえば、全然無理だ。


 例え、今から機械工学を一から勉強し直しても最新の技術に追いつくかどうかも分からないというか、まるで自信がない。


 何十億年も前の基準でこれなんだから、さらに今の時代ともなればどうなんだ。一体どれだけの人間がそういう高度な技術を理解し尽くせたというのか。


 ああ、だから頭に直接インストールなんてものがあるのか。いいなぁ、エメラちゃん。あたしも機械の体が欲しくなってきたよ。


「なんだかこんな調子で人類が繁栄できるんだが不安になっちゃうね……今後これからこの時代を生きなきゃって思うんだけど、そうだよね、この生活を維持していくこともあたしたちが考えていかなきゃいけないんだよね……」


 願わくばボーッとして生きていきたいけれどもそうはいかない。


 そもそもゼクもプニーもお姉様も、みんなそれぞれ自分なりに人類の未来のことを考えているじゃないか。ボーッと生きてんの、あたしだけじゃん。

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