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ぷらとにっく・ぎゃらくしぃ  作者: 松本まつすけ
Episode.2 Xanthium strumarium
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分かんないわよ

 将来の夢は何だったか。


 体感時間ではほんの数年ほど前に思い浮かべていたはずの幼い願いは何だかモヤでも掛かったみたいにくっきりしてこない。


 多分それだけあたしの中では漠然としていて、本当にそうなりたいとまでは考えてなかったに違いない。


 あの頃のあたしなんて、おいしいケーキを食べたらケーキ屋さんになりたいとか、テレビでフィギュアスケートのニュース見ただけでスケート選手になりたいだとか、そのくらいに未来のことを未来として考えてなかった。


 今、目の前にあって、少しでもワクワクだとかドキドキしたものが、憧れになって、そのときだけ未来の自分の姿という空想を組み立てていただけなんだ。


 思い出の中にある友達は、そういうのが大好きで、下手くそでも描いた未来の自分をなぞって、色々な真似事をしていた気がする。その後に実際に叶っていったのかどうかは知らないけれど、少なくとも将来へ向かって歩んでいた。


 じゃあ、今、あたしが将来の夢を語るとしたら何になるのだろう。あたしは一体何に向かって歩んでいけばいいのだろう。


 何にワクワクできて、ドキドキできるのか。どうにも空想ができない。


 かつて、目の前にあったはずのケーキ屋さんだとか、スケート選手だとか、色々なものはもうなくて、憧れるという対象がガラリと変わってしまった。



 ……目の前に何がある?



 木目っぽいデザインを再現した天井。オレンジといった暖色を基調とした明るい壁紙。空色と雲模様を投影する窓に、太陽光を模した日差しを透過してくる薄いレースのカーテン。平凡だなぁ、当たり前のような光景だなぁ。


 ちょっと退屈な感じがするのは、色とりどりな雑誌やゲーム機器などが再現されていないせいだろうか。そこは求めるものじゃないんだけど。


 読み物なんてせいぜい、子づくりの参考書、のようなものを模した、超高性能なタブレットくらいのものか。開いただけで映像と解説が飛び出してくる。必要とあればタップひとつで音声ガイドまでついてくる。大体プニーが用意してくれた。



 ……いやいや、こういうのじゃなくってね。



「はふぅ……」


 ベッドの上で、何度目かのため息をつく。


 あたしの記憶の中の現実が、キレイに再現された世界がこの部屋いっぱいに詰まっているわけだけど、今の現実はこんなではない。


 この部屋を一歩出ると、そこは白い廊下が待っている。廊下を抜けていくと、広い広い豪邸の庭園のような光景が広がっていて、憩いの場として活用している。


 この公園もまたいくつかの道が分岐していて、フードコートだとかトレーニングルームだとか、色々な施設へと続いている。まるで人が生活するのに必要な施設を端から端まで取り揃えて固めたような場所。


 それもそのはずだ。ここは人類居住用のコロニー『ノア』。宇宙の何処かにある巨大な施設なのだ。


 どうしてこんなところにあたしがいるのか。


 正直、分かんない。


 地球という星で、日本という国に生まれて、その中の町の一つで生活して、学生として日々を過ごしていたような気がするのだけど、何の因果か、冷凍保存されちゃって、そんで宇宙に投棄され、七十億年。


 そう、七十億年も宇宙を彷徨って、回収されて今に至る。


 正直、何を言っているのか分かんない。だけれども、これが事実で現実。


 幼い頃に思い描いていたあいまいでおぼろげな遠い未来よりもさらにずっと未来に、あたしは生きている。


 どうして、どうして、ばかりで正直考えるのも疲れてきたくらいだ。もうだいぶこの生活にも馴染んできているとは思うけれども、今の自分の境遇を完全、完璧に納得するまでにはまだ至っていない。


 これからの将来、あたしはどう生きていこうか。生きることに関しては保障されているこのコロニーで、どんな生き方ができるのだろう。


 文字通り、宇宙空間に放り出されたみたいに、ふわふわしている。


 このコロニー、『ノア』にはあたしの他に四名ほど住民がいる。人造人間のゼクに、クローンのプニーに、超能力者のお姉様、そしてロボットのエメラちゃん。なんてバラエティが富んでいるメンツなのだろう。


 例えばゼクだったら今は色々な仕事にあたっている。ゼクもこの時代の人間じゃないはずなのに、プニーやエメラちゃんから勉強させてもらって、知識も蓄えて、あたしなんかじゃ到底できないような技術を身につけちゃってる。


 もう機械の整備だったらお手の物。よく分からないけど、ゼクも人造人間的なアレらしくて、身体能力もあたしと比べたら月とすっぽん。


 百メートル走で十何秒ってレベルなのに、ゼクときたら軽く秒の壁を超えるらしい。よく知らないけど、人間の身体能力ってそんなだっけ?


 プニーもプニーでこの『ノア』では管理の仕事を色々してくれているみたい。具体的にはどういうのかよく分かってないけど、この『ノア』に関わる問題ごとは大体プニーが解決しているらしい。表面上でも、水面下でも。


 最近はエメラちゃんが加わって、かなり仕事も楽になったとか。今までできなかったようなことも沢山できるようになって、むしろ仕事が増えたっぽい。


 お姉様に至っては、持ち前の超能力の研究を進めているとか。やっぱりあたしにはそういうことはよく分からないわけだけれども。少なくとも、あたしよりも何かと忙しいことをやっているみたい。


 普段が普段、ふわふわと掴みどころのない態度の何食わぬ顔で、まあなんか色々とそういうスキンシップしてくる割には、ものすっごい知的というのか、研究者というのか、そういった一面もある。


 みんな、結局のところ何かやるべきことをやっている。しっかりしているんだなぁって思う。


 で、あたしは何なんだろう。


 何ができて、何をすべきなんだろう。


 ゼクみたいに知識や技術を持ってるわけでもなく、プニーみたいに管理権限を持っているわけでもなければ、お姉様みたいに特殊な能力を兼ね備えているわけでもない。ましてやエメラちゃんのような高スペック要素すらない。


 そもそも環境も時代すらも違う。分かることもできることも皆無に等しい。


 ただ日々を惰性で過ごしている気がする。寝て、食べて、寝て。そこにたまに子づくりが加わるくらいだろうか。こんな過ごし方でいいのだろうか。


 専業主婦をなめているとしか思えない。


 こうベッドの上でだらけている間にもみんなはそれぞれ何かを頑張っていると思うと、なんて贅沢なことをしているんだと嫌悪に陥る。


 あたしも、何かすべきなんじゃないのか。

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